第17話 冒険者リリス

「あ、ここです。この場所は何故か魔物が近寄らないんです」

「ここは……なるほど、陽光教会の建物ですか」



会話の途中で教会に辿り着いたことに気付いたレアはリリスに説明すると、彼女は教会に魔物が近づかない理由に心当たりがあるのか教会の出入口に存在する「天使」の石像を指さす。



「この石像の両目を見てください。灰色の宝石が取り付けられていますよね」

「あ、本当だ」

「これは反響石という魔物だけが聞える音を鳴らす魔石なんです。魔物が近付くと振動して音を鳴らすんですが、この音は人間の耳には歌声のように聞こえるんですけど、魔物の場合は不快音として捉えるらしいんです」

「不快音?」

「そうですね……例えば金属の板とかを爪で引っ掻くような音を想像してください。普通の人は嫌な音に感じますよね?要はあれと同じで魔物にも我慢できない音というのが存在するんです」

「へえ、だからこの教会だけは安全だったんですね」

「だけど魔物の中には反響石が通じない種も居ますから、絶対に安全とは言い切れませんから気を付けた方が良いですよ」



リリスの説明にレアは感心したように銅像に視線を向け、教会の象徴らしき人物(天使)の銅像だったので気になっていたが、魔物を追い払う効果があったのだと知る。



「それならこの反響石を持っていれば魔物に襲われる事はないんじゃないですか?」

「まあ、確かにその通りなんですけど……反響石は取り扱いが難しい代物なんですよ。非常に砕けやすいから迂闊に持ち運びするのも危険な代物です。それに反響石が効果があるのは力の弱い魔物程度ですし、魔石の類は非常に高価なので滅多に持ち運ぶ人間は居ませんね」

「そうなんですか……」

「あ、それとさっきから気になってたんですけど敬語に慣れていないなら辞めていいですよ?私の場合はこの口調が素なので辞められませんけど……年齢は私が上かも知れませんけど命の恩人なんですから気にしないでください」

「……分かった。それなら肩を揉んでもらおうかな。その後は膝枕に子守歌も頼む」

「いや、それは態度変わり過ぎじゃないですかね!?」



レアはリリスの提案を受け入れ、今後は彼女と接するときは敬語を辞めて話すことにする。冗談のつもりで言ったのだが本当に肩を揉んでくれるリリスにレアは色々と質問を行う。



「リリスさんは……」

「名前も呼び捨てでいいですよ」

「なら、リリスはこの街の事を知ってる?そもそもここは街なの?」

「ああ、そういえば記憶喪失といってましたね……ここは100年ぐらい前は街だったんです。だけど戦争でこの街の住民は別の街に避難したんです」

「戦争……」

「数年ぐらいは戦争が続いたそうですけど、やっと戦争が終わった時に街の住民が戻ろうとした時にはここは魔物の街になっていました。だから住民は仕方なく街を放棄したんです」



リリスの説明によればこの場所は「バルカン帝国」が管理する辺境の土地らしく、この近くには別の種族が管理する国家と隣接している。この街が滅びたのは100年前に起きた帝国と他国の間で起きた戦争により、街の住民が避難した際に魔物が住み着いてしまった。


今現在でも魔物がこの街を追い払われる事はなく、当時住んでいた街の住民も無くなっており、現在は危険地帯として隔離されていた。そんな場所にどうしてリリスが訪れたのかレアが理由を問い質すと、彼女は近くの街に住んでいる「冒険者」という職業の人間だと説明した。



「私はこの街の調査に赴いた冒険者なんです。あ、冒険者というのは知っていますか?」

「いや……知らない」

「分かりやすく言えば魔物の対応に優れた何でも屋という想像でいいです。基本的に冒険者は魔物の関連の仕事を引き受けて生活しています。例えば村や町を襲う魔物の討伐や生態系の調査、時には絶滅危惧種の魔物を保護する事もあります。それ以外にも商団の護衛や街の住民から依頼された仕事を手伝ったりしていますね」

「なるほど」



彼女の説明を聞いたレアは冒険者の職業に関して理解するが、どうして自分が訪れた時に彼女以外の人間が既に殺されていたのかを問い質す。街の調査を任されるぐらいの人間ならば魔物に対抗する手段を持っているのは間違いないはずだが、既にリリス以外の人間は死亡していた。



「他の人達はどうしてあんな事に……辛いなら無理に話さなくてもいいけど」

「いえ、別にそういう間柄ではありませんよ?今回は調査という目的で一緒に行動していただけですから……」

「そうなの?」



リリスは自分がこちらに至るまでの経緯を話しだし、レアは自分が転移したこの街がどれほど危険な場所なのかを思い知らされる。




――彼女は元々は男性冒険者3人と女性冒険者1人と共に街に調査に出向いた。リリスの役目は他の冒険者の回復役を任せられ、特に他の冒険者とは親しい間柄という訳ではなかった。この五人が街に調査に赴いたのは彼等が所属している「冒険者ギルド」という組織からの指示であり、調査内容は現在の街の状況を調べるだけの簡単な任務のはずだった。


この街には何故かゴブリンしか住み着かず、今までの調査ではゴブリン以外の魔物の存在は発見されていなかった。ゴブリンは魔物の中では比較的に知能が高く、人間のように武器や防具を使用する事もできるが力は弱いので油断しなければ新人の冒険者でも十分に対応できる相手である。更に今回の調査に招集された冒険者はリリスを除けば確かな魔物の討伐の実績を持つ熟練の冒険者揃いであり、本来ならば大した危険もない仕事になるはずだった。




だが、街に訪れる際に利用した馬車がゴブリンに強襲を受け、その時はゴブリンの撃退には成功したが移動手段を失ってしまう。それでもリリス達は街に引き返さずに街の調査を行う。事前にゴブリンしか生息していないという情報があったせいで特に警戒もせずに一行は調査を始めてしまったのが仇となる。




最初の被害者は敵の注意を引きつける前衛の役割を担う「盾騎士」の職業を持つ冒険者であり、唐突に現れたゴブリン達の餌食となった。普段の彼は重装備を身に付けて行動しているのだが、今回は調査のために動きやすさを重視して軽装備に変更しており、防具に関しては盾と革製の鎧しか身に付けていなかった。そして街道を移動中に唐突に現れたに奇襲され、顔面を焼かれて胴体を蹴り飛ばされて絶命してしまう。


ゴブリンの中でもホブゴブリンとゴブリンメイジは別格であり、一流の冒険者でも油断すれば命はない強敵の登場にリリス達は完全に混乱してしまい、相手の注意を引きつけるはずの盾騎士の男性冒険者が破られた事で今度は彼等が狙われてしまう。反撃の体勢を整える暇もなく、今度は剣士の男性がホブゴブリンに捕まり、リリス以外の唯一の女性の魔術師もゴブリンメイジに杖を奪われて頭部を叩きつけられて倒れてしまった。


生き残ったリリスとレアが遭遇した男性冒険者は必死に逃げ出したが、その際に男性の方はゴブリンメイジの魔法を受けて負傷してしまい、レアの目の前で普通のゴブリンの群れに襲われて死亡した。最後に生き残ったリリスは必死にホブゴブリンから逃げているところをレアに救われた事になり、他の4人の同行者は残念ながら手遅れだった。



「いや、本当に助かりましたよ。私一人だと戦う事すらままならないのであのままだとゴブリンなんかに貞操を奪われる所でした。ありがとうございます」

「いや、気にしないでいいよ。でも他の4人は……」

「レアさんが気にする必要はありませんよ。これが冒険者という職業です。彼等も魔物を殺した時から殺される覚悟はできていたと思います。助けられなかった、なんて気負わない方が良いですよ?」

「そうか……」



レアの心情を読み取ったようにリリスは慰めるように言葉を掛け、彼女の言葉通りに「仮に」や「もしも」ということを考えても仕方がない。結果的にはレアは一人の命を救い出す事には成功しており、救えなかった人間の事を考えても仕方がなかった。



「それよりもレアさんの事を教えてくださいよ……あ、そういえば記憶喪失と言ってましたね。でも、記憶を失った時からここに居たんですか?」

「えっと……そういう事になるかな。気付いたらこの街に居た」

「ふむ……見た事もない服を着ていますね。この地方では見かけない服装ですが、この衣服も最初から来てたんですか?」

「あ、これは……」



リリスに対して記憶喪失と誤魔化していたレアは今更自分の事情を話す事が出来ず、彼の話を信じたリリスは彼の格好から手掛かりを探そうとするが、こちらの世界には存在しない衣服に彼女は興味を抱く。



「ちょっと失礼します。ふむふむ……変わった布を使っていますね。腰に巻き付けているのは革のベルトですか?」

「うわ、何処触ってるんだよ……いやんっ」

「変な声を出さないでくださいよ。妙な気分になるじゃないですか……おや、これは一体?」



学生服を調べていたリリスはレアのポケットに何かが入っている事に気付き、レアはポケットに手を伸ばして中身を取り出すと「スマートフォン」が入っている事に気付いた。

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