離人

no.vel

 まだ幼いころ、それこそ小学校に入る前だったかもしれない。


 人生はひとつのみちであるとそんなような感じがしていた。人生は一つの道でできていて、道中色々なお店が立ち並び、人とすれ違い、時には会話してまた進んでいく。道も舗装されていればそうでなかったり。


 当時の僕は、道がどのようになっているかは皆目見当もつかなかったけれど、ただ一本のみちでできているのだと思っていた。そして、その道を進んでいくのは、ぼくだけだと思っていた。だから、僕はいまになって驚いているのかもしれない。驚いてはいるものの、僕は道がなんだかわかっているような気がしているから、誰かになぐられることはないと思う。


 うしろから突然、がっと。いや、結局これも道が何なのかを本当は理解していない証拠なのかもしれない。


それを知るには、もっと遠くの曖昧な仄暗い場所まで戻らなくてはならない気がする。戻るのは少し怖い。


 道の始まりはどこなのか。


 そもそも道に始まりはあるのか。僕はいつから歩けたのか。


 僕はどうやって歩けるようになったのか。


そんな不思議ばかりがいつまでも無数に浮かんできて、それこそ絶え間なく変わっていく空のように。いつも同じ空はない、と勝手に思っている。


 空が気になった。空から見える僕に気が向いた。


 僕は運転手なのかもしれない。


乗り物があって、その乗り物を操作する運転手。でも、僕は運転免許を持っていない。でも、運転できる。いや、運転できると思っているだけかもしれないし、道が真っすぐだから操作する必要もないのかもしれない。単純なものであったらよかったな。僕には、操作できるものがわからないし、どんな形をしているのかもわからないんだ。しかし、間違いなくそこには、窓があって世界が見えて、道があって運転しなくてはならない。ただみんなが平気な顔して歩くのと変わらず、当たり前に空が変わることと変わらず、ぼくにとってもそれが真実であり、ある種の不条理な規則だったんだ。まるで、永遠と食べられない餌を前に差し出される馬や牛のように。



じゃあ、僕は、はたして運転手なのだろうか。


わからない、運転免許証が欲しい。

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