10話 書庫での乱戦

「オーン司祭。本日の説法もありがとうございました」


「これはこれはヴァイス殿下。一度ならず二度も私の説法を聴いていただく機会を得るとは、身にあまる光栄です。」

「何をおっしゃいますか。来期には司祭衆として選出されること間違いなしとされていらっしゃる方が。」


「ははは、そうなれば光栄なのですがね。たとえ選出されずとも、私めの信仰はいちるたりとも揺らぎませんから。」


「ええ、期待しております。……ところで、お恥ずかしながらお伺いしたいのですが、先日司祭殿が執筆されたと報告がありました、治癒法術の論文について」

「あの周囲の属性を変換させて法術として用いることで、エーテルの寡多がある環境下でも治癒を行なえるというものですね。何かご不興でも……?」


 一握の心配がよぎった司祭に首を横にふってこたえる。


「とんでもありません。むしろ話を聞いて感銘を受けた次第で。もし可能でしたらそちらの論文をひと足先に拝見できればと思ったのですが……」


「なるほど。もちろん歓迎いたします」



《この世界では印刷技術は非常に限られているため、皇族貴族でも本の写本というのは希少なものとなります》


 ……当たり前の話を小鳥が紡ぐが、もしやこの世界を空想遊戯としている世界では、写本の技術が今以上に優れているということだろうか。


 それは魅力的だが……。

 続けそうになっていた裏の思考を一度中断する。



「たしか今は資料室に保管しておりましたか。これより取りに参りますので少々お待ちいただけますか?」


「いや、それには及ばない。教会の資料室というのも叶うなら覗いてみたいと思っていたしな。よければ随伴ずいはんさせてもらっても?」

「ええ、勿論です。」


 歩き出した背中に続く。

 後ろからついてくる騎士たちの気配を感じながら、関係者以外は滅多に通らない神殿内部の通路へと足をふみいれた。



 ◇



「そういえば法学的な観点から見て、夢というのは何かの予兆なのでしょうか?」

「学説として提言をする者もおりますね。眠りというのは生命の活動停止にも近く、法力とは真逆の属性とも呼ばれています。皇太子殿下もなにか気になる夢を見たことが?」


 来訪する貴族向けに作られている表とは異なり、どこか古めかしい道を歩きながら雑談をふる。


「ええ。数日前……私がこうして礼拝を再開する前か。気になる夢を見たんです。」


「だとしたら、司祭一同はその夢に感謝をすべきですね。おかげで皇太子殿下の御威光をこのように間近で感じとる機会をえられているのですから。」



 どのような夢かお聴きしても?

 たずねてくる言葉に頷きを返して私は言葉を続ける。


「それは炎の夢だ。煙と熱に苦しめられながら、開かない扉をひたすらに叩くね。」

「…………それはそれは。不吉な夢でございますね。」



 返答に悩んだような声。

 夢とはことなり、資料室の扉はいとも容易く拓かれる。


 中には埃と紙の入り混じった香り。棚にすら入ることのない巻物や紐で閉じた冊子が、ところ狭しと並んでいた。



「不吉な夢は吉兆の報せと申すものもおりますが、当事者としては心乱される光景でしょう」

「まったくだ。それも召喚の儀の事故の夢なのだから、不吉なことこの上ない。」


 ぴくり、と冊子を手に取ろうと伸ばした腕がふるえるのが目に入る。


 ──なるほど。すでにそこまでは裏で打ち合わせも進んでいるのか。

 まだ先のことというのに、ご苦労なことだ。



「それはそれは……一歩間違えればお父君の統治に対する批判ととらえられそうな夢でございますね。あまり他所では言わないことを失礼ながら献言させていただきます。」


「貴殿の心遣い受けとろう。とはいえ父上になにも申さず態度に出してしまうことそのものが不敬だろう。

 故にその旨をすでにお話ししたところ、念のために調査をしろとお達しを受けた。先のこととはいえ、治世や儀式に万一があってはならぬからと。」



 ぱさりと乾いた音が鳴る。


 すでに傍らに立つ護衛──ネグロは片手を剣に置いており、いつでも抜刀できる構えだった。



「故に、こうして足を運んだわけだ。オーン司祭。

 悪魔のカイナへの背信行為について、なにか釈明はあるか?」

「チッ……!!」


 ネグロが抜いた剣を紙一重で避けた男が、鋭い舌打ちと共に小さく口で何かを唱える。


「注意しろ!悪魔のカイナの背信者である以上、魔法を使用する可能性が高い!」

嵐よストムス 荒れ狂いスタンプス 壁となれヴァルス!!」


 警戒を呼びかける言葉そのまま体現したように、厚い風の壁が生まれてネグロの剣が弾かれる。


「なんとしても逃すな!」

「承知しております!……焔の刃エンディケス……」

嵐よストムス 鞭となりフルスタス 襲えヘンム!!」

「っ!!」


 ネグロが手をつき出して術式を唱えようとしたその瞬間、相手側の魔法が先に完成したらしい。


 荒れ狂う壁から先、空気が圧縮された塊がこちらに襲いかかろうとしてきた。



「〜♫、『女神は言う!かの光こそが我らを守る祝福そのものだと。かの祝福こそが網となり、加護となり、駕籠となる!』」


 それは防御の守護法術の呪文だった。


 聖句の一節を音色とともに紡ぐことで生み出す光の壁が、圧縮された空気の塊を弾く。



「ブラン!?」

「ブラン殿下!?」

「きっ……つ、………」


 飛び込んできたのは自分と同じ紺色の、夜と同じ色彩の髪をもつ少年。


 強い衝撃をとめた影響が身体にも響いているのだろう。顔は歪んでいるものの、つき出している手はまっすぐと伸ばされていた。


 すぐに我に返った騎士は、紡ぎかけていた術式を再び紡ぐ。


「……っ。焔の刃エンディケス 我が敵を裂けテッター・ハッター!!」

「ぐ、うぁっ!!!」


 飛び道具にも似た赤い焔の刃は、正確無比に風の壁へと斬りこまれたようだ。

 叫び声とともに、次第に風が止んでいく。



「──オーン司祭。聖職に就きながら異端への背信行為、及び皇国転覆未遂の容疑で捕縛させていただく。」

「くっ……何故だ!他の者ならばいざ知らず、何故お前のように魔に愛された、魔の祝福を受けた者がこの尊き責務を理解しない!?」


 近づいていくネグロに、司祭が悲鳴にも似た声をあらげる。


「それほどの力があればカイナの使徒たちも諸手をあげて受け入れるだろう!たとえ魔月が今はまだ陰に潜む身としても、将来的にありとあらゆる恩寵を……グッ!!」


 つきだされた拳が、文字通りその鼻っ柱を折った。


「殺すなよ。まだその男には聴かねばならないことがある。」

「承知しております。」


 念押しに首肯を返したネグロは、騒ぎに集まってきた教団騎士たちにも短く指示を出していく。


「……おろか、な……。魔の恩寵と、祝福を…‥拒む、など……!!」



「そのようなもの、俺には不要だ。俺が信ずるべきものはすでにただひとつ。その為ならばいかなる道をも踏みにじろう。」




《攻略対象のネグロ騎士団長は亡きヴァイス皇太子に対しての忠信を彼が亡き後も掲げ続ける、いわば強火担だよ!!》


 なんだ強火担とは。



《強火担とは特定の相手を熱狂的に……》

 いや違う。解説をしてほしいわけじゃないんだ。


『チュン!』

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