【ショートストーリー】町の守(も)り猫、風太の静かなる日々

T.T.

【ショートストーリー】町の守(も)り猫、風太の静かなる日々

 空が薄紫色から朝の青に変わりゆく頃。

 私、野良猫「風太」は目を覚まし、1日の始まりを告げる。

 人々は私をただの猫と思うかもしれないが、この町の小さな秘密は、ほとんど私の知るところだ。

 今日も、いつものようにまずは佐藤さんの家の裏で温かい牛乳をいただくところから一日を始めよう。

 彼女はいつも口は堅いが、野良猫の私にだけは心を開いてくれる。

 彼女からいろいろな話を聞くのは朝の楽しみの一つだ。

 彼女の旦那さんが夜遅くにこっそりと繁華街で知らない女の人と歩いていたのを見たことを、私は誰にも話したことはない。

 秘密を守るのも、町の野良猫の務めだ。

 牛乳を飲み干し、次は町の小さな公園へ向かう。

 ここで出会うのは、いつもベンチで本を読んでいる静かな男。

 彼はある大企業の社長だが、誰もが知るその一面とは別に、彼もまた秘密を抱えている。

 彼はページをめくりながらも、たびたび遠い空を見つめ、ため息をつく。

 私がその理由を知っているのは、彼が携帯で誰かと話すのを聞いたからだ。彼はある事情で愛する人に会いたくても会えない、という状況に落ちっている。切ない秘密だ。

 午後になれば、私の足は古本屋の方角へと自然と向かう。

 そこでは、店主がいつも日記を書いている。

 彼の歴史に触れるのは、私ぐらいしかいないだろう。

 町の様々な出来事、人々の噂話、それらを私はそっと耳にし、胸にしまっておく。

 そして彼の日記の端には、彼が愛した飼い猫の名前が書かれている。

 彼女はもうこの世にいないが、彼の愛は色褪せず、毎日、ほんの少しでも彼女を感じたくて文字にしているのだろう。

 私も彼女には大いに世話になったものだ。

 夜が訪れ、星が瞬き始める頃、私は最後に高い壁に乗り、町を見渡す。

 人々は自分の秘密が守られていると安心して日々を過ごしている。

 私はたくさんの秘密を知っている。

 でもそれらは決して話さない。

 だって私はただの猫。

 人間の秘密が、どんなに小さくとも、彼らの日常にとっては大切なものだから。

 今夜もまた、星の下で目を閉じる。猫の私には秘密を抱えることはできないが、秘密を守ることで人々に寄り添い、彼らの暖かさを感じつつ生きてゆく。

 それが、野良猫「風太」の、ある1日。


 夜の静けさが深まるにつれ、私の冒険は続く。

 町は眠りにつき、街灯の下でしか生活が繰り広げられなくなる頃。

 それは私、野良猫風太の時間だ。

 町の端に位置する大きな屋敷の柔らかな芝生に足を踏み入れると、私はまたある秘密を思い出す。

 屋敷の主は日中は厳格なビジネスマンだが、夜になると彼の本当の情熱が明らかになる。

 屋敷の裏庭には、彼が手入れをしている珍しい花が植えられている。

 昼間は絶対に他人に見せない、彼だけの秘密の庭園だ。

 私は時々彼が庭で一人、花と話す様子を目撃している。

 人には見せない、彼のもう一つの顔だ。

 次いで、私は街の外れ、工場地帯の影を滑り抜ける。

 月明かりが冷たく照らし出す中、静かな工場からは時折、大人の声が聞こえる。

 世間は知らない、工場の主が夜な夜な何を製造しているのか。

 そんな彼の仕事の秘密も、私は覗き見てしまっている。

 夜の帳が下りると、そこでは彼の本当の魂の作品が生み出されている。

 昼間の仕事はただの偽りの姿で、夜こそが彼の存在意義を形作る時間なのだ。

 もちろん何を作っているかは言えない。

 そして、夜が更けてゆくと同時に私は片町の小さな裏通りに足を進める。

 ここには一人の老人が住んでいて、彼は毎晩一つのランプを灯し続けている。

 私は隠れて彼が何をしているのかを観察した。

 夜な夜な、彼は年老いた友人たちと古い写真を広げては、かけがえのない時間を思い出している。

 この裏通りに響く写真の中の彼らの笑い声やため息は、町のどこにも共有されることはない。

  私、風太の興味は尽きることがない。

 人々の暖かさ、喜び、悲しみ、そして数えきれないほどの秘密。

 これらすべてが交錯する中、私はただ静かに、そっと、彼らの一部でい続ける。

 野良猫としての生活は決して楽ではないが、町のこそっとした秘密を知ることができるというのは、それだけで、夜空の星よりも輝かしい宝物だ。

 そしてまた、新しい一日が始まるまで、私は細い路地の陰で眠りにつくのだった。


(了)

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【ショートストーリー】町の守(も)り猫、風太の静かなる日々 T.T. @shirosagi_kurousagi

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