28話 のぞむものは


 あれから二月。

 そろそろ母上に憑依するという妖魔への対処方針は出ただろうか。


 私付きともいうべき遊撃隊からネグロを除隊したのもまた私である以上、進捗を聞くことは避けていた。

 下手に首をつっこめば越権行為にもなりかねない。



 故に父から話を聞く機会を伺っていたのだが……。



「これは……一体どういうことだ?」

「お分かりになりませんか?兄さま」

「お前からの公務に関わる報告だというのは聞いたけれどね。」



 そう。先日の朝食の席で「忙しいのはわかっています。でも喫緊でお話をしたいことがあるのです」と頼まれて開けた時間だった。



「命を受けてよりご報告ならず、お待たせしてしまい申し訳御座いません。」

「……構わないさ。完全解決を図るまでは本隊にて力を尽くすようにと命じたのは私だ。」


 たとえ胸中でどれほど葛藤があろうと、その命を違える男ではないと分かって命じているのに、謝罪をする必要がどこにあるだろうか。



「寛大なる御心に感謝申し上げます。本日はあなた様より賜っておりました命のご報告がございまして、勝手ながらブラン殿下に場を用意していただきました。」



 それもこの場になれば納得がいく。

 ……至極本音をいえば、想像以上に早すぎるとは思うが。


 疑問に応えるように、訥々とネグロが言葉を紡ぐ。



「今回討伐対象が人に憑依している妖魔ということを把握し、教会や古代呪文の専門家への知見も収集。呪文そのものはマレイア副司祭長伝にて獲得。メルトキオ家次男、クニン=メルトキオ・ヘズ=ビーンズ様のご協力もあり解読に成功。

 遊撃隊騎士、ウォーロックが呪文適性があったということでブラン殿下に協力を要請。先日未明、無事討伐を果たしました。」


「……仕事が早いことだ。」



 先日未明にそんな大捕物が皇宮で行われていたとは知らなかった。私は何をしていたんだか。


 ……ああ、そうだ。こちらはこちらで乱入者が現れていたんだったな。

 ネグロもカサンドラもいなかったから対処に苦労していたことを思い出す。



 それは別にいい。

 否、母から妖魔が剥がれたというのは心から喜ばしい話だ。

 同時にそれを成したのなら、これ以上ネグロに理由をつけて自分から引きはがすことも間違っている。



 それはいいんだ、むしろ。



「……そこまでの事情は理解したよ。で、これらは?」

「?マナの実ですが。」

「そうだけど、そうじゃなくて」


 目の前の机に並べられた、八面体の形をした物質。

 しばらく前に叔父上のところでみたマナの実、空想遊戯中ではカキンの実と呼ばれている物質がそこにはあった。


 それも一つではない。三、四……全部で六つもある。



「集めました。」

「どこから?」

「ありとあらゆるところからです。」



「どうやって?」

「ありとあらゆる手段でです。」


「……手段は選んだかい?」

「皇国法の範囲内で収まるようにはしましたが、その範疇はんちゅうがいだった場合は、ええ、選びませんでしたとも。」



 堂々と言い切られて頭が痛くなってきた。


 本来は存在すら危ぶまれていたカキンの実が、どうやってここまで大量に手に入るというんだ。

 後で綿密な報告書をあげさせる必要があるが、正直見るのがこわい。




「安心してください。半分くらいは叔父上の領土で見つかったやつですよ。兄さまとの前の一件があったからか、前に小鳥が食べたっていう実が見つかった場所を教えてくれて、そこからです」


「そうか……」

 ちょっと安心した。




「聞かないのですか。」

「何をだい?」

「なぜ、これを集めたのかと。」

「……わざわざ聞かずとも、推察はつくからね。」



 彼らの視線が何よりも、それを訴えていた。

 私が死ぬ運命など到底受け入れられないと。何とか足掻いて欲しいと。



「さすがの御慧眼です。やはり次の皇帝陛下はあなたしかおりません。ヴァイスさま。」

「…………ネグロ」

「だめです。」



 切実な響きのこもった言葉にこちらは口をつぐむが、向こうは逆にそれがきっかけだったのだろう。せきを切ったように顔が歪み、口が開く。



「駄目です。受け入れられません。貴方さまが身罷るなど、そんな未来が正しいわけがありません。そのような未来など、受け入れられません。」


「ネグロほど激昂してはいませんけど……僕も同じ気持ちですよ。兄さまが死んだら母さまもビアンも悲しみます。

 ……まあ、父さまは?どうだか知りませんけれど?」



 思いきり顔をしかめた少年の姿に眉をさげる。



「……父上にも事情を聞いたのだね。」

「ええ、聞きましたよ。自分が死ぬかもしれない運命にあるってこと、だいぶ前から内々に話していたようじゃないですか」


「当然だ。皇太子として立つ私が不慮の事故でいなくなったとして、その準備をしているか否かでも国は変わる。」


「〜〜っ!!!」



 布が叩かれるような音は本当にかすかだった。

 けれどもそれがなければ、その後に次いで訪れた鈍い痛みの正体は分からなかっただろう。



 弟が叩いた胸元がじんじんと痛む。


「っ!父さまだって、兄さまのことを死んでほしくないって言ってました!泣いてました!」

「……。……ブラン」


「なのに、なのに……っ!かんじんの兄さまがそんなで、諦めて、どうするんですか……っ!」



 声を荒げさせながらも、くしゃくしゃにした顔がこらえきれないように涙を流すのは昔と何も変わらなくて。

 申し訳なさと、愛おしさと、やるせなさと。そういったものが混在する。



「仕方ないからって言わないでください!あがいてください……っ、かあさまも、とおさまも、びあんも、……ぼく、も……兄さまに、死んでほしくないんですよ……。」



 喉の奥に熱い塊がせりあがってくる。

 それを唾を飲み込むことでぐっと堪えて……ああ、それでも震える声は耐えきれない。



「…………私だって」



「私、だって。死にたくはないさ。」

「……兄さま。」



 そうでなければ、悪逆非道になる道を視野に入れる必要なんて、ない。

 ネグロに即座に否定され、ブランにも無理だといわれて。それでも叔父上の領土に向かうまで捨てきれなかった選択肢。




「それでも、私が無理に生きようとした結果、世界の根幹を捻じ曲げてしまったらどうなる? お前たちが死んでしまう未来や、より多くの民が亡くなる未来につながるかもしれない。」

「…………。」



「分かっておくれ、ブラン。」

「っ、でも、でも……!」






「いいえ、認められません。」



 鋭い声は目の前の少年からではなく、焔のように燃える髪と瞳の持ち主からかえってきた。




「ネグロ……」

「ヴァイスさまがそう仰るのでしたら私にだって……俺にだって考えがあります」



 そう言う彼は、敵意にも似た熱をこちらへと向けている。感情が露わになることはそれなりにある子だけれど、自分の方へと向けてくるのは、それこそ会って間もないころぶりで。



「……考え?」

「ええ。私はあなたが死ぬような未来を受け入れるつもりはありません。

 何も知らなかった頃の私ならあなたの意志を継いでいたでしょう。ですが、その理由がどこぞの物語の一要素だとかいう、くだらぬ児戯が理由なら、この世界を護る必要がどこにありましょう。」



 傍にいるブランと共に目を丸くする。

 この様子では彼もネグロの煩悶はんもんを把握しきってはいなかったのだろう。


 けれどもこちらよりも一足早くその思考を理解したように息をのむ。



「ばっ、ネグロ、それは……っ!!」

「ならば、魔月の民として誹られるに相応しき行いをせぬ理由はありません。


 ヴァイスさま、もしもあなたが亡くなったその折には、私は魔王となりこの地を滅ぼしましょう。」



 ──それが嫌なら、生きてください。



 そうこちらに訴えかける瞳は、ただ切実だった。

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