第9話 食料・水の確保

「身体の怪我と疲れは取れたけど、腹は膨れないんだな。まあ、我慢できない程じゃないけど……」



ステータス画面を改竄した事で肉体の不調は治ったが、空腹や喉の渇きは元のままだった。あくまでも肉体の状態が健康になるだけで空腹感がなくなるわけではないと判明し、それでも体力は戻ったのでレアは立ち去ろうとした時、あることを思いつく。



「待てよ……そういえば解析は生物以外にも使えるんだよな」



解析の能力は生物の場合はステータス画面を表示し、それ以外の物体の場合は「詳細」が表示されていると説明文に書かれていた。レアは廃墟の中に取り残された椅子の破片を発見し、試しに解析の能力を発動させると視界にステータス画面とは異なる新しい画面が表示された。



『破片――木造製の椅子の破片 状態:劣化』

「へえ、本当に生き物以外にも使えるんだ。でもステータス画面と比べると随分と簡素な説明文だな……」



視界に表示された「詳細画面」を確認したレアはダマランやゴブリンの時とは違い、対象が無機物の場合はステータス画面と比べて簡素な内容しか表示されないことを知る。


詳細画面は「職業」「性別」「レベル」「SP」の項目が存在せず、物体の名前と説明文の他に「状態」の項目しか存在しない。画面を確認したレアは試しに指を構え、文字変換の能力で実験を行う。



「これって別の名前に書き替えたらどうなるんだ?」



空腹に悩まされていたレアは駄目元で「破片」という文字を「パン」と変化させる。文字数を合わせなければ能力は発動しないため、彼は文字の変換を確定させようとすると警告文が表示された。



『文章として成立されていません』

「……やっぱり駄目か。なら説明文の方も変化したらどうかな?」



名前を変更させるだけでは椅子には特に変化は起きず、今度は説明文も書き換える。文字数を合わせた内容に変化させ、念のために状態の項目も変更させておく。



『パン――美味しいメロンパン 状態:普通』

「これならどうだ?」



書き込んだ内容が些か文章として成立しているのかは不安はあったが、とりあえずは文字変換の能力を発動させる。すると詳細画面が更新され、破片が光り輝いて形を変えていく。そしてレアの目の前に焼き立ての美味しそうなメロンパンが出来上がった。



「せ、成功した!?本当にパンになるなんて……た、食べれるよな?」



元々は汚れた椅子の破片なので食べることに躊躇するが、空腹には敵わずにレアはパンに嚙り付く。外側の柔らかさと何とも言えない甘みにレアは笑顔を浮かべる。



「美味いっ!!」



久しぶりの食事にレアは感動しながらも夢中に嚙り付き、瞬く間に食べきってしまった。一先ずは空腹感は収まったが、今度は喉の渇きを覚える。



「うっ……喉もからからだ。今度はこいつを利用するか」

『机――木造製の机 状態:劣化』



視界の端に見えた机を解析し、表示された画面に指をなぞり、適当な文章を書き込む。



「これなら問題ないかな?」

『水――美味しい水 状態:普通』



レアが文字変換の能力を発動させた瞬間、彼の目の前で机が発光して水へと変化した。だが、入れ物を用意していなかったために床に染み付き、それを見てレアは頭を抑えた。



「しまった……入れ物がないと水を作っても飲めないよな」



椅子の破片をクリームパンに変化させた時はレアが手に持っていたので問題はなかったが、今回の場合は事前に容器の類を用意していなかったせいで机が水に変化した瞬間に床に零れ落ちてしまう。



「ペットボトルと書いて置けば良かったかな?いや、それだけだと空のペットボトルが出てくるかもしれないし……今度からは容器の方を先に用意しておく必要があるかもな」



机を無駄にした事でレアは溜息を吐きながら代わりになる物体を探すが、外からゴブリンらしき鳴き声が聞こえてきて慌てて身を隠す。



「ギギィッ」

「ギィッ」



箪笥の影にレアが隠れると、どこからともなくゴブリンが入ってきた。恐らくはレアを追いかけていたゴブリンが追いついたらしく、臭いを辿ってきたのか建物の中を徘徊する。レアはそれを見て息を潜める。


建物の中に入ったゴブリン達は床に広がっている水溜まりに気付き、不思議そうに水溜まりに近付く。ゴブリン達は水溜まりに鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、舌をゆっくりと水溜まりに伸ばしてすすり上げる。



「ギギィッ」

「ギィイイッ」



美味しそうに水溜まりを吸い上げるゴブリンを傍目にレアは冷や汗を流しながら建物の外に抜け出す。ゴブリンを警戒しながらレアは街道を移動し、今度は教会らしき建物を発見した。



「これがこの世界の教会なのか……?」



他に隠れる場所がないのでレアは教会に入ると、天井にステンドグラスがはめ込まれている事に気付く。ステンドグラスにはこちらの世界で信仰されていると思われる天使のように翼を生やした女性の姿が描かれており、建物内は他の場所と比べて比較的に綺麗だった。



「ここだけ他と雰囲気が違うな……もしかして人が住んでるのかな?」



教会の中は最近まで人が住んでいた痕跡が残っていることに気付き、誰かが料理に使ったと思われる鍋が置かれており、それを拾ったレアは希望を抱く。


教会の中は魔物が侵入してきた痕跡は見つからず、理由は不明だがこの場所には魔物が侵入して来ない仕掛けが施されている可能性もあった。ようやく安全な場所に辿り着いたと自覚した途端にレアは喉の渇きを覚える。



「うっ……やばい、喉が限界だ。この鍋を使わせてもらうか」



鍋を手に入れたレアは早速床に置くと、適当な道具がないのか探す。そして先住者が残したと思われる何らかの動物の骨を発見し、試しに解析の能力を発動させた。



『骨――ゴブリン種の骨 状態:劣化』

「ゴブリンの骨って……まさか、ゴブリンを食べてたのか!?あいつら食用なの!?」



床に落ちていた骨がゴブリンの物だと知ってレアは衝撃の表情を浮かべ、先住者がゴブリンを喰っていたことが発覚する。あんな化物を食すなど正気ではないと思ったが、ここは異世界だと思い出す。異世界の人間からすればゴブリンは食用の存在として認識されている可能性もあり、あまり深くは考えないことにした。


とりあえずは骨を手に入れたレアは鍋の上に構え、最初から鍋の中に入れるのではなく手に持った状態で文字変換を発動させる。詳細画面に表示された説明文を適当な文章に書き換える。



『水――新鮮で綺麗な水 状態:普通』

「これでどうだ?」



骨を鍋に翳した状態で文字変換の能力を発動させると、机の時と同様に光り輝いて水の塊へと変化する。今回は床に落とさずに鍋の中に入れることに成功し、遂に喉の渇きを潤す。



「ふうっ……美味いけど、これって元々はゴブリンの骨なんだよな。なんだかそう思うと気分が悪くなってきた……」



贅沢が言える状況ではないと分かっているが、元々はゴブリンの骨だった物を飲み込んでしまったことにレアは気持ち悪く思う。できれば今度からは骨以外の物を水に変換して飲むことに決めた。

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