20話 かの叔父上殿


「ただ、そのマナの実に似ているというものを手元に持ってくるには少々困難もありそうだね。」


 先ほどの話から本題に戻す。



「なぜですか?兄さまが必要だと一言言うのなら、どこの貴族も喜んで差し出すでしょう。教会の方が心配だと言うのなら、僕がマレイア副司祭長に取りあってみますよ」


「そう出来れば理想なのだけどね……。件の実が発見されたのが、叔父上の治める領土なんだ。」

「げ。」



 弟の顔にありありと浮かぶ嫌悪に、さてどうしたものかと眉をさげて微笑みをかえす。



 誤解しないように言えば、ロダ叔父上は決して悪い男ではない。


《ロダ=フォルトゥナ・モル=ガゼルはゲーム中で名称が出てくるキャラクターで、ネグロ騎士団長の実父にあたる存在です。

 非常に矮小わいしょうかつ凡庸ぼんような人間で、攻略対象のネグロが騎士団の中で着実に地位を築くなか、その権威を取りこもうと自らの息子として正式に迎え入れようとします。


 ですが当時のネグロにとって優先すべきはすべて亡き皇太子殿下の御意志と志のみ。逆に彼の皇国税の着服や国家転覆のはかりごとを詳らかにして裁くことになります。

 この事件を機に、ネグロ騎士団長の民衆への人気は最高潮となるのです》



 ……脳内でしようとしたフォローを見事に砕かれた気がしなくもないが。


 大義がなく、欲望を人並みにもち、けれどもそれを満たす能力はない。

 そう形容するのはいささか一人の人相手にしては酷薄すぎる。


 誰だって大金を前に目をくらまずにいれるほどの自制心をもたずにいることは難しいことだろう。

 それを持った上で、さらにその金銭を最大多数の最大幸福を維持し、そこからこぼれ落ちる人に目を向けるとなれば、単純な一つの才覚では対処できない問題にもなる。


 ……それはそれとして、皇国税の着服についてはあとで調査をするとしよう。



「だってあの人、兄さまのことをめちゃくちゃ敵視してるじゃないですか。」

「あの人にとって私が生まれたことそのものが、彼の皇位継承を断つ道にもつながったのだからね。感情として面白く思えないのは当然だろう」



「でも!兄さまの弱みにつながると思ったら絶対、何がなんでもその実を渡すまいとしてきますよ。どうするんですか?」


 そう。目下の悩みはそこだ。

 あの人が素直にこちらが求めているものをはいどうぞと渡してくれる光景が全く見えない。



「策を立てる必要があるのは事実だろうね……。後でネグロにも相談してみるよ」

「無駄だと思うんですけどなぁ……」


 曲がりなりにも血縁者。

 何か参考となる手立てを与えてくれるかもしれない男の名をあげれば、呆れた声で返された。



 ◇



「いっそこれを機にロダ卿が“不慮の事故で身罷る”ことがあればよいのでは?

 慈悲深き皇太子殿下がそのようなことを申すことがないのは百も承知ですが、その憂いをこぼしてくださるのなら天は必ずや貴方さまに味方するかと」

「ほらぁ」


 う〜ん。



 実質「それと匂わせてくれたら自分があの男を亡き者にする」宣言をするネグロに、これはどうしたものかと顎に手をあてる。



「……これは俺個人として率直に聞きたいのだけれど。ネグロは叔父上を恨んでいるのか?」



 早いうちに腹を割って確認したほうがよさそうだ。

 主に不慮の事故で死亡の連絡がここに届く前に。



「当たり前でしょう。貴方さまへの風評をはばかることなく流し、愚かにもその敵視をむき出しにしている男です。今年の新年の挨拶でのあの下卑た視線をお忘れになったわけではあるまいでしょう?」


「……俺の関係を廃した状態での恨みつらみについては?」


「別に。過去に私がいた環境を整備し、あそこに落とし込んだのがあの男だと言うことは理解しています。

 が、そもそもアレを血縁として認識していないので。そういうことがあったな程度の認識です」



 うーん。そうかあ。



「俺個人の風評と視線については俺は気にしていないからね。逆に叔父上の公の評価が下がるだけだし、十分現状で対処できている」

「…………ヴァイスさまがそう仰るのでしたら」



 すごい不服そうな返事がかえってきた。


《ゲーム中でネグロ騎士団長の過去を知ったタイミングで彼に真実を聞きに行くという選択肢が発生します。

 これは彼の攻略としては主人公への好感度が下がるという点で推奨されていない選択肢ではありますが、亡き皇太子殿下への湿度とそれ以外のものならたとえ血をわけた肉親相手でも容赦はしない苛烈さが垣間見えるシーンとなっており、このイベントを攻略せずしてネグロ騎士団長の良さは語れない!と主張するファンもいます》



 情報量が多い。

 というかやっぱり、バラッドはネグロの話になると一番意気揚々と話し出していないか?



《当NPCは製作陣やファンによる機微きび情報を集約しています。そのためキャラクター人気に応じて解説時に若干の差異が見受けられることが予想されます。ご承知おきください》


 ……未来のネグロが民のみならず多くの人々に人気なようで何よりと言えばいいのだろうか、これは。



「いや、話を戻そう。

 半ば私情かもしれないが、今後のことを考えるならそのマナの実に似ているという物質を一度間近で見るか、可能ならば手元へとおきたい。何かいい考えはあるか?」



「無理やり理由をつけて徴収くらいはできるんじゃありません?一番手っ取り早いじゃないですか」


 ブランの言葉も考えはした。


 皇弟と言えど今は一地方の領主、貴族と同じ立場である彼と皇太子である自分。

 要請をすれば彼のほうは応えない選択肢は失われるだろう。



「最終手段としては選択肢に入れている。が、あくまで実を手元に置きたいと言うのは私情だ。それに公の権力を意図なく使うことは極力避けたい。下手な関係悪化は私としても避けたいしな。」


「兄さまがそう仰るなら……まあ、別の手段を考えてもいいですけれど……。」


 非常に歯切れが悪い。

「何か、気になることがあるのかい?」


 普段の私の思考としては、さほどおかしなことを言ったつもりはなかったのだけれど……。



「その、物言いの仕方が不敬になってしまいそうなのですが……」

「今はプライベートだ。気にする必要はないさ。」

「ええと……その。すみません」



 やけに歯切れが悪い。どうしたものかと思っていれば、意を決したようにこちらを向く。


「悪い意味ではありません。そのような考えを持つ兄さまのことは尊敬してます。でも、やっぱり言わせてください。

 悪逆非道になるとか前に言ってましたけど、その発想で悪逆非道は絶対無理だと思います」



 ……そうかぁ。



「それはブラン殿下のおっしゃる通りですね」と後ろで訳知り顔で頷くネグロの声が、とどめを刺すように胸にささった。

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