第2話 悪夢と覚悟


 薄く開いたカーテンの隙間から月夜の光が漏れる。初夏の深夜ではあるもの蒸し暑い。加えて運悪くその月光が目元に差し込み、少年は寝ずらそうに寝返りをしては、目を開く。


「――嫌な、夢を見た」


 少年は体を起こすと寝起きのせいか悪夢を見て叩き起こされたせいか機嫌の悪い低い音声をあげ目を擦り、近くにある置き時計を見る。


「…まだ、夜中の二時か」


 寝ようとしても夢のせいか完全に目が覚めてしまい、そんな気も起きない。


(…あれから一年と少し。そんな短期間で忘れるようなものでもないよな…しかし)


「…ほんと、アホだな、俺ってやつは」


 無造作に髪を掻きむしる彼は過去を思い出すように天井を見上げる。


 少年、佐竹克治さたけかつじは今から約、一年前のある日、自分の浅はかな行動で仲のいい幼馴染姉妹相手に自分の好意を一方的に伝え、見事玉砕したという嫌な過去を持つ。

 それでも幼馴染姉妹は優しく、彼に非難の言葉を一つも当てることなく元の関係…「幼馴染」としてまた関係を修復した。


 中学三年の告白から、約一年と少し経ち、今では高校二回目の夏を迎える。


「…行動を起こした結果が今だ。誰がなんと言おうと最悪な結末。そりゃあフられるわな。そもそも…何を見てあいつらが告白に応えてくれると思ったのか…完全に黒歴史に刻んだ…」


 顔を片手で覆い、ため息を漏らす。


「…終わった話。それにあいつらは…俺だって自分のことだけで精一杯だし、くそ」


 考えることが億劫になり、ベットに倒れるように横たわる。


「――なかなか、物語のようにはいかないな」


 目を閉じたまま、皮肉をこめてつぶやいた。


 

 ◇◆◇◆◇



「――つ君〜」


 近くから、見知った声が聴こえた。


「……!!」

 

 その瞬間、眠気など吹き飛び、微睡から無理矢理解放された少年の背中に寒気が走る感覚を覚えた。飛び起きるように跳ね起きようとして、体に重みを感じ、動きを止める。


「…おまえ、何で俺の上に乗ってんの?」


 眠気瞳に映る…天使のような微笑みをした目の前の美少女にジト目を向ける。

 

「んー? かつ君が起きないから?」


 美少女は透き通る瞳に少年の顔を映しながら、小首を可愛く傾げて返答になっていない返答を返す。そんな彼女の名前は能登純香のとすみか

 克治の幼少の頃からの幼馴染。肩から鎖骨あたりまで伸ばしたふわふわの茶髪ミディアムヘアーが彼女のゆるい雰囲気と合う。そんな彼女は外を歩けば十人が十人振り向くほどの色白天然美少女。その目を引き寄せるほどのスタイルとルックスで学校内問わず人気。


 学校では「天使」と呼ばれてるとか。


 そんな美少女相手に少年は仏頂面。


「おら、起きたからどいてくれ」


「もう少し〜」


「じゃかわしいわっ!」


 腰に跨っていた状態から何を思ったのかそのまま抱きつく形で寝そべろうとした彼女ごと布団を持ち上げ…そっと床に下ろす。


「わお、力持ち〜」


 布団から解放された彼女は少年の腕力と自分の状態を見て楽しそうに笑う。それを見ている少年の顔は未だに仏頂面は変わらず。


「…紗香さんが下で待ってるんだろ? ふざけてないで降りた方がいいんじゃないか?」


「む。そうだね。じゃ、私は先に行ってるからかつ君も早く降りてきてね〜」


「へいへい」


 寝巻きのまま立ち上がった彼は面倒臭そうに軽く手を振り返し彼女を見送る。


「――二度寝、禁止だよ〜」


「ッ。わーっとるわ!」


 部屋から立ち去ったと思われた彼女は扉の隙間から少しだけ顔を出して釘を刺す。そんな彼女の行動を見てついカッとなり声を荒らげる。


「きゃー、怒った〜!」


 言葉とは真逆に楽しそうな声をあげつつ彼女は本当に部屋を後にした。


「…行ったか…バレてないよな…」


 彼女が部屋を後にしたことを確認した克治は一度ベットに座り直し…息子に目を落とす。


「…せーふっ」


 自分の息子がおっきしていないことを確認した克治は額に浮かべていた冷や汗を拭う。


(あいつに…あいつらに欲情することは万が一にもありえないが、生理現象はどうにもなぁ。んなことが起きたら…示しがつかんし)


「しっ。んなことはいい。準備すっか」


 床に落ちていた布団を拾い、寝巻きから制服に着替える。横目で時計を見たところ登校時間はまだ三十分もあるからそう急ぐこともない。


「…絶対おかしいよな。幼馴染だからってだけで家事をしてくれるの…いや、俺が家事を何一つ出来ないのが原因なのはあるが…」


 克治には二人…能登姉妹に対してもう恋心はない。全くないと言ってしまえば嘘になる。一年前にフられてから二人を恋愛対象として見ないように心掛けて生活してなんとか克服した。

 しかしこの一年で彼女たちはすごく美人、美少女になった。その原因は何となくわかるもの、考えないようにしている。何故なら――


「――克治君〜?」


「っ。今降りますから!」


 姉の紗香から声をかけられたことにより我にかえり、自分が思っていた以上に考えごとに没頭していたことに反省し、意識を切り替えた彼はバック片手に階段を駆け降りる。


 ・

 ・

 ・

 

 朝食を済ませた三人は佐竹家から自分たちが通う高校――四ノ宮学園に向かう途中。


「――どうどう? 私が作ったハニートースト美味しかった〜???」


 学校への道すがら克治の左隣に歩く純香が少し棘のある言い回しで話しかける。おそらくけさ起こしに行ったのに全然起きてこなかった克治への可愛らしい反撃、嫌がらせなのだろう。


「あぁ、しかし…」


 当の克治は仏頂面を変えることなく顎に手をやり神妙な面持ちで彼女の一点を見つめる。


「な、なに…?」


 を凝視された彼女は持っていたバックで横腹を隠すようにして後ずさる。


「純香、おまえ…少し太ったか?」


「デリカシーの欠如!!」


 頰を赤らめた彼女は間髪入れずに持っていたバックで克治の横腹を殴る。しかし彼の胴体は銅像のように微動だにしない。


「いや、悪い。ただ許してくれ。これも俺の優しさなんだ。確かに純香の作る料理はうまい。ただなぁ、糖質…カロリーを考えているか?」


「そ、それは…」


 その言葉に覚えがあるからか、肩をビクリと震わせる彼女は図星をつかれ目を泳がす。

 いつもと変わり不自然に振る舞う彼女の一挙一動を見ていた克治はそれを見逃さない。


「俺は普段運動しているから脂肪とならず筋肉になるからいい。だがおまえはどうだ? 運動をしている素振りをみせない。それでは全て無駄な脂肪となりその怠惰な体もブクブクと太りかねない。あぁ、これも優しさで言っている」


「ふ、太…っ!!」


 立ち止まった彼女は自分の腰回りや二の腕を触って…青い顔のまま固まる。

 その姿を見た克治は申し訳ない表情を作りつつその内心は全く別のことを考えていた。


(ふっ。おまえが軽口で俺に勝てると思っていたのか。それにこれは良い機会。カロリーが高い料理は作れなくなる→それがトラウマとなり料理ができなくなる→もう佐竹家に来なくなる――強引かつ短絡的な思考だが、これで…)


「――うーん、大丈夫じゃない? 純香ちゃんは痩せてるわ。今までが痩せすぎなのよ」


 第三者の言葉で流れが変わる。それは二人の会話を楽しそうに近くで聴いていた…純香の姉――能登紗香のとさやかの参戦。

 可愛いよりの見た目の純香を大人っぽく、綺麗寄りにし、妹と同じ茶髪をストレートに伸ばした色白クール美人。純香の上位互換のようなプロポーションの持ち主でもある。


 妹の純香とは異なり学校ではその容姿、振る舞いから「女神」と呼ばれているとか。


「ほ、ほんと…?」


「うん。それに…もし太っても私がダイエットに手伝ってあげるわ」


「ありがとう、お姉ちゃん!!」


 第三者の言葉を聞き、最強の味方をつけた彼女は味方…姉の紗香に抱きつく。そこだけ抜き取れば仲のいい姉妹の図なので微笑ましい。ただ、克治の心では不満が溢れていた。


(…チッ。伏兵がいたか)


「――時に、克治君」


「え?」


 つまらないと思いスマホを弄っていると突然声をかけられたため顔を上げる。そこには紗香の整った顔があった。目が笑っていない。


「えっと、なんすか?」


 急いでスマホをしまい、何故かお怒りの紗香に対して少し警戒しつつ低姿勢で構える。


「女の子…女性に対しての克治君の態度もそうだけど…今日、朝、純香ちゃんを自分の腰に乗せて…その、破廉恥なことを、したの…?」


(し、してねえよっ!!)


 そう声高高と叫びたかったが過剰に反応してしまえば相手の思う壺。よく見てみると姉の背に隠れている彼女純香の顔は笑っている。


(…あることないこと告げ口しやがったな…)


「あー、まあ。なんか起きたら純香が俺の腰に馬乗りになっていて重かったんすよ。それくらいですね。はい、やましい気持ちはないっす」


「重っ…!?」


 ニマニマと笑いながら話を聞いていた純香は思わぬところから追撃を喰らい叫ぶ。


「…うーん。純香ちゃん。それは本当?」


「ふぇ? え、えっと、あのね…そう!」


 目を回す彼女は叫ぶ。そんな彼女を見て自滅したなと内心ほくそ笑む克治は見届ける。


「――か、かつ君の、ね。硬いあ、アレが私の…当たって…うぅ」


 自分で言葉にしていて恥ずかしくなったのか真っ赤にして俯く。これで彼女の嘘はバレたと思われたがそれは悪手だ。克治に対して。


「…フーン、克治クン?」


(あ、コレ、まずいかも…)


 目のハイライトを消して地獄の底から這い出すような声音の紗香を見てたじろぐ。


「い、いやいや。そんな。純香のバカの嘘ですよ〜俺がそんな、ねぇ?」


「……」


(わ、わぁ。目のハイライトどこ…?)


 冷や汗を通り越して脂汗をかく克治は万事休すと目を瞑り――


「――三人は、いつも楽しそうだな」


 ――聞き覚えのある声が紗香の背後から聞こえる。そちらを見ると見知った顔が二人。


「ふ、楓眞ふうま君っ!?」


 誰よりも早く反応したのはさっきまで夜叉のような存在感を醸し出していた紗香。

 普段よりもちょっと高めの声を出す彼女は今では恋する乙女のような表情を作り、克治を置いて楓眞と呼んだ少年に近寄る。


「や、純香ちゃん。おはよう」


 そして、その近くから爽やかな微笑みを携えた少年が純香に声をかける。


「! 元彌もとや君っ!!」


 その少年の声を聞いて、顔を見た純香は自分の発言について恥ずかしがっていたことが幻だったのか花が咲いたように明るくなる。


「……」


 一人、無表情の克治を残して。


「あ、あぁー。ちょっと忘れ物をしたみたいだ。先行っててくれ」


 誰に言うでもなく、誰に許可を得ることもなく、棒読みで、ただ無心で自宅に向かう。

 心に根強くグルグルと渦巻くドス黒く、暗い感情を表に出すことを恐れて。



 ◇◆◇◆◇



「……」


 ただ歩く。


 ただ歩く。


 前に、前に、前に、前に――


「何やってんだ、俺」


 自宅付近の電柱前で足を止め、腰を下ろす。朝の通勤時間を過ぎたおかげか人が少なく視線はさほど気にならない。それが唯一の救い。


「幼馴染として変わらない生活。それは彼女たちが望んだから…馬鹿だ。んなの建前だろ」


 暗い顔のまま俯く。


(…いつでも拒めた。なのに…こんな俺ともう一度幼馴染になってくれた優しい彼女たちを裏切りたくなかった。変わらない毎日がこれからも続くようにと…俺の願望から強く拒めなかった。俺はそうだ。いつも。誰かのせいにして進まない。あいつらは変わった)


 今朝、過去の出来事を思い出したせいか幼馴染とそんな幼馴染たちと話す高スペックの男性陣を見て、今の一人惨めな自分と重ねた。


「…を作ったあいつらは、成長した。一段と美人になった。そんなあいつらを縛っているのは俺自身。俺の、エゴだ。家事ができないから。幼馴染だから…ハァ。もういいだろ。諦めろよ。おまえは負け組だよ――佐竹克治」


 自分の胸を拳で強く、押す。


 そして、自分にはもう一生向くことのない二人の笑顔を再度脳裏に思い返す。


「…甘えるのは、ココまでだ。自立して彼女たちを安心させてやろう」


 彼女たちの願い通り仲のいい「幼馴染」を遂行した。ただ、それは今日限り。

 彼女たちを解放して、前に進む。いや、前に進なくてはいけない時が来たのだ。


 吹っ切れた彼は重い腰をあげる。



 ※作者です。

 もともと、長編で投稿する予定でしたが、色々な都合の上短編でまずは投稿します。

 


 

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幼馴染という呪いが俺の青春の邪魔をする 加糖のぶ @1219Dwe9

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