第8話 美少女スマイルハッピーコンボ

 

 理科室での一件があった後、英語の授業を受けて昼休みに突入した。


 この学校は『ノーチャイム制度』というものを取り入れていてチャイムが鳴らない。だから授業終わりの号令によって、昼休みの到来が告げられる。

 チャイムが鳴らないからこう……「昼休みが来た!」って感じがしなく、何だか味気ない。


 そんなことを考えながら自席で、とある人物を待つ。

 待つというのも、その人物が来ない限り俺の昼食は始まらないのだ。

 なぜなら、

 

『お弁当はこれから私が愛情を込めて作りますので持ってこないでください。これ、約束ですよ?』


 と、その人物に言われているからだ。『愛情』という言葉をやけに強調しては恥ずかしくなって自爆していたのはなぜだろう。晴天と同じでそういう趣味が……いやそれはないか。


 そんなことを脳内でしゃべっていると、


「時雨く~ん! 来ましたよ?」


 と教室のドア付近で声が。


「時雨くーん。お姫様がお見えになられたよ~」


 本当に新島さんはこの状況に相当慣れているようだ。

 なにせ俺が涼風さんのところに行く間、軽い雑談に花を咲かせては笑顔を教室中に振りまいていたくらいだ。

 

 美少女二人が仲良く話している。

 

 それだけで、前まで俺のことを目の敵のような眼で睨んでいたクラスメイト達が。頬を緩ませている。

 美少女は世界を救うんだなとこの時強く思った。


 そして俺はこの現象に、『美少女ハッピースマイルコンボ』と名付けた。

 ダサいって言ったやつ出てこい。俺も同意見だから打ち上げでも行こう。


「あっ時雨君。こんにちわ」


「お、おう」


「ちょっと時雨君素っ気ないんじゃない? 聖奈ちゃんせっかく来てくれたのにぃー」


 さらに最近ではこんな風に横やりを入れてくることも。


「確かに、時雨君は素っ気ないですけど……私はいいんです。時雨君は、時雨君ですから」


「おぉ。さすが聖奈ちゃん。聖奈ちゃんは時雨君のことをよく理解してるんだねぇ?」


「べ、別にそんなことないですよ。ほ、ほら。時雨君行きますよ?」


「あ、あぁ」


 涼風さんは逃げるように教室から離れる。

 俺の制服の裾をちょこんとつまんで。


「また今日もいつものところか?」


「はい、そうですけど……ほかに時雨君が行きたいところとかありました?」


「いや、あそこで全然いいよ。人いないしな」


 人が大勢いるところで涼風さんと食べようもんなら、『美少女ハッピースマイルコンボ』は新島さんがいないために発動されず、地獄の針千本ならぬ、視線めった刺しの刑を食らってしまう。

 それはできれば避けたい。


「べ、別に私は人が多いところで食べても全く問題ないのですが……」


 恥らいながらそう言う涼風さん。

 いつもならニコッとさり気なく笑顔を見せてくれるのだが、視線も合わせてくれない。


「いや、それだと勘違いとかされないか? 実際十分勘違いされてるけど……」


「べ、別に私は……ごにょごにょごにょごにょ」


「い、今なんて言った?」


「な、何も言ってません! ささ、早く行きましょう」


 そう言って今度は俺の小指をつまんで先導する涼風さん。

 意外と引っ張る力が強い……。


「す、涼風さん……小指もげちゃうよ。せめて親指とかにしてくれ」


「あっ、ご、ごめんなさい。無意識につい……」


 小指が解放された。

 しかし涼風さんの顔はよく見えなかったけど耳が一層真っ赤になっていたので、相当恥ずかしかったんだろうなと思う。

 

 涼風さんはほんとによく自爆する人だ。


 そんなこんなでいつもの昼食場所――

 屋上の前の、踊り場のようなスペースに到着する。


「つきましたー……はぁ、はぁ」


「だ、大丈夫? 確かにここ最上階だし疲れるよな」


「は、はい……日頃の運動不足が出ちゃいましたね……」


 確かによくよく見れば、涼風さんは細い。

 それでいて出るところはしっかり出ているよなぁ……。


 まずい。なんだか晴天の病を若干移されたのかもしれない。

 これは不治の病らしいからかからないようにしないと……。


「ど、どうしました? 顔、赤いですけど」


「い、いや……俺も疲れたんだ」


「時雨君も運動不足ですか……ふふっ、私と同じですね」


「そ、そうだな」


 ちょっぴり涼風さんがうれしそうなのはなんでだろう。

 世の中分からないことだらけだ。

 その中でも、女心というやつは難問中の難問だなぁなんて思う。


「さっ、早くお弁当食べましょうか」


「おう」


 弁当を受け取る。

 猫がたくさんいる包みに包まれた弁当は涼風さんの時折見せる女の子らしさを表現しているかのようで、なんだかおもしろい。


 こういうワンポイントで人間性ってにじみ出るんだよな。


「今日はハンバーグにしてみました。渾身の出来なんです」


「おぉー。では」


 一口ぱくり。


「うまい」


 涼風さんは俺に対するお礼と言ってこんなことをしてくれているが、実際お釣りがたんまりと出るくらいによくしてもらっている。

 だからこそ、こういうことはちゃんと言おうと心がけていた。


 やっぱりこんなことでは等価にならないような気もするけど。


「ほんとですか?! それはよかったです! また作りますね」


 今までで一番の笑顔を見せてくれる涼風さん。

 確かに涼風さんはただただ容姿的な面だけでも可愛いと思うが、涼風さんのみんなから好かれる理由はそれだけじゃないんだなと思う。


 ちなみに、このことは恥ずかしいから言わない。というか言えない。


「それにしても、さっきから涼風さん近くない?」


「えぇーそうですかね? 全然そんなことないと思いますけど」


 と言っているが、腕が密着しているし肩と肩が結構な頻度で触れ合っているんだけど。

 もしかして涼風さんは……欧米人の血でも引いているのか?


「そんなことより、時雨君の一番好きな食べ物は何ですか?」


 明らかに話をそらされた。


 本当に最近の涼風さんは何かの病にかかったのではないかと思うくらいにグイグイくる。

 最近人肌が恋しいのかな。


 そんなことを思いながら、わざわざ離れるのはどうかと思い離れないでおいた。

 おかげですごく弁当が食べづらかった。


 ちなみに、好きな食べ物は枝豆と答えた。


 そしたら、「私が料理する意味ないじゃないですか」とツッコミが返ってきたのだった。


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