第4話 誘拐

レアは訓練場に引き返すと大地達が訓練に励んでおり、それぞれの訓練の様子を窺う。現在は大地と龍太が木刀を握りしめながら向かい合い、美香と桃は先端に宝石のような美しい水晶が取り付けられた杖を握りしめていた。



「では、ここからは実戦に入ろう!!ダイチ殿とリュウタ殿は組手、ミカ殿とモモ殿も接近戦の対処法を教えよう!!」

「え~……戦うの?」

「荒っぽい事は苦手なのに……」

「そんな事を言っていたら魔物や悪党と戦えませんぞっ!!某がまずは見本を見せるから真似して欲しい」

「マジかよ……魔物なんて本当にいるのか」

「本当にゲームの世界に入り込んだみたいだな……」



会話の内容から本格的な実戦の指導が行われるらしく、レアも声をかけて参加させてもらおうとした時、背後に人の気配を感じとる。



「動くなっ」

「えっ……むぐぅっ!?」

「よし、運び出せ」



後方から何者かにレアは身体を抑えつけられ、口元にハンカチのような布を押し込まれる。彼は必死に抵抗しようとするが恐ろしい力で抑えつけられ、更に布で目隠しまでされる。相手は単独犯でない事は間違いなく、レアは自分を抑えつけようとする人間が複数人である事に気付く。



「こいつをどうしますか?」

「ここで始末するのですか?」

「馬鹿が、滅多なことを言うな。異界人を害した人間は呪われると伝えられていると言っただろう。一先ずは儂の研究所に運び込め」

「むぐぐっ……!?」



目と口元を塞がれたレアは聞き覚えのある声に反応し、間違いなく自分を捕まえた人間の中に「ダマラン大臣」が含まれていることを知る。どうして彼が自分を捕まえようとするのか理解できず、レアは必死に助けを求めようとするが、身体を縄で縛られたのか上手く動けない。



「ふんっ、無能には用は無い!!貴様はこれから儂の実験台になってもらうぞ」

「ふぐぅっ!?」

「おっと、下手に殴ったら死にかねないな。ちっ!!これだからステータスの低い人間は……」



服の裾を掴まれて強制的に立ち上げられたレアの顔に生暖かい息が吹きかけられ、視界は塞がれているが自分の目の前にダマランの顔がある事に彼は気付き、咄嗟に頭を動かして頭突きを食らわせる。



「ふんっ!!」

「ぐふぅっ!?こ、こいつっ……んっ?」

「大臣!?」

「大丈夫ですかっ!?」

「……いや、何ともない。全然痛くないな……」

「ふぐぅっ!?」



頭突きが命中したにも関わらずに大臣は自分の顔に風船が当てられたような感触が広がらず、戸惑いの声を上げる。その一方でレアの方は鉄の塊に頭を衝突させたような鈍い痛みが走り、それを見て大臣は笑い声を上げる。



「そうか!!こいつは全ての能力値が最低値だったな。しかし、それにしてもなんと非力な……同情さえ抱いてきたぞ」

「ふぐぐっ……!!」

「ふんっ!!この儂を傷つけようとするは……愚か者めっ!!」

「大臣、声を抑えて下さい。他の異界人に気付かれる恐れがありますから……」

「分かっておる。ちっ……異世界人とやらの身体を調べたかったが、こんな出来損ないでは興覚めだ。予定を早めてこいつを転移の間に運び出すぞ」

『はっ!!』



身体を拘束された状態でレアは無理矢理に歩かされ、目隠しと口封じされた状態で移動を行う。他の人間に助けを求めることできず、ダマランに連れられて辿り着いた場所はレアがこの世界に召喚された時にいた広間だった。ダマランは彼の目隠しを外すと、余裕の笑みを浮かべた。



「くっくっくっ……助けを求めんのか?別に構わんぞ、お前のような役立たずを助けてくれる人間がここにいればいいがな……」

「ぐぅうっ……」

「大臣……本当に大丈夫なのですか?伝承によれば異界人は丁重にもてなせと記してあったのに」

「やかましい!!貴様らは儂の言う事を聞いていれば良いっ!!」



レアを拘束する兵士達は不安そうな表情を浮かべ、そんな彼等にダマランは怒鳴りつける。レアは口が塞がれたままなのでどうして自分がこんな目に遭わなければならないのかと文句を告げる事も出来ず、何とかこの状況を抜け出す方法が無いのかを考える。



(身体は動かせないけど目は見える。この状態ならもしかしたら……ステータス)



目隠しが外されたことで視界を取り戻したレアは「ステータス画面」を開けるか試す。すると彼の視界に小さな画面が表示され、視界が良好ならばステータスを確認する事が出来ると判明した。



(よしっ!!指は動かせないから文字変換は使えないけど……SPを使う事が出来れば……!!)



バルトがステータス画面内の「SP」を消費すれば新しい能力を覚えられると説明していた事を思い出し、ステータス画面を開きながらレアは「未習得技能一覧」の画面を開く。



「おい、何処を見ている!!こっちを向け!!」

「ば、馬鹿者っ!!あまり乱暴にするな!!無理に動かすと本当に死んでしまうかもしれんのだぞ!?」

「も、申し訳ありません!!」



貧弱なステータスが幸いし、兵士はレアの不審な行動を怪しんで力尽くで抑え付けようとした。だが、兵士の行動をダマランが慌てて止める。こちらの世界では「異世界人」というのは特別な存在であり、レアが勇者でなかったとしても異世界人であることは間違いなく、下手に始末する事は出来なかった。


本来のダマランの性格ならば役に立たない人間など追放、もしくは処刑するべきだと考えているが、異界人を殺害してはならないという伝承が残っていた。実際に歴史上でも異世界人に害を与えた人間は例外なく全員が非業の死を迎えており、実際に歴代の皇帝の中には召喚した勇者を疎ましく思い、無実の罪で処刑を試みようとしたが、処刑の前日に皇帝が心臓発作で死亡した記録も残っている。


この事から帝国の古文書には異世界人は丁重に扱うように記されており、どうしても排除しなければならない状況に陥った場合、直接的に殺害するのは避け、元の世界に送り返すように注意書きが施されていた。しかし、元の世界に帰す前にこちらの記憶を抹消する必要があり、帝国側としてはこちらの世界の情報を勇者達の世界に知られるのは色々と不都合があるため、送り返す場合は記憶を操作する魔法や薬を仕込む必要がある。



「いいか、傷つけるだけなら構わんが決してその男を死なせるなっ!!」

「わ、分かりました!!」

「ぐぅっ……!?」



兵士達はレアの両腕を掴んだ状態で引きずるように移動させ、彼は必死に抵抗を試みるが単純な身体能力は彼等の方が上であり、並の子供以下の力しか持たないレアでは抵抗できなかった。



(くそっ……早く、早く!!)



それでも彼は諦めずに視界に映し出されたスキルの画面から役立ちそうなスキルを探し出し、遂に現在の状況を打開出来そうな能力を発見する。



『脱出――肉体が拘束された状態から抜け出す(消費SP:1)』



画面に表示された文章を読み上げ、即座にレアは習得を試みる。SPを消費してスキルを習得する場合は覚える度に次のスキルに必要なSPの消費量が増加されるらしいが、この状況で躊躇する暇はなく、スキルを習得した。



(うわっ!?)



技能を習得した瞬間にレアは自分の身体に電撃が走るような感覚が広がり、誰かに教わった訳でもないのに自分が覚えた能力の内容を肉体が理解したかのように動き出し、即座に彼は拘束された両腕を簡単に引き抜いて目隠しと口封じの布を振り払う。



「ぷはぁっ!?」

「なっ!?こいつっ!?」

「何をしている!?早く捕まえんかっ!!」

「捕まるか馬鹿っ!!」



一瞬にして兵士の拘束から逃れたレアはその場を走り出し、自分を拘束していたダマランと兵士達から逃走する。彼は急いで他の人間に助けを求めるために駆け抜ける。

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