師匠はラスボス!?~転生先は神作品と崇める小説だったがそれはそれとして師匠(推し)には幸せになって欲しいので頑張って救済します~

有栖蓮

第1話 始まりの足音

 ――死にたくない。


 生への執着は、人間の――否。生き物の根本的な本能だ。それが理不尽によってもたらされる死であればなおのこと、その本能は強くなるだろう。

 かく言う『』もそれに当てはまる。


「だからってさぁ……」


 ザシュッ。


 死角から飛びかかってきた魔獣を、振り返ることなく剣で薙ぎ払う。


「ギャアアァァアアァッ」


 耳障りな断末魔の悲鳴とともに、魔獣は地に倒れ伏した。


「異世界転生は斜め上を行き過ぎだよねぇ」


 などとぼやきながら、剣の刃に付着していた返り血を飛ばし鞘に納めていると、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。


「団長!ご無事ですか!?」

「ん、問題ないよ」


 団長と呼ばれた女性が振り返り様に頷けば、声をかけてきた青年が安堵した表情で息をついた。青年と共にいた若い男女も同様に安堵の息をついている。


「怪我が無いようで安心しました。それにしても――…」


 青年が足元に転がる魔獣死体に視線を向ける。


「……あかいヘルハウンド、ですか」

「そうみたいだね。でも確か、希少種は白銀はくぎんだったはずだけど……」

「だとしたら、突然変異とかですかね?」

「――で、済む話ではなさそうですよ」

「ライナス?」


 魔獣の状態を確かめるように、その傍らに膝をついていたモノクルの青年――ライナスがヘルハウンドの腹部を指差した。


「これを見てください」


 促されるがまま、魔獣の腹部が見える位置に移動する。

 前列の者たちは片膝をつき、後列の者たちは前かがみの姿勢でヘルハウンドの腹部を覗き込む。

 ライナスが指差した先。そこには、血のように真っ赤に染まった奇妙な石が、ヘルハウンドの腹部にを突き破るようにしてその姿を覗かせていた。


「! これは……」

「今月に入ってこれで八件目です。先月よりもペースが早い」

「団長」

「えぇ……」


 三対の目に見上げられ、女は静かに目を伏せた。


「――、ということかな」


 らしい台詞を吐いてみたものの、とうとう来たかと胸中では項垂れてしまったのは、団員たちには内緒である。






◇◆◇






 死ぬ間際に死にたくないって願ったら生前大好きだった小説の世界に転生したよ。

 転生先はよくある冷遇されたお姫様や悪役令嬢ではなく村娘モブでした。

 だけど私の推しは死ぬ運命にあるので助けるためにすごい特訓をした結果――…。


「……気が付いたら自分の旅団を持って団長をすることになりました」


 いや、旅団結成については予定調和ではあるのだが、まぁ予定外な出来事は間々あるわけで。

 三行説明ならぬ四行説明で今の状況を説明した女――ルシアは、自室のデスクで両肘を立て両手を組んだポーズをしながら項垂れた。

 今でも思い出せる。トラックに跳ねられた瞬間の衝撃。冷たいコンクリートの感触。全身に走る激痛――……。

 ――…そして、新たに生まれ落ちたこの世界で、己の無力さを目の当たりにしたあの日の出来事を。


「あー……いかんいかん」


 振り払うように勢いよく頭を左右に振ると、副団長が淹れてくれた紅茶を一口。フルーティーで爽やかな香りが口いっぱいに広がる。好みの味と香りに、思わずほぅ、と息を吐き出した。

 そのまま椅子の背もたれに身体を預け、傍らに立てかけられたこの世界の地図へと視線を向ける。


「……私がこの小説せかい読者ファンのままだったら、これを見ただけで心躍ったんだろうけど――…」


 を思うと胃が痛くなる。

 前世せいぜんでは、ごく普通の社会人兼オタクとして生きてきた。社会人として稼いだお金の大半を、趣味に全力投球してそれなりに充実した人生を送っていたと思う。

 その全力投球先みつぎさきの一つがこの小説せかいである。

 『聖痕スティグマ』というタイトルのこの小説は、文字通り聖痕を宿した主人公と仲間たちが、聖痕の力をもちいて世界救うという王道バトルファンタジーだ。

 世界観もよくあるRPG的な設定で、文明レベルで言えば、中世のヨーロッパレベル。都市部は近代寄りではあるが、魔法を原動力とした魔法工学という分野の技術がが発達しているということもあり、ルシアがかつて生きていた世界の近代とはまた異なる形で技術が進歩している。

 これだけ見れば、よくあるファンタジー小説だよね、という話で済む上に、憧れの世界に転生できたと喜ぶこともできたであろう。

 ――だがしかし。


「――そうは問屋は下ろさないってね」


 独り言ちて、紅茶が入ったカップを持ったまま立ち上がると、空いている手で赤いピンを取り、世界地図の一点に刺した。

 その場所は、昨日ルシアが倒したあかいヘルハウンドがいた場所だ。


「問題は、どこに瘴穴しょうけつが開いたかなんだけど……」


 ふむ、とピンを刺した周辺の土地を眺めていると、控え目なノック音が響いた。


「団長、私です。昨日の紅いヘルハウンドの件で報告が」

「レイシス?入って」


 入室を促すと、書類を持った金髪碧眼の青年が入ってきた。

 彼の名はレイシス・ハマン。メルギス王国ハマン辺境伯の次男であり、ひょんなことからルシアが率いる旅団『あかつきの旅団』の副団長の地位に納まっている男である。


「瘴穴の発生地点がわかりました」

「場所は?」

「ここです」


 レイシスがルシアの横に並び、黒いピンを世界地図に刺す。


「……カラーノ山脈?ずいぶん遠いね。紅いヘルハウンドが出没したエリアから、直線距離で十キロはある」

「私も最初は驚きましたが、クロードの逆探知魔法で追跡した結果なので、確定と見て間違えないです」

「そこは疑ってないよ。けど、基本的に瘴気に侵されたモノスレイブは、瘴穴からははずでしょ?」


 瘴気とは、地底深くから漏れ出す正体不明の毒素のことだ。瘴気は瘴穴と呼ばれる穴から吹き出し、動植物や魔獣、果ては人間をも侵す厄介なモノであり、物語の進行上、重要なファクターとなるモノでもある。

 瘴気に侵されたものは、その姿が変異し、理性を失くして誰彼構わず周辺のものに襲い掛かるようになる。早い話がゾンビ化するのだ。

 魔獣が瘴気に侵された場合、ゲーム的な表現をすると強さが二ランク以上上がるので、実に厄介な敵となる。

 ルシアたちは便宜上、瘴気に侵されたモノの総称として『スレイブ』と呼んでいる。

 スレイブは、その強靭的な力と引き換えに、瘴気に侵されたものは瘴穴から一定距離を離れなくなってしまう。スレイブ化したモノは、生命維持に瘴気が必要不可欠となるため、瘴穴から吹き出る瘴気が吸えない場所で生きることができなくなる。

 そういう意味では回避策はとてもシンプルだ。万が一瘴気に侵されたものに襲われても、瘴穴の発生地点――即ち、襲ってきたものが来た方角とは反対方向へと(有事の際にどれだけの人間が冷静に判断できるかはさて置き)逃げてしまえば良いのだから。

 問題は、瘴穴発生地点や発生日時がわからないということだろうか。


「その点については、解剖班からの報告待ちです」

「了解。結果はどうあれ、瘴穴は早く閉じないといけないから、すぐに出発したいんだけど……あそこ麓に村があったよね?そっちに被害はないの?」

「グレタの『眼』で見たところ、特に被害は確認されませんでした。瘴穴の発生地点が山を隔てて反対側だったことが幸いしたようです。なので、医療班の出動は不要です」

「うちの子たち優秀過ぎるでしょ……」

「団長の部下ですから」


 ニッコリと笑うレイシスを横目に世界地図へと視線を戻す。

 人間の場合、瘴気を吸った量が微量であれば、教会や病院の治癒術士を頼れば助かることは多いが、中には手遅れとなる事例も少なくはない。それ故の懸念であったが、どうやら杞憂だったようだ。


「聖なる灰と水晶クリスタルの準備はできているので、転移魔法の準備が整い次第、カラーノ山脈へ飛べます」

「転移魔法陣の起動までの時間は?」

「あと一時間もあれば」

「わかった。準備しとく」


 レイシスが部屋を辞したあと、カップに残っていた紅茶を飲みながら世界地図を眺めていたルシアであったが、彼の気配が完全に遠のいたタイミングでポツリと呟いた。


「今の話、どう見ます?」

『――おそらく、上位種だろうな。といっても、希少種ならともかく、元々は下位種のヘルハウンドだ。良くて中級程度のランク付けになりそうだが』

「ですよねー」

『お前だって似たような見解を持っていたんだろう。は、その上位種で溢れているぞ』

「うーん……まぁ、そうでしょうね。助けに行きたいのは山々なんですが、現段階ではまだ大っぴらに動けないので、頑張って耐えてくださいとしか言えないんですよね」


 右耳にしていたピアスから発せられた男の声に、空になったカップをソーサーに戻しながら苦笑いをこぼしていると、ため息が聞こえてきた。

 このピアスは、左右で一対の通信機のような魔法具である。左右のピアスに両者の魔力を記録すると、記録それた魔力を持つ者同士でのみ、音声通話が可能となる代物だ。


『我々を見くびるなよ。お前の力がなくともどうにかなる』

「さすが。そこにシビれる憧れます」

『茶化すな鹿。……まぁ、アレの対処に集中できるのも、お前の策のおかげではあるから、その点では感謝しているが』

「……ほんと、そういうところですよ」

『どういう意味だ?』

「唐突にデレを供給しないでくださいってことです」

『デレ……? お前はたまに、よくわからんことを言うな』

「誉め言葉として受け取っておきます」


 呆れたような声音に真面目な表情かおで礼を述べると、再度ため息が聞こえてきた。


『なんにせよ、状況が動きつつあることは確かだ。死ぬなよ、愛弟子』

「んぐ……っ、その台詞、そっくりそのままお返ししますよ」


 言っている傍からこれである。

 ルシアはグッと胸を押さえて絞り出すようにして言うと、面白そうにクツクツと笑う師匠の声が聞こえてきた。


「ああもう、準備があるので切りますね!」


 半ばヤケクソ気味に通信を切ったルシアは、出発の準備のために踵を返した。






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数ある物語の中で、当作品をお読みいただきありがとうございます!

カクヨムコンテスト初参戦ではありますが、10万文字突破目指して頑張りますので、☆や♡で応援していただけますと嬉しいです…!











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