第40話 一発逆転
(どうする!?どうすればいいんだ!?ここでカトレアを倒しても今度は火竜に殺される!!けど、逃げようにもこの高さからじゃ……)
レアは火竜の背中から落ちないように耐えるのが精いっぱいであり、とてもではないが冷静に考えることもできなかった。そんな彼にカトレアは余裕の笑みを浮かべる。
「貴方の顔、気に入ったわ。殺すのは最後にしてあげる……まずはあの女達から始末しなさい!!」
「シャアアッ!!」
「や、止めろ!!」
火竜に命令を下したカトレアにレアは止めようとするが、火竜は地上に向けて顔を向けると、口元から火の粉を迸らせる。それを見たリリスとバルは嫌な予感を抱き、二人は消防車の方へ向かう。
「リリス!!あれに隠れるよ!!」
「いわれなくても!!」
「無様な姿ね……吹き飛ばしなさい!!」
「アガァッ……!!」
消防車の後ろに隠れた二人を見てカトレアは火竜に命じると、火竜の口元から炎の塊が放出された。まるで大砲の砲弾の如く発射された炎塊は消防車に衝突した瞬間、何トンもある消防車が派手に吹き飛ぶ。その光景を見てレアは絶句した。
粉々に吹き飛んだ消防車を見てレアはリリスとバルが死んでしまったと思い、目を背けることしかできない。そんな彼にカトレアは笑みを浮かべながらレアを見下ろす。
「お仲間さんが死んじゃったわね、でも安心しなさい。貴方は最後に殺してあげるわ」
「こ、この……化物!!」
「そうよ、私は冷酷非道の化物よ。貴方達のような人間なんて私達にとっては虫けらと変わらないわ」
淡々とカトレアは人間であるレアを見下し、彼女は鋭い爪を伸ばしてレアの顎先に触れる。
「どうしても生き延びたいのなら私に忠誠を誓いなさい。私が飽きるまでは可愛がってあげるわ、生涯の服従を誓うのなら奴隷として生かしてあげる」
「服従……!?」
「そうよ。人間は所詮は魔人族には敵わない……ただの下等種族なんだから」
カトレアの言葉にレアは歯を食いしばり、彼女がその気になれば魅了の術でレアを簡単に従えることもできる。それをしないのは彼女がレアを術の力ではなく、心を折ることで自らの意思で自分に服従を誓わせようとしているに過ぎない。
この状況下ではカトレアの言うことを聞く以外に選択肢はないように思われるが、レアは彼女の言葉に引っかかりを覚えた。そしてこの状況を打破する新しい選択肢を見出す。
(そうだ……この方法ならもしかしたら)
火竜がカトレアの命令に従っているのは彼女の「魅了」の能力が通じているからであり、もしも術が解除されたら火竜はカトレアを従うことは有り得ない。レアは一か八か、カトレアの詳細画面を開く。
(ただ死なせるだけじゃ駄目だ!!この状況を打破するにはこれしかない!!)
解析を発動して詳細画面を開き、人差し指を伸ばした先は「状態」の項目ではなく、その一つ上の性別の項目に文字を書き込む。
「これで……どうだ!!」
「はっ?何を言って……きゃあっ!?」
「シャアッ!?」
カトレアの身体が唐突に光り輝き、体型が徐々に変化していく。胸と尻のふくらみが縮まり、全体的に筋肉質な肉体へと変化していく。そして光が収まるとそこには筋骨隆々の男が立っていた。
「な、何よこれは……えっ!?な、何なのよこの姿は!?」
「うわぁっ……」
声まで野太くなったカトレアは自分の身体を見まわして愕然とした。先ほどまでは男ならば誰もが魅了されるほどの豊満な肉体だが、今の彼はボディビルダーのようにたくましい体つきの男性へと変貌していた。
レアは「性別」の項目を「雌」から「雄」と書き換えたことにより、カトレアは男の肉体へと変貌した。どうしてレアはそんな真似をしたのかというと、魅了の能力の説明文を見てあることに気が付いたからだった。
『魅了――身体に触れた異性を虜にできる』
説明文を読む限りでは魅了の術は異性にしか通じず、実際にカトレアは街の女性に対しては魅了の術を行使していない。だからこそカトレアの性別を変化すれば火竜も魅了の術から解放されるのではないかと考え、その予想は見事に的中する。
「シャアアアッ!!」
「うわぁっ!?」
「きゃああっ!?な、何をしているの火竜!?落ち着きなさい!!」
カトレアが男になった途端に火竜は激しく震えて背中に乗っているレア達を振り落とそうとする。この時にレアはカトレアにしがみつき、彼女に言い放つ。
「し、死にたくなかったら俺を連れて飛べ!!」
「な、何を言ってるのよあんた!?」
「このままだと二人とも殺されるぞ!?こいつはもうお前の操り人形じゃないんだ!!」
「ひいいっ!?」
レアはカトレアの腰の部分に抱きつくと、彼は必死に羽を広げて火竜から離れる。火竜は自分から逃げようとする二人を見て怒りのままに後を追う。
「シャアアアッ!!」
「ぎゃああっ!?」
「くっ……今だ!!」
カトレアにしがみついていたレアは建物の屋根の上に一か八か飛び降りた。カトレアはそんなレアを置いて上空へ向かい、火竜はその後を追う。どうやらレアよりも今まで自分を散々にこき使っていたカトレアに怒りを抱いているらしく、大きな口元を開いてカトレアを飲み込む。
――うぎゃあああああっ!?
断末魔の悲鳴が街中に響き渡り、その光景をレアは屋根の上から見て食われる寸前に目を反らす。火竜はカトレアを一口で飲み込むと、鼻息を鳴らして地上へ振り返った。
「はあっ……今度はこっちか」
「シャアアッ!!」
狙いを切り替えて火竜は口元を開き、先ほどの炎塊を今度はレアに目掛けて放とうとする。だが、それを予測してレアは事前に用意しておいた物を取り出す。それは怪我をした時のために用意しておいた「回復薬」だった。
作戦を決行する前にレアは万が一に火竜が襲来した場合、火竜を追い払う手段を考えていた。そして火竜が街を襲った時、教会だけが無事だったことから教会に設置されている陽光神の女神像のお陰だと判断し、解析と文字変換を利用して取り出した「回復薬」を「女神像」へと変化させた。
「女神様!!本当にいるなら助けてください!!」
「シャアッ!?」
屋根の上に女神像が誕生すると、その手には特大の反響石が掲げられていた。教会の女神像よりも巨大で神秘的な女神像を見て火竜の動きは止まり、やがて恐れおののいたように火竜は消え去る。
――シャアアアアアッ!!
女神を恐れるかの如く消え去った火竜を見送り、レアは尻餅を着いた。自分が生き延びられたことが信じられず、本当に駄目かと思ったがどうにか助かった。
「はあっ……女神様、ありがとうございます」
レアはこの世界に訪れてから何度も窮地を救ってくれた女神像に感謝すると、心なしか女神像の口元が笑みを浮かべる形に変わったように見えた――
――火竜を追い払うことに成功すると、レアは急いで消防車が破壊された場所に戻る。そこにはボロボロのリリスとバルの姿があり、二人が生きていたことにレアは驚く。
「リリス!!バルさん!!二人とも無事だったんですね!?」
「こ、これのどこが無事だい……」
「死にかけなんですけど……」
消防車と共に吹き飛ばされたと思われた二人だったが、どうやら直撃は免れていたらしく、二人とも辛うじて生きていた。すぐにレアは二人を抱き起すと、予備の回復薬を取り出して治療を行う。
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