塔の冒険 5

 リティは焦りの中、目を閉じて考えていた。師匠のアズナイなら、どうするだろう。どうしたらメイナを守れるだろう。


 『リティ。きみの力は、むやみに、使ってはいけないよ。とっても、危険なものなんだ。わかっているよね』


 それは、師匠のアズナイの言葉だ。そう、危険な力。忌むべき力。わかっている。たしかに、メイナも言っていた。


 『どうせ、リティは壊すことしかできない。――だから、ひとの気持ちなんてわからないんだよ』


 そうだ。悲しいけれど、それはほんとうのことなのだろう。


 リティは自分に問いかける。


(壊すことしか知らない、このわたしが使う、呪われた力。わたしには、これしかできない。そう。だからこそ、わたしにできることをする。メイナが灯りによって、わたしを導くように、わたしは、この力を…………!)


 そこでリティは目を開けて、息を大きく吸い込む。両手で抱えた冷たい兜に、すべての力を送りこむ。


 手のひらから、黒い波がとめどなくあふれてくるようなイメージが浮かぶ。


 リティは、自分が使うその黒い波の力に――灰の力に戦慄する。それに、抑制もなく力を使ったら、どれほどの反動が体にのしかかるのだろうか。


 しかし、ためらいはなかった。


 すべての力を、に注いでやる。なぜなら、からだ。だからこそ、すべてを。力のすべてを。


 リティは口を開けて叫ぶように大声を出すが、自身にはなにも聞こえなかった。


 腕の中で、黒い波がなんども反響し、兜に浸透する。材質をゆり動かし、細かく、細かく引き裂いてゆく。


 それとともに、リティの頭の中にも黒い波の反動が伝わってくる。すべてが真っ暗になる。





 メイナは星空の下、塔の屋上にいた。そこで幾重いくえもの布にくるまって、リティの寝顔を見ていた。リティにも敷布団を作り、布をかぶせ、なるべく寒くないようにしておいた。片隅には兜を失った騎士の鎧が落ちていた。


 屋上の壁際には、メイナの灯りがともっていた。


 リティはいつになったら目を覚ますのだろう。


 静かな寝息が聞こえるのが、唯一の救いだ。――生きている。たしかに。


 それからメイナは自身の胸に手を当てた。騎士に斬られた箇所に布を巻きつけてあった。血がにじんでいたが、幸い深い傷ではない。



 夜空には、秋の星座が輝いていた。


 夜空の星は、女神ミュートが散りばめた無数の宝石なのだという。そこで神々は、永遠に、宝石を並べるゲームに興じている。


(あたしならそんなゲーム、一日ももたずに、あきそうなんだよね)


 そう思ったが、となりにはやはり、リティにいてほしかった。リティがいれば、きっと退屈しないだろう。


「え……。なに、どう、なったの……」


 リティがそう、うめき声を出した。


「あ、リティ! 起きたの?」




 ふたりは布をかぶりながら、塔の屋上の壁の隙間から、夜を見ていた。


 薄墨色の中に、北の山の稜線が見えた。東の海岸線。黒い森。真っ暗な大地。灯りは見えない。


「ねえ、あそこ、灯りじゃない?」


 と、リティは言った。メイナはリティの指先を追った。すると、遠い王城の方に、黄色い灯りが見えた。


「ほんとだ! 光ってるよ!」

「お城に、だれかいるのかな」

「うん。きっとそうだよ」


 メイナはそう言って、そこまでの道を思い描いた。


 すると、リティは具合が悪そうに後ろに下がり、壁を背に、ゆっくりと座りこんだ。


 メイナはまだ、気まずい、重々しい気持ちを抱えていた。遠慮がちに、リティの左横に座った。


 リティはぼんやりと、闇に目を向けていた。布の隙間から、銀色の髪がのぞいていた。長い沈黙のあと、メイナは言った。


「ごめん」


 ぴくりと、リティの眉が動いた。メイナは続けた。


「ひどいこと、言っちゃったね……。怒ってるよね……」


 すると、リティは布の中から左手を出して、こぶしを作った。メイナは殴られるのかと、肩をこわばらせた。リティは言った。


「がんばったねえ。きょうは。だから、わたしが聞きたいのは、そんな言葉じゃない」

「え? なに? どういうこと、リティ……」

「わたしたちは、勇敢だったよ。きっと。アズナイさまも、ほめてくれる」

「そうだね。そうだといいね」


 メイナはそうつぶやいて、リティの左手のこぶしを見た。メイナも右手のこぶしを作って、それにぶつけた。


「レガーダ」


 と、おかしそうなリティの声がした。




 塔の冒険 おわり

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滅びの国の魔女紀行【第一部】 浅里絋太(Kou) @kou_sh

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