11話 歩みよりと反省


 捕縛は騎士たちに任せるべき業務だ。

 聴取まで進めば状況をあらためて確認すべきではあるが…‥今は、こちらが優先だ。



 目の前でへたったようにしゃがみ込みながらも、いまだ前に伸ばした手をつき出した手を下ろさない少年の元に歩みよる。


「ブラン……。どうしてここに?」


 見れば周囲に彼を常に護衛している者たちがいない。彼らをまいてきたのか。何のために。


「そんなの決まってます。兄さまが父上から賜わった業務があるというのなら、それを補佐するのが僕の役割でしょう!」


 誇らしく胸をはる少年は、いまだ興奮さめやらぬ様子で頬を赤らめる。


「兄さまだって先ほど僕が発動させた守護法術を見たでしょう!?あれだけの術式を発動させられるなんて僕くらいの年齢ではないことだと先生にもほめていただきました。」


 それは事実だろう。

 あれほどの一撃をうけて耐えきる結界を、いまだ十二歳の子が発動させたのだ。


 自身の前にいた護衛があの魔法を食らっていれば、大怪我はさけられなかったはずだ。



「ブラン」


 けれども今回ばかりは、いさめなければならない。


 常にこの子にかけたことがないような低い声が出たことに、内心自分でも驚きながら。



 目の前に座る弟もそんな声をかけられるとは思っても見なかったのだろう。

 分かりやすく目をまるくして、けれどもすぐに不満げにそっぽをむかれた。



「……僕は、悪くないです。怪我だってしてません」


「そうだね。もし怪我をしていたならば責任を取らされていただろう。私やお前ではなく、本来お前を護衛する立場だった騎士たちが。」


「……ッ!!」



 上に立つものというのはそういうものだ。

 無論、自らの軽率な行動そのものについては責を問われる。



 だが、最終的に不相応な対価を支払うことになるのは間違いなく、彼を守るべき者たちだ。


 そのことを理解しないまま、危険な行動をすることは同じ皇族の一員として、そして何より兄として看過することは出来なかった。


 鋭い目を向けていれば、まだ丸みがのこる輪郭がふるえ、その口がたえきれないように弾けた。



「でも!だって……!」

「でもやだってではない。皇家の一員としてふさわしき振る舞いをしろという話だ。」



「でも……でも、でも!! じゃあネグロは!? ネグロばっかりずるいです!!」


 ネグロ?

 予想だにしていない名前に連行の打ち合わせをしていた彼に視線を向ける。



 ネグロ自身も心当たりがないようすで目を丸くしているが、いちど切れたせきは止まらずにことばが続く。



「兄さまにあんな直接信頼の御言葉をたまわって!何かあったらすぐにネグロを頼って……! だから僕だって、兄さまの弟として相応しいことをしないとって……だから……」



 言葉は次第に弱くなっていく。



 誰よりもブラン自身が一番よく分かっているのだろう。


 護衛の目を惑わせて一人になった。

 教会の一室に潜んでくるかどうかも分からぬときを待った。

 ましてや鬼気迫るそのときに割り入って庇おうとするなど、一歩間違えれば命がいくらあっても足りないところだったのだから。


 かたかたと、背中から次第に全身にはしる震えを制御できないのだろう。

 自らを抱きしめるようにうずくまるその姿は、先ほどの勇かんな後ろ姿とは打って変わり、本来の年齢の半分くらいにも見えた。



「………ごめんなさい……兄さま……」


「ブ、ブランさま……。」

「……皇太子殿下!どうかご寛恕かんじょください。弟君は決して……!」


 言い募ろうとする周囲の騎士を手を挙げることでだまらせる。


 小さく丸まるその姿にゆっくりと歩み寄っていく。





「………………!!」


「すまなかったな。ブラン。お前を信用していないわけでは、なかったんだ。」


 膝を折り抱きしめれば、まだこんなに小さかったのか。こんなに大きくなったのか。

 ひとつの感触にふたつの思考がないまぜになって、最後に残るのはあふれるほどの愛おしさだ。



「それでも、誰かを……俺を、守るために常より鍛錬をしている騎士たちとお前は違う。一歩間違えていればあの結界も砕けていたかもしれない。さらに下手をすれば……」


 言葉がつまる。



 この子を助けたくて、せめてその道行にさいわいを与えたくてやったことだったのに。

 それで傷つく姿は見たくなかった。


 これも勝手な、兄としてのわがままなのかもしれないけれど。



 戸惑う様子もありながら、その腕がゆっくりと背中に回される。

 おずおずと力をこめたその手のひらは、幼い頃に比べてふたまわりも大きく立派になっていた。



「…‥本当に、ごめんなさい。兄さま。」

「いい。いいんだ……。俺こそ、すまなかったね。」



 そうして小さなすすり泣きが止まるまで、しばしその場で抱きしめ合っていた。




 ◇



「ブラン殿下に、ご事情についてお話を?」


「ああ。……今回の件で、私が裏でお前としていたやり取りを気にしていたようだからね。」



 今回の件で、あまり守る立場にばかりおいておくものではないと反省した。

 話をして信じてもらえるかは分からないが。まずはこちらから信じなければいけない。


 その考えを彼に告げたのはその日の夜。

 捕縛したオーン元司祭の輸送が完了した旨を受けた時だった。



「反対するか?ネグロ」

「いいえ。ヴァイス皇太子殿下のなさる選択に間違いなどあるはずが御座いません。無論全力で補佐をさせていただきます。」


「そうか、助かる。」


 ネグロからも支援をもらえるならば心強い。

 ……逆に彼を間に入れることで、一つ懸念がうまれることもたしかたが。



「ところで…‥何故あの子がお前をあそこまで意識しているのか、心当たりはあるか?」


 半ばいつ敵視に変化してもおかしくないほどの剣幕をみせていた。



 が、受けた当人であるネグロの方はひたすらに無言で首を傾げている。


「…………いえ、それらしき心当たりは……。」

「そうか……。お前はどうだ?」


 肩にいる小鳥を撫でてたずねれば、「ぴぃ!」という澄んだ鳴き声のあとに無機質な音がつづく。


《ゲーム内で騎士団及び民衆が主導する社会変革派と、教会及び皇帝が央となる法学権威派は特に熾烈しれつな関係性ですが、その理由のひとつに皇帝陛下の騎士団長に対する敵愾心と憎悪があります》


「なんだと?」


 敵愾心と憎悪?

 以前自分が死した後に対する話は耳にしたが……そこまで鬱憤うっぷんがたまるようなことがあっただろうか?



《ブラン皇帝陛下は自らよりも本来ならば亡き兄、ヴァイス皇太子の方が皇帝として相応しいと信じていました。そのヴァイス皇太子からの信頼が篤かったネグロ騎士団長に対しては羨望からなる敵愾心を抱いていました。

 そして兄君が亡き後にも騎士団を坐すことなく残り、頭角を現すようになったネグロ騎士団長に対し、憎悪をいだくようになります》



 ……。

 思わず額に手を当てる。



「どうかなさいましたか? またその鳥とやらが不敬を?」

「不敬…‥、不敬とは違う気もするが……。」



 言葉を濁しながらも、いわれた内容を伝えていく。

 若干表現をやわらかくした件については心情を加味して許してほしい。誰に許されるものでもないだろうが。




「……なるほど。たしかにヴァイス殿下を御守りできなかった私になど存在価値はない。その点においては私も同感ですし、ブラン殿下に憎悪を抱かれて当然でしょう。」

「言い切らないでくれ。」


 納得したように頷くネグロに頭をかかえる。



《ゲーム中のネグロ騎士団長もその憎悪を向けられることは当然と認識していた一方、ヴァイス元皇太子殿下の在り方と別の道をすすむ法学権威派とは相容れない状況でした。》


「……だが、この先は違うよな?」


 独り言のようにこぼした言葉に、青い鳥からの返事はない。


 代わりにネグロが、大きく自信を持って頷いた。


「無論です。貴方さまの御威光があるこの世界で過ちなど起きうるはずがございません。必ずやその愚鳥の妄言とは異なる未来を、貴方さまの前に敷いてみましょう!」


「……ああ、ありがとう。よろしく頼むよ。」

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