第11話 嘘はダメ

 

 朝ということもあり、人々が気だるげに改札をくぐる中、俺もまたその群衆の一人としてだるそうに改札を通っていた。昨日はコーヒーを飲みすぎて目が冴えてしまい、あまり眠れなかったのだ。


 ベッドに入っても寝れないあの感じ……とても嫌だ。人生で嫌いなことワースト10には入るだろう。

 ……眠れないモヤモヤを思い出して、かなり嫌な気持ちになってきた。


 憂鬱な気分で歩いていると、いつもの場所で佇む涼風さんの姿が目に入る。

 丁度その時、涼風さんも俺に気付き、ぱーっと駆け寄ってきた。

 

「おはようございます、時雨君」


「お、おう。おはよう」


 いつも通り元気な涼風さんのあいさつに、ようやく目覚める。

 涼風さんのあいさつは朝の日光と同じくらい覚醒作用があると言っても過言ではない。ソースは俺。


「時雨君、寝癖たってますよ?」


「俺寝相悪いんだ。それに割とくせっけで」


「そうなんですね。私が直しましょうか?」


「いや、大丈夫だ。ファッションの一部として受け入れてる」


「時雨君のファッションセンスは独特ですね。言い方悪いですけど、ちょっとおかしいです」


「わ、悪かったな」


 ファッションのことについて考えたことなんて一度もないんだからおかしくて当然だ。

 それに、男子高校生がわざわざ毎朝寝癖直さないだろ。

 ……え? 直すって? そんなの知るか。


「とりあえず行くか」


「はい!」


 涼風さんは俺の横に並んで歩き始める。


「時雨君。私、時雨君に質問があるんですけどいいですか?」


「急にどうした?」


「何というか、その……時雨君の特徴というか、人間性というか……」


 なかなかに壮大じゃないか?

 俺今から、「人生のモットーを教えてください」とか言われるのかな? それだったらまたまた面接みたいになるんだけど。


 しかし、どうやら表現が上手く思いつかなかったようで、「いや、そんなことでは……」と呟いてはうーんと唸っていた。

 しばらく悩んで、口を開いた。


「時雨君の好きなもの! とかしてほしいこと! とかを私は知りたいんです。だめ……ですかね?」


「……ダメじゃないけど」


 その上目づかいはずるいだろ。

 しかもこれをおそらく無自覚でやっているのだろうから、それがさらに加点されて審査員全員スタンディングオベーションからの百点中百二十点上げちゃってるまである。

 

「ほんとですか?! やったー! えへへ」


「で、何を聞きたいんだ?」


「そうですねぇー……じゃあ、ご趣味は何ですか?」


「お見合いか」


「そ、そんなつもりはなかったですよ! こういうの面と向かってしたことないので恥ずかしいんですよ。どうかぎこちないですけどスルーしてください」


「わかった。で、趣味だっけ?」


「はい!」


 趣味、か。

 正直趣味なんてなかった。休日は家にいるかカフェに行くかくらいで、そのどちらにしてもコーヒー飲みながら本を読んでいる。でも趣味がないなんて言ったら、この期待した眼差しを裏切ってしまう気がするからここは読書と答えよう。


「読書……かな」


「へ、へぇー……すごいですね。す、素晴らしい趣味だと思います!」


「いやそれ絶対思ってないだろ」


「思ってますよ? すごく感動しました」


「嘘つくの下手か」


 さっきから明らかに動揺しているし、言葉がたどたどしい。

 それに趣味が読書で感動する女子高校生がいてたまるか。


「で、では質問を変えて――」


 涼風さんは追いつめられるといつも決まって話を変える。

 明らかに分かりやすいのだが、本人がそれに気づいていない辺り、やはり涼風さんは天然なんだなと思う。


「もう直球でいこうと思います。私にしてほしいことってありますか? 何でも言ってください!」


 真剣な表情でこちらをじっと見つめる涼風さん。

 今を時めく女子高校生がこんなにも「何でも」をほいほい言っていいのだろうか。

 でもきっと、俺が変な要求をしないと分かっているからこんなこと言ってるんだろうなと思う。

 

 俺が変な要求したらどうするつもりなんだろう。

 変な要求なんてするつもりないし、そもそもそんな度胸ないけど。


「うーんそうだな……特に、は」


「そ、そこをなんとか!」


「そうやって粘るものじゃないと思うけど」


「た、確かにそうですね。すみません。では何か私生活にてお困りのこととかありませんか?」


「困ってることかぁ」


 私生活を想像してみる。

 部屋は……ものがそもそも少ないから散らかしようがないし、家事だって一人暮らしをするにあたって一通りマスターしたから、一応できるし日常的に行っている。

 俺、日常的に困ってることないんだよな。


「ごめん。特になかった」


「そ、そうですか。まぁそれが一番いいことなんですけどね?」


 涼風さんはそう言っているが、心なしか少し悲しそうだった。

 なんか……ごめんね?


「あっ、あともう一つだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「あぁ、いいけど」


 俺の許可を得た涼風さんは柔らかな笑みを浮かべて俺の方を見た。



「時雨君は、笑いたいですか?」



「……はぁ?」


「ふふふ。やっぱりそういう反応しましたか。あたりでした」


「そ、そうか」


「はい!」


 その後、涼風さんはずっとにやけていた。

 最後の質問の答えを別に言っていないのだが、満足そうにしていたため言わなかった。

 

 そんな会話をしていたら、すぐに学校に到着した。





     ◇ ◇ ◇





「そういえば時雨君よ。スマホというものは持っているかね?」


「持ってるけど、それがどうした?」


「いやさ、そういえば俺たちレイン交換してなくない? あのかの有名な追加するだけでなんか友達できたと錯覚して友達の人数でマウント取り合う、まぁポ〇モンみたいなアプリだよ」


「解釈だいぶ間違ってないか?」


 とんでもない発言が飛び出したが、いつも通り軽く受け流す。

 そして当たり前のように俺の席の前に座る晴天。

 これが朝の日常となっていた。


「そんなことより早く交換しようぜー。俺は、お前が欲しいんだ……きらーん」

 

 効果音を自分で言うとは……どこまでも残念と言うか、もったいないというか。

 でも本人は「これだろ?」と言わんばかりの表情なので、何も言わないでおく。


「正直言って、レイン交換する意味なくないか?」


「何言ってんだよ。俺たちの愛が二十四時間ずーっと育まれるんだぜ?」


「なわけないだろ」


「分からない奴だな……まぁいい。そんなことより早く交換すんぞ。交換しないメリットはないけどな、交換するときのデメリットはないんだぜ?」


「……すまんよくわからんかった」


「言った俺も分からなかった」


 じゃあなぜ言ったんだよ。

 

 と、こんな本当にくだらない会話をうだうだしつつ、結局レインを交換した。というかさせられた。

 すると、その現場を見ていた新島さんが、話に参戦してきた。


「あれ、時雨君。スマホ、持ってないって言ってなかった?」


「あっ……」


 そういえば入学式の日、持ってないって言ってたわ俺。

 その後、何とかうまくごまかしたが、レインは交換させられた。


「嘘はダメだからね?」


「は、はい……」


 新島さんに嘘はつくまいと心に誓った俺だった。


 

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