第7話 階層の守護者


 スライムとの遭遇から数時間が経過。


 ようやくマップの表示範囲に次の階層へと続く階段が現れた。


 何時間も歩かされてようやく見つけた階段だが、実は転生地点からの方が近いくらいの位置にあった。


 やっぱり俺には運が無いのか……。


 それとも単に【フォーチュンダイス】のスキル自体が、文字通り出鱈目な効果だったんだろう。


 いや、これだけ広いダンジョンにもかかわらず、転生した地点が次の階層から数時間の範囲なのだから、結果的に運が良い……のか?


 よく分からないな。


 カンストしてもイマイチな自分の運勢に悩む一方で、地図上には赤い光点も散見されるようになった。


 何かと思って慎重に近づいてみると、それはモンスターだった。


 体高だけでも2mはあるトカゲ型モンスターは、レベル200台の岩蜥蜴ロック・リザードという名前らしい。


 近づいた時に危うく見つかりかけたが、ロックリザードは洞窟の暗闇に適応するように進化したのか、視力が殆ど無いに等しい反面、音で周囲の状況を把握しているようだった。


 そのため、音には物凄く敏感だった。


 石を踏んだ小さい音を感知して近づいて来きた時には、生きた心地がしなかった。


 それからは何とかしてモンスターをやり過ごし、更に2時間近くが過ぎた頃。


 ようやく階段のある地点までたどり着くことができた。


 しかし――



(アレの横をどうやって通り抜ける?)


 ダンジョンの次の階層――第199階層に続く階段。


 その前は広い空間になっており、一頭のモンスターが居座っていた。



地竜アース・ドラゴン

レベル:350

体力:5000

精神力:200

持久力:3500

筋力:4000

技量:400

知力:300

信仰:100

運気:100


 巨体に見合ったレベル。


 そして、当然のように俺より高いステータス。


 アースドラゴンは道中で遭遇したトカゲを巨大化させたようなフォルムで、体高は目測だけでも4mはある。


 ちょっとした民家くらいのサイズ感。


 全長がどれだけあるかなんて考えたくない。


 だけど、ここを通過しなければダンジョンからの脱出は不可能。


 ……よし。


 俺は洞窟の床に転がっている小石を、音をたてないよう慎重に集める。


 そして小石をアースドラゴンの鼻先に投げつけた。


「グルル……?」

「(かかった!)」


 続けざまに二投目をアースドラゴンから少し離れた場所に投擲。


 とぐろを巻いて休んでいたアースドラゴンは、起き上がると小石を追ってのそのそと歩く。


 ロックリザードは音に敏感で、それを頼りに狩りをするらしい。


 近縁種であると思われる地竜も、同じような生体のハズだ。


「……」

「(止まった?)」


 俺の投げる小石を追って、順調に移動していたアースドラゴンだが、突然その動きを止めた。


 一体、何をしている?


 アースドラゴンは小石を転がした場所に顔を近づけ、しきりに鼻を鳴らしている。


 いや、待て?


 鼻を鳴らす?


――匂いを嗅いでいる?


「(――ッ‼ マズい!)」

「グオオオォ‼」


 顔を持ち上げたアースドラゴンは、こちら目掛けて物凄い速さで突進してくる。


 失敗した!


 俺はすぐさま踵を返し、アースドラゴンからの逃走を図る。


 目が見えなくて音を頼りに狩りをしていると思ったら、匂いにも敏感なのか。


 トラックのようなアースドラゴンの巨体が迫る。


 巨体故か、一歩の幅が大きい。


 その重鈍そうな見た目とは裏腹に、アースドラゴンとの距離は一瞬で詰められてしまった。


「(避けきれない! クソッ、ここまで――)」

「グオオオォ‼」


 踏み潰されるのか、噛み千切られるのか。


 それとも頭突きによって壁のシミになるのか。


 何通りもの死に方が、その時の俺にはありありと幻視できた。


 しかし、そのどれもが現実になることはなかった。


 諦めかけたその時、目の前を黒い物体が横切った。


「グギャオ⁉」

『――』

「お前は!」


 黒い物体の正体は、俺が水とおにぎりをやったダークスライムだった。


 スライムはアースドラゴンの顔面に激突すると、その柔らかそうな見た目とは裏腹に、金属の塊がぶつかり合うような重厚な音を轟かせる。


 そしてあろうことか、ダークスライムの何百倍、何千倍の巨体を誇るアースドラゴンを弾き飛ばして見せた。


 不意打ちを食らったアースドラゴンだが、大したダメージは受けていない様子だ。


 一頭と一匹のモンスターの戦闘が始まった。


 アースドラゴンの巨大な爪がダークスライムへと迫る。


 対するダークスライムは機動力を生かし、アースドラゴンの目にも留まらぬ攻撃をいとも簡単に回避する。


「グオオオォ‼」

『……‼』


 目の前の戦闘に気を取られていると、不意に水滴のようなものが頬に付いた。


 手で拭いライトで照らす。


 黒い……液体?


 まさか⁉


 これは、あのスライムの――


 視線を戻すと、アースドラゴンの尾の一撃がスライムに入る所だった。


 壁に叩き付けられるスライムだが、追撃の噛み付きを回避するために休む間もなく動き出す。


 簡単に回避している?


 違う。


 ギリギリなんだ。


 アースドラゴンの猛攻を躱し続けているが、実際はスライムに余裕なんてない。


 その証拠に、アースドラゴンの攻撃はスライムに直撃しないまでも、爪の先などが掠り、黒い飛沫が周囲に飛び散っている。


 このままだとスライムがやられる。


 そうなれば、次のターゲットは俺だ。


 ……逃げるか?


 今ならアースドラゴンはスライムに気を取られていて、俺の事など眼中にない。


 簡単に逃げることができる状況だ。


 だけど……。


 本当に、それでいいのか?


 スライムは間違いなく、俺の事を助けに来てくれた。


 そんなヤツを見捨てて、俺は逃げるのか?


 そんなこと、出来る訳がないだろ。


 何か――何か、状況を打開する策はないのか?


 スマホの検索機能で、アースドラゴンの情報を調べる。


 この状況を打開できる何か、アースドラゴンの弱点を探し、必死に画面をスクロールする。


「グオオオォ‼」

『……』

「(あった!)」


 アースドラゴンの弱点。


 それは高音。


 耳の良いアースドラゴンは高い音に弱く、反射的に動きを止めてしまうらしい。


 ただ、この方法は俺にも大きなリスクがある。


 失敗すれば、確実に死ぬ。


 だが、命を懸けて俺のために戦ってくれているスライムを見捨てる訳にはいかない。


 スマホの【時計】のアプリを開き、タイマーをセットする。


 その際、音量を最大まで上げることを忘れない。


 準備は整った。


 後はこの音をアースドラゴンに聞かせれば、致命的な隙を作ることができるはずだ。


 だけど、効果を高めるにはアースドラゴンに近づく必要がある。


 俺は足元の小石を手に取ると、スキル【ラッキーパンチ】が発動することを願いながら、アースドラゴンに向けて投げつけた。


「グオオォ‼」

「来い、トカゲ野郎‼」


 俺の投げた小石は、幸運にもアースドラゴンの目に当たったようだ。


 ダメージは無いにも等しい。


 それでも痛みを感じたようで、アースドラゴンの標的はスライムから俺へと代わる。


 怒りを滲ませて突進してくるアースドラゴン。


 足が竦む。


 それでも、生き残るにはこれしかない。


 俺はタイミングを見計らってタイマーをスタートさせ、アースドラゴンに向けてスマホを投げつけた。


――ジリリリリリリリ‼

「グオオォォォ⁉」


 けたたましい音がアースドラゴンの顔面近くを通り過ぎるスマホから鳴り響く。


 その音に怯み、一瞬アースドラゴンの動きが止まった。


「今だ! スライム‼」

『……!』


 隙を突いて、ダークスライムがアースドラゴンの上に飛び乗る。


 そして体の一部を鎌のように変形させると、アースドラゴンの首元に目掛けて振り下ろした――

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