18話 天秤で量るもの


 本来ならこのような人目につく場所で内実の話をすることは好ましくないが、幸いなことに他の人々は私たちに遠慮しているようだ。

 妹たちが遊びあきて帰ってくる前に手早く片付けてしまうとしよう。



「まず一つ目、少なくとも私はネグロに皇族としての地位を与えるために妹を利用するつもりも、させるつもりもないよ。ただこの年若い時分に未来を狭めたくないだけだ。」


 場合によっては残り半年のうちに方針は決めておくべきかもしれないが……妹に他に信頼がおける相手ができてから考えるべきだろう。



「続いて二つ目。そもそも、その噂がそこまで広まってるとは私は予想だにしていなかったんだよ。三才の頃合いの話だよ?淡い約束ごとじゃないか。」

「それは……。」


 指を立ててわらえば、公は所在なさげに視線を彷徨わせた。


《なお、その淡い約束をビアン令嬢はこの後十三年も胸に秘め、心の支えとして過ごすことになります!》

「(それはそうなんだが……)」


 副音声が濃い。

 さわれば弾力と羽のやわらかさがとても愛らしいのだけれど。今はそれはせず指を立てる。




「三つ目、これは他に比べると貴公からすれば信ぴょう性が薄いだろうが……ネグロ自身は皇家に対しての執心は薄いよ。それを目当てにビアンの言葉をうけるような真似はしないんじゃないかな」


「彼はそうだとしても……。彼の立場がそれを放置するかです」


 皇国騎士団は皇帝の配下だが、同時に他の騎士団同士、何よりも民衆との結びつきが強い。


 騎士団で有望な力と地位を見込める男が皇族の姫と結ばれる。……下手をすれば民衆側に、皇族への発言権が強まる恐れがある。


 目の前の公爵はそれを危惧しているのだろう。



「おや、貴公は彼が私ではなく騎士団の言葉を優先すると?」

「いやそれは……確かになさそうですが……。ええ、ないですね、それは……」


《ネグロ騎士団長は亡きヴァイス皇太子に対しての強火担です。騎士団が皇家を利用しようとしたときにもヴァイス殿下の意志を理解せず己が利をむさぼる悪鬼として斬り捨てるくらいには!》

「(うん分かった。少し静かにしててくれるか?)」



 この子にもすっかり愛着は湧いているが、それはそれ、これはこれだ。




「これで十分かな?他に懸念があるというのなら聞こう」

「……では、畏れながらあと一つ。」


「今は無礼講だと言っているだろう?かしこまる必要はない」

「そう仰るのならもう少し加減をしていただきたいものですね」


 くすりと互いに貴族らしい笑みを浮かべてから、メルトキオ公が背筋を正す。




「ヴァイス殿下御自身はどう思っていらっしゃるのですか?今のネグロ騎士のあり方について」


「…………。それは、私個人としての考え方かい?それとも皇太子としての思考かい?」

「可能ならば双方とも。お聞かせ願えますか?」




「ふむ……。個人としては、本来あの子が与えられるはずだったあり方を差し出せないことに申し訳なさがないといえば嘘になる。」


 あの子がまだ今のビアンくらいの年ごろのこと、はじめて出会った時を思い出す。


 魔月の民として判断を受けた者たちが与えられる“魔月闇管理地区ルーメン・オーエン・ルナ”。

 名目上は差別による生活困窮から魔月の民を守るため……だが、実際のところは仕事や生活を彼らと隔離するために利用されていた場所。


 詰め込まれるように穴の空いた、雨風すらもろくに防げない家。

 朝から晩、時には深夜まで労働に従事させられていた。娯楽らしい娯楽すら、何ひとつ与えられていなかった人々。



 従兄弟が課せられていたその窮状きゅうじょうを知って、どうにかできないかと動きだしたのがはじめて公務に関わろうとした時だった。

 あの時の想いもまた、炎の記憶と共に焼きついている。



「だが、それはあくまで私個人の感情だ。立場を鑑みれば個人の幸よりも全体の最適解を見据えながら動くべきだろう。

 その点では、今の采配以上のものはないと思っている。無論、彼の国や私への忠誠が前提の話にはなるけどね。」


《ネグロ騎士団長が亡き皇太子殿下に騎士として任命された時のことを彼は作中で語ります。

『魔の力であろうと力は力。刃は使われなければ曇り、使う術を知らぬものが手に取れば己も他人も傷つける。この国で今日傷つき明日嘆く。そういった民の涙を一つでも減らすため、その力を貸してくれ』と言われたことを。》



 言った覚えがあるな。うん。

 ……空想遊戯の時間軸は今より十三年も先なのに、よくもまあ一語一句たがわず覚えているものだ。



《騎士団長は亡き皇太子殿下との会話はおおよそほとんどを記憶しています!

 かの方から賜った至言を自分が忘れるはずがないと胸をはる姿はスチルにもなっています》


 スチルってなんだ。




 やり取りをしている傍ら、息を吐き出す音が聞こえる。



「情を持ちながらもなお公としての正を忘れぬ志……さすがです。やはり次の皇帝は貴方さまをしてほかにおりません」

「……。ありがとう」


 先ほどまでの不信や懸念を払拭したように、メルトキオ公は晴れやかな顔をしている。


「いえ、情とまつりごとの天秤を殿下へ載せるよう図りし愚行、失礼いたしました」

「先ほど言ったとおり、今は無礼講だ。気にすることはない」



 話していれば、足音。



「ヴァイスお兄さま!」

「おっと。ビアン、人の多いところで走ったらぶつかったり怪我をしてしまうよ。」

「あっ、ごめんなさい」



 軽い衝撃とともにしがみついてくる妹。

 どうやらクニンに教えてもらっていた古代呪文も一区切りがついたようだ。



「次から気をつけようね。それで、何か面白い呪文は教えてもらったのかい?」

「うん! 雨を降らせたりとか植物を成長させるなんてすごいのがあったの! すごいの!」


「女神さまがつかってたっていうけど使える人はいないって話っていったでしょ?」

「でも、練習したらつかえたりするかもしれないよね?」


 こちらが思っていた以上に二人とも親しくなったようだ。

 青い鳥の……バラッドの言葉は気にかかるが、だからこそこの交流がよい方向につながる一助となってくれればいい。




「ねえ、兄さま。あのね、クニンとお手紙の交換したいの!あとメロウとユースティアと!またかっこいい呪文みつけたら教えてくれるって約束したから!」


「私はもちろん歓迎するよ。返ったらばあやにも話を通しておこうか。」

「やったー!」


 無邪気によろこぶビアンの姿に自然と頬がゆるむ。

 ああ、幸せになってほしいと心から思う。


《古代呪文は習得難易度が高いですが、特定ルートにて対魔の呪文などは主人公も使用することができるようになります。

 副音声解説NPC、バラッドの顕現や存在維持にもそれらの呪文が使われている設定となっています》



 ……。

 ……なんだって?



《バラッドの顕現および維持、対魔の呪文、女神との対話。そういった古代呪文がゲーム中では登場します。使用条件は教会からの一定以上の評価、およびクニン卿からの一定以上の好感度です。

 なおクニン卿ルートではそれらの呪文の使用タイミングはないため、周回が前提条件となります》



 ──これははじめて聞く情報だ。

 もしかして、クニンの攻略情報が開示されたことで話せることが増えたのか?



「ビアン、もしまた面白い呪文を教えてもらったら、兄さまたちにも教えてくれるか?」

「うん!」



 ほがらかな返答に頭を撫でやる。

 教会からの評価も関わるのならば、ブランやマレイア副司祭長にも確認をしてみよう。



 この青い鳥の正体が分かれば、別の道もあるかもしれないのだから。

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