21話 虚偽から出たまこと

 叔父上との距離がある関係の中、マナの実──空想遊戯の中ではカキンの実と呼ばれていたものと同じ特徴をもつそれを、まずは一目見るところからはじめたい。


「一番使いやすいのはビアンじゃないですか?叔父上の娘で、ビアンと歳の近い子がいたじゃないですか?」

「アンジェロのことか。……そういえば、ビアンの文通友だちの中に、叔父上の領内の子がいたか。」


 ユースティアという少女は、記憶が正しければガゼル領に居を構える宝石商の娘だったはずだ。

 そのことを伝えれば、「ならなおさら丁度いいじゃないですか」と弟が頷く。


「宝石商の子がいる名目で、領内で文通仲間で集まる機会を作ればいいんじゃないですか?

 ビアンが来るってなったらどうにかしてご機嫌伺いしようと叔父上なら来ると思いますよ。向こうからしたら自分の息子とビアンが結婚したら万々歳なわけですし。」



「そうだな……必要ならばそのようにして彼女たちがあの領地で集うように誘導することは可能だろうが」

「出来るんですか……」



 提案した張本人だと言うのに呆れた顔をしないでほしい。

 ユースティア嬢のお父上やその他関係者にあらかじめ話を内々の雑談で通しておき、それとなく誘導すればいいだけだろう。


 それくらいなら皇務でもよくやっていることだ。どうとでもなる。



「一応言っておきますけどそれ、普通はできないことですからね。自分の優秀さを兄さまはもっと自覚すべきかと。……で、それなら何が懸念事項なんですか。」



「しれたことだ。俺自身がそこに参加する理由と時間がない。」

「あ」



 当たり前の話だ。

 彼女が移動するときに目付が必要だと言うのならそれこそばあやとステラがいれば十分だ。


 妹の交友に自分が下手に入れば、阻害そがいする恐れだってある。当たり前の話にはどこか呆けた声が返ってきた。



「兄さまのお時間は分刻み、秒刻みですものね……ここ最近は特に。」

「そこまで根をつめているつもりはないけどね。実際自由に動けないことの方が多いことは否定しないよ」



 次の召喚の儀まであと半年。


 すでに儀式について内々で動きはじめている段階だと言うのに、突発的な問題の対処に過去の事件の残処理。他貴族からの根回しの応対で時間を取られているのは事実だった。


 焦れる思いと、目の前を蔑ろにできない思い。

 どちらも事実だが両方を得ることは難しいか……。



 そう考えていれば、目の前に座っていたブランが何か思いついたのだろう。

 どこか挑戦めいた顔で、頬杖をついてこちらを見てきた。



「兄さま。悪逆非道は絶対向いてないと思いますけど……裏で手段を選ばない悪徳皇太子になれるかどうかのチャレンジ、やってみませんか?」



「は??ヴァイス皇太子殿下が悪などという愚劣なものの道に進めるわけがないでしょう。如何にブラン殿下と申せど、ヴァイスさまを愚弄ぐろうするようでしたら容赦はいたしませんが?」

「うるさいな! 兄さま過激派はちょっと黙っててくれない!?」



 言葉の意図を理解する前にはじまったやり取りに目を瞬かせる。


「ええと……二人とも落ち着きなさい。

 ブラン、よく分からないが策があるんだな?もしよければ話してほしい」



 ◇



 ガゼル領があるホーラス地方は湿地帯となっており、多くの動物が生息している。

 湿地を利用した牧畜や狩猟が主な産業となっており、その特性からも移動式住居をもとにした住宅が多い。


「じゃあ、今私たち以外がいるみたいなちゃんとした建物はめずらしいの?」


「はい、その通りでございます。このような建物が多いのは地方の要でもある中央地区のみで、他の地域は大半が移動式の住居となっております」

「すごい!ネグロはもの知りなのね!」

「光栄です」


 胸元に手を当てて騎士然とした礼を返すネグロに、眩いばかりの熱視線を向けている姿に苦笑する。



 無邪気な少女と寡黙かもくな騎士の取り合わせは、吟遊詩人の手によって謳われる憧れの物語のようだ。


 わずかな差異があるとするならば、少女の年齢はまだ幼子と呼ぶべき年端の子。騎士も彼女自身に仕えるものではなくその兄に仕えているという点くらいか。



「ヴァイス皇太子殿下。ただでさえお忙しい最中に御足労申し訳ありません。」

「いや、構わない。今年初めに発生した悪魔のカイナに対しては私が父より全権を与えられているからね。皇都で報告を待つより直接現地に向かった方がいいと判じたまでだ。ビアンが来ている最中とあればなおさらね。」


「ありがとうお兄さま!」

「いや。事件についてはこちらで解決すべく頑張るから、安心して友だちと仲良くするんだよ」

「はぁい!」


 満面の笑みで礼を告げてくるビアンと、それに追従するように彼女の友人たちが礼を告げてくるのは……少々心が痛む。




 なにせ、悪魔のカイナの残党がいるという話そのものが、私たちが作り出した狂言なのだから。


 先日した、ブランとの会話を思い出す。



『兄さまならビアンの友だちとの会合をガゼル領にすることも可能でしょう?ならそこで、オーン司祭が図っていた悪魔のカイナの関係者の目撃情報が見つかったってことにすればいいんですよ。


 あの件は兄さまが全権を預かっているんでしょう?妹がいるタイミングで自分が関わっている問題に関わってる相手が叔父上の領地に現れる……。

 これはもう、実際に現場に行って状況を判断するいい理由じゃないですか。そこまで行けば、叔父上に挨拶することも自然ですし、折角ならその時に実を見せてもらいましょう!』



 すべきことを見据えれば根回しはそう手間はかからなかった。

 幸いのような、心が痛むような。通報のところは完全に模造したが、それに協力してくれた人々も皇太子殿下の頼みならと二つ返事だった。


 あとはそれらしく解決したことにして、折を見て叔父上にご挨拶をする。そこから先はその時の私の手腕だ。



 今後の予定と事前に準備していた偽の資料を出すタイミングをすり合わせる傍ら、書記官の一人が声をかけてくる。


「皇太子殿下。報告があがりました!やはり以前の報告書であがっていた悪魔のカイナの情報連絡役がここに潜伏しているようですね!」

「うん。……うん?」



 思わず聞き返しそうになってしまった。

 用意していた偽の資料はまだ流していないのだけれど。


 受け取った資料をめくれば、以前にも同様の特徴の似姿が報告にあがっていたことを思い出す。


 間違いない。

 くだんの悪魔のカイナの一員がこの地にいるようだ。



「…………そうか。いや、ご苦労だったね。」

「はっ!皇太子殿下こそ此度の事実にいち早く気がつく御慧眼ごけいがん、流石です!」

「当然だ。ヴァイス皇太子殿下のまなこは女神よりも広くを見渡し、深くに気がつくことができるのだから。」



 いや、ネグロ。お前は裏の事情を全部分かってるはずだろう。

 何故そこで堂々と胸をはる。



 とは言えそれを口に出せるわけもない。


「……そうだね。もしかしたら運命が私の味方をしているのかもしれないね」


 やや投げやりな調子になってしまっていたら申し訳ないと思いながら、苦笑と共に肩を落とした。

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