第9話 人気者


「じゃあまた明日もよろしくお願いしますね」


「おう」


 涼風さんとは反対ホームのため、改札をくぐったところで別れた。

 俺と涼風さんは部活に入ろうとは思っていないため放課後になるとすぐに帰宅する。


 晴天も帰宅部なのだが……今日は女子テニス部の視察をしてくるという。マネージャーでもやるのかなぁと思っていたら、どうやらフェンス越しに可愛い先輩を視察するみたいだ。あいつ何やってんだ?

 あと女子テニス部だけで、全制覇するらしい。あいつほんと何やってんだ?


 まぁ人それぞれに青春の形はあると晴天自身も言っていたし、俺もそう思うので何も言わないでおく。


 階段を上がってホームに出ると、やはり部活動が始まったからか、制服を着た生徒はまばらだった。

 その中でひときわ目立つ存在、新島加奈が視界に入る。


 それと同時に新島さんも俺に気が付いた。


「あっ時雨君じゃないか~。彼女はどうしたんだい?」

 

 のっけから新島テンション全開の新島さん。

 今の新島さんにはニマニマという言葉が似合いそうだ。


「彼女って?」


「いや時雨君は自分の彼女を忘れるのかい? それはなかなかに薄情じゃないかね?」


「別に涼風さんは彼女でもなんでもないから。あと、そのテンションはおかしい」


「えぇ⁉ 聖奈ちゃん彼女じゃないの⁉ というか、べ、別にテンションは普通だからー……ほんとに」


 そう言う新島さんだが、自分のテンションの高さにどうやら気づいたようで、最後の方は若干動揺していたのが分かる。

 新島さんはたまにこんなテンションになるのだ。


「で、別に涼風さんは彼女ではないよ」


「えぇーあんなに仲睦まじい男女がお付き合いしていないなんてあり得るの?」


「全然あり得ると思うけど」


 っていうか仲睦まじいと思われていたのか。

 いや、実際そうなのかもしれないけど。


「いや、ありえないよ! おそらく私の予想では、お互いがお互いを好きでありながらそれを口に出すことができない、シャイな人たちだと思うんですけど、そこんとこどうなんですかぁご・しゅ・じ・ん?」


 なんだか新島さんが晴天と同一人物にしか見えなくなってきた。


「別に俺は涼風さんのこと何とも思ってないよ」


「でも少しくらいは可愛いとか思ってるんじゃないですかねどうなんですかね?」


「うーん……」


 どう答えればいいのか正直迷う。

 なにせ本心で言えばもちろん、涼風さんのことを可愛いと思っている。

 しかし、ここで本心を言ってしまえば新島さんなら直接それを本人に言いかねない。……うん、やはりこれは言うべきではないな。


 そう瞬時に判断して、はぐらかしておく。


「いやぁこれは俺の胸の中にしまっておくよ」


「えぇけちぃーぶぅー」


 こんな会話をしていたら、間もなく電車がくるというアナウンスが流れてきた。

 ホームに電車が音を立てて滑り込んでくる。


 俺たちの目の前で間もなく電車が止まろうとしていた時、新島さんがぼそっと呟いた。



「まぁ、聖奈ちゃんの方は、きっと――」



 最後の方は電車の停車音で遮られる。そのためよく聞こえなかった。


「今なんて?」


「いや別に?」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、新島さんは電車に乗った。


 最後一体、新島さんはなんて言ったんだろう。

 でもあの様子だと、電車の停車音で聞こえないことを見計らっての発言だったように思える。


 そうだとしたら、小悪魔どころじゃなく悪魔的だな。策士だ。

 だから何も聞かないで、俺も乗車した。





     ◇ ◇ ◇





 家がある最寄り駅に到着する。

 学校の最寄り駅に比べて栄えてはいないが、ここも十分店がたくさんあり、休日は買い物客であふれかえる。また急行も止まるので、乗り換えにも多く利用されていた。


 そんな駅に降りたとき、かなり驚くことがあった。


「まさか時雨君と最寄り駅が同じだったとはねぇー……今まで気づかなかったのが不思議なくらい」


「俺も驚いた」


 まさか同じだとは。まぁ同じだからといって特に何もないのだが。

 電子カードをかざして改札をくぐる。そして西口を出た。


「時雨君は家はどこら辺にあるの?」


「ここから十分くらいの池亀公園の近くなんだけど」


「え、そうなんだ。私あそこで小さい頃によく遊んでたよ~」


「そうなんだ」


 ここら辺が地元ではないため、上手く話に乗っていけない。

 それを新島さんは察したのか、あっと何かを思い出した。


「そういえば時雨君、ここに実家があるわけじゃないもんね。ってことは一人暮らしかぁ~……ちゃんと自炊してる?」


「お母さんか」


「あははは! でも気になるじゃん。時雨君って、結構ミステリアスだし」


 ミステリアスなんて初めて言われた。

 どこか褒め言葉のように聞こえてしまうけど、結局自分を出すのが苦手なだけなんだよな。


「してるよ、一応。外食は高いし」


「へぇ、じゃあ料理系男子だ」


「大げさだよ。ほんと、簡単なもの作るだけだから」


「それでもすごいよ。私は料理とかしないから」


「しないの? してそうだけど」


「しないしない。こう見えて私、結構不器用だから」


「それ自分で言う?」


「まぁね?」


 新島さんと話しているのは心地がいい。

 人と話すのが苦手な俺でも、会話の調子を合わせてくれる。


 全く、晴天といい涼風さんといい、俺の周りにはできた人が多いな。

 俺は全然ダメなのに。


「どうしたの? も、もしかして私地雷とか踏み抜いちゃった⁉」


「いやいや違うよ。何でもない」


「そ、そっか。ならいいけど」


「それより、ここらへんでいいスーパーとかない? 安いお店とかあればいいんだけど」


「お! それならいい店知ってますよ~ご主人?」


「また変なテンションになってるよ」


「これが私の平常運転ってことにする!」


 にひひ、と笑う新島さんは、普段のしっかりとしたイメージとは少し違って子供みたいに無邪気だった。

 

 新島さんが人気者である理由が、また一つ分かったような気がした。


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