第19話 馬車

「街がある方向は分かると言ってたよね?」

「え?まあ……分かりますけど」



レアの質問にリリスは懐からコンパスと地図を取り出し、教会内に存在した机の上に広げる。彼女が取り出した地図はこの街を含めた周辺地域の地形が描かれていた。



「ここが今の私達がいる廃墟街です」

「廃墟街?」

「誰も寄り付かなくなって全ての建物が廃墟と化した街なのでそう呼ばれてるんです。本当の名前もありますけど、今は誰も呼びません」

「そうなのか……なんか悲しいな」

「まあ、それはともかくこの東側に私が住んでいたセカンという名前の街が存在しますけど、移動するには草原を通らないといけません」

「なるほど……あれ?この西側は森しかないの?」

「西側の森にはエルフが住んでいます。だから森の中に迂闊に踏み入れては駄目ですよ。エルフは人間を嫌っていますからね」

「エルフ!!本当にいるんだ!?」

「え?それはいますよ……急にどうしたんですか?」



ファンタジーでは定番のエルフがこの世界には実在すると知ってレアは若干興奮し、できることならば一目見てみたいと思ったが、残念ながらリリスの話によればエルフと人間は対立関係なので顔を合わせたら命を狙われる可能性もあるという。それもあって西側の森に向かうという選択肢は消えた。



「やっぱり、セカンの街に向かうしかないのか。でも乗り物がないと一週間近くも徒歩で歩かないといけないのはきついな」

「移動の際中に魔物に襲われる可能性も高いです。馬車に乗っていてもここに向かう途中で何度か魔物の襲撃がありましたから……そもそもどうやって移動するつもりですか?まさか本当に歩いて向かうつもりなら私は残らせてもらいます」

「でも、俺がいなくなったらリリスはこの街に取り残されるけど大丈夫?食料だって俺がいないと手に入らないよ?」

「うっ……そこは何とか頑張ります。最悪の場合、ゴブリンを食べます」

「やっぱりゴブリンは食用なの!?」



リリスの言葉にレアは衝撃を受けるが、彼女は乗り物がなければレアがいなくなるとしても街に残るつもりだった。それほどまでに草原を徒歩で移動するのは危険な行為らしく、外に出向くぐらいならばゴブリンの巣窟である街に残る方がまだ安全だった。


しかし、教会に立て籠もったとしても反響石に耐性が存在する魔物には通用せず、いずれは教会内に魔物が侵入してくる可能性も残っている。これまでにレアが生き残れたのは運が良かっただけに過ぎず、実際にレアよりも前に教会で暮らしていた先住者は姿を消してしまった。



「仮に草原に行くとしたら食料や水はどうするんですか?一週間分の荷物を抱えて歩くのはきついでしょう」

「それも大丈夫だって、俺の能力を使えばどんな場所でも食料と水には困らないよ」

「そういえばそうでしたね……でも、乗り物無しでの移動なんて無謀過ぎますよ。もしも一人で眠っている時に襲われたらどうするんですか?」

「う〜ん、そこが問題なんだよな……やっぱり、乗り物を調達するしかないか」



当初は一人で移動する予定だったので一人乗り様の乗物を用意するつもりだったが、リリスが加わった以上は二人乗りの乗物でなければならない。



「自動車もバイクを生み出しても運転できるかどうか……自転車だと遅すぎるし、足の速い魔物には追いつかれそうだな」

「あの、何の話をしてるでんすか?」



ぶつぶつと地球の乗物を口走るレアにリリスが不安そうに声を掛けると、彼女を見てレアはある疑問を抱く。



「そういえばリリスは馬車で来たと言ってたよね。じゃあ、馬車を操る御者も居たの?」

「いえ?馬車は交代で運転してましたよ」

「え?という事はリリスは馬車を運転できるの!?」

「そんなに驚く事の程でも……別に馬車を操作する事ぐらいは大抵の冒険者は出来ますよ」

「そ、そうなのか……」



リリスの発言を聞いたレアは彼女の提案を聞き、色々と考えた末にある乗物を思い付く。まずは夜が明ける前にこの廃墟街を抜け出す必要があり、成功するかは分からないが脱出を決意した。



「リリス達が乗ってきた馬車はどうなったの?馬は死んじゃったの?」

「いえ、馬は無事ですよ。壊されたのは車の方だけで馬達は街の外に残してきました」

「えっ!?馬が無事ならそれに乗って移動できないの!?」

「それは無理ですね。私は馬車を運転できますけど、馬に乗ったことはないので……」

「そうなの!?」



馬は無事だという話を聞いてレアは驚くが、リリスは馬に乗れないので街に向かうことはできないという。実を言えば同行者の中には馬を乗りこなせる冒険者もおり、調査を終えればその冒険者が一足先に街に帰還して救助隊を連れ帰る予定だったと明かす。



「馬に乗れる冒険者が生きていたらこんなに苦労することもなかったんですけどね」

「その馬達は大丈夫なの?魔物に襲われたりとか……」

「大丈夫です。魔物に襲われないように細工も仕掛けて起きましたから」

「よし!!それならその馬達のところまで案内して!!」

「ええっ!?」



レアの提案にリリスは驚くが、馬が無事ならばレアの用意した乗り物を利用して街から脱出できるはずだった――






――リリスの案内の元でレアは遂に廃墟街を抜け出し、草原へと躍り出る。事前に聞いていたが街の外は広大な草原が広がっており、その光景を見て改めてレアは自分が異世界に来たのだと実感した。



「おおっ……凄い光景だな。サバンナに訪れたみたいだ」

「さば?魚がどうかしましたか?」

「鯖じゃねえよ!!というか、鯖はこの世界にもいるの!?」

「なんですかこの世界って……」



雑談を繰り広げながらレアは拳銃の弾丸を取り出す。出発前に役立ちそうな道具は全てまとめ、毛布に包んで持ってきていた。



『弾丸――ハンドガンの銃弾 状態:普通』

「よし、これをこうして……」

「……?」



視界に表示された詳細画面にレアは指を構えるが、リリスの視界には彼が虚空に向けて指を伸ばしているようにしか見えない。だが、数秒後に文字を書き終えた瞬間に弾丸が光り輝く。



「これでいいかな」

『馬車――木造製の大型馬車 状態:使用可能』



説明文の改竄を終えたレアは弾丸が完全に変異する前に地面に放り投げると、レアとリリスの目の前で形が変わっていく。



「うわ、何が起きてるんですか?」

「いいから下がって!!」



これまで生み出したどの道具よりも大きいためか、小さな弾丸から変化するのに多少の時間が掛かった。しばらく経つと二人の目の前で木造製の立派な馬車が誕生した。正確には馬車の車部分だけが誕生し、それを見ていたリリスは目を見開く。



「な、なんですかこの馬車!?まさかこれもレアさんが作ったんですか!?」

「そうだよ。この馬車に馬達を繋げば走れるかな?」

「な、なるほど……確かに試してみる価値はありますね」

「「ヒヒンッ!!」」

「うわっ!?びっくりした!!」



リリスの大声に反応したように彼女n傍に居た二頭の馬が鳴き声を上げ、この二頭の馬車がリリスたちを乗せた馬車を引っ張っていた。魔物の襲撃の際に馬車は壊されてしまったが、レアが用意した馬車を見て興奮したように鳴き声を上げる。


新しい馬車に馬を繋げると脱出の準備は整い、これで何時でも出発する準備は整った。レアは馬達に視線を向け、気に入ったのかを尋ねる。



「どう?この馬車を引っ張ってくれるか?」

「「ヒィンッ!!」」



レアの言葉を肯定するように馬達は頷き、その様子を見てレアは安堵した。その一方でリリスは興味深そうに馬車を調べ上げる。

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