第3話 〜動物が馳せる想い〜

 「コロ見て見て! どう? 似合ってる?」

 私は子分の周りをクルクルと周りながら子分の姿を見渡した。

 「まあ、似合ってるんじゃないか?」


 いつの間にか子分が、メスの匂いを漂わせるようになった。

 人間として大人に成長してきていると私は感じていた。


 「コロはいつもそうやってクルクルしながら私を観察するよね」

 「優子? 早くしないと遅刻するわよ」

 「はーい! じゃあ行ってくるねコロ」


 私は子分をいつもように玄関で見送る。

 最近の私は、以前と比べて寝る時間が増えていった。

 自分自身で分かっているが歳を取ったものだ。


 あれだけ走り回って楽しいと思っていた外を歩く日課も、最近では大変でキツイと感じ事が多くなっている。


 ご飯も大好きでいつも沢山食べたいと思っていたはずなのに、最近はお腹があまり空かなくて、残す事も多くなった。


 子分が家に帰って来ると、子分が私を連れて外へと出歩くのが日課になっている。

 ほんの少し前だったら子分を引っ張ってあちこち行けたのに、今ではむしろ子分に引っ張ってもらう事が多くなった。


 「コロ、最近元気ないよね? もうおじいちゃんになっちゃった!?」

 子分がしゃがみながら私の事を撫でる。


 あれだけ子分に撫でられるのが嫌だった私だったが、今ではそんな事もなくなっていた。

 広い場所に連れて行ってもらって鎖を外してもらっても以前のように走り回る事もなくなっていた。子分の隣に横になって静かに過ごす。


 「コロ! これはどう? 遊ばないの?」

 「もうそんな遊びで興奮する歳でもねぇーよ!」

 私はそう訴えても子分は楽しそうに構えている。


 しょうがなく重い腰を上げて、私は子分との遊びに付き合う。

 帰る頃にはヘトヘトになり、地面を向きながら私は帰る。


 私は家に到着する頃にはぐったりしていた。

 なんか最近身体が重いし調子が悪いなぁ〜。そんな事を私は考えていた。


 「ただいまー!」

 「おかえり優子」

 「お母さんちょっと聞いて?」


 私はソファの場所で横になり、ご飯も食べずにすぐに眠りにつく。



 ある日珍しく子分が早く家に帰ってきた。何かあったのかと私は玄関まで出迎えに行く。

 隣には私の知らない人間……オスの臭いと声がした。


 「コロ。ただいま!」

 「へぇ。優子ちゃんの家って犬飼ってるんだね」

 「うん! 小さい時に公園で拾ってきてずっと飼ってるんだよ。もうおじいちゃんだけどね」

 「コロか。子供が付けそうな名前で可愛いな,はじめましてコロ!」


 人間の男が私の頭を撫でようとする。

 その瞬間、男の人間から子分とは違う明らかに女の臭いを私は感じ取った。

 「おい子分! こいつは嫌な奴だぞきっと!」


 「おっ! びっくりした」

 「珍しい。普段滅多に吠えたりしないのに。しょう君に嫉妬してるのかも?」

 「そうなの?」

 人間の男は笑顔を私に見せた。


 「おい! 子分に何かしたら怒るぞ!」

 「なんか俺嫌われちゃったみたいだね……」

 「ごめんね翔君」

 「いいよいいよ! それじゃあお邪魔するね」

 男と子分は二階へと上がって行った。


 私は二人を追いかけたかったが追いかけなかった。何故なら子分が普段とは違う匂いと声をしていたので、本能的に邪魔してはいけないと思ったからだ。


 だけど、どうしても男の事が気になって仕方なかった。


 子分が下に降りて来た。私は子分にどうにかして伝えられないかと付き纏う。

 「コロ本当にどうしたの? 後で相手してあげるから大人しくしててね?」

 「あいつは駄目だぞ」

 再び二階に上がっていく。


 私はいけないと思いながらも階段を上り、部屋のドアの前に佇んだ。

 中から二人の笑い声が聞こえる。


 途中から二人の声がしなくなり、静かになった。

 またしばらくすると二人の声が聞こえ始めた。


 ドアの前で私はウロウロする。

 ガチャ。ドアが開いた。


 「おい! おい! おい! 人間の男! お前子分と何してたんだ!?」


 「うわ! びっくりしたぁ」

 「コロ。うるさいよ!」


 「翔君、なんかごめんね……」

 「優子ちゃんが謝る事ないよ。それに動物なんだ。知らない人が家に来て興奮してるだけなんじゃないかな? コロからしたら俺は敵だろうしね」


 「今日はありがとうね……翔君」

 「こちらこそありがとう優子ちゃん。楽しかったよ! お邪魔しました」

 「帰れ帰れ! さっさと帰れ!」

 玄関で子分と一緒に男を見送った。


 「コロ、翔君には吠えたりしないでよ! 嫌がられちゃうじゃない」

 「あんな男やめておけ! きっと後悔するぞ!?」


 それからというもの、時々その男は家に遊びに来るようになった。

 私はそいつが来る度に追い出そうとするが、男に全く伝わる気配はない。

 むしろ男は私に対して近寄ってきて、触ってきたりするようになっていった。


 子分がその男にしか見せない声と匂いがしている事が、私には堪えられなかった。

 人間の男が放つ臭いの中に子分以外の女の臭いがするのだ。

 それがなんとも怪しいと思っている。


 子分と私、それに男と共に外に出る事もあった。

 その時に恥をかかせてやろうと思ったが、私の動きと力が全く通用しなかった。すぐに制止されて思い通りにいかなかった。


 そんなとある日に子分が、泣きながら家に帰ってきた。

 階段を勢いよく駆け上がっていき、バンッ! と扉を強く閉める音がした。


 私はまたか? また泣いてるのか? 大人になっても泣き虫だなぁ。と思いつつ二階へと上がっていく。ドアを開けて欲しいと爪で音を立てながら懇願こんがんしてみる。

 

 ドアが開いた。


 スッと私は部屋に入り込んだ。

 大声を出して泣きながら私に子分が抱きついてきた。

 

 「コロー!!!! コロー!!!!」

 「どうした? どうした?」


 「翔君にね。何人も女の子が居てね。私はそのうちの一人でしかなかったんだよ」

 「私は好きだったのにね。翔君にとって私は遊びの一人でしかなかったんだよ」


 「あいつはやめておけ! って言っただろ!?」


 「コロはもしかして最初から分かってたの? 翔君に初めから吠えたりして懐かなかったもんね! コロはきっと最初から分かってたんだよねきっと。だからあんなに翔君に……私に伝えようとしてくれてたんだよねきっと」


 私は子分の涙を舌で拭ってやった。

 「ハハハ。くすぐったいよコロ! 元気付けてくれてるの?」

 

 「しょうがないな! こっち来い!」

 「どうしたの?」


 私は部屋を出て一階に向かうと、鎖を咥えてしっぽを振りながら外に行きたいと子分に訴えた

 「散歩に行きたいの? 最近はあんまり行ってあげられなかあったからね。そうだね行こっか」

 私達は外に出た。

 「コロは私が散歩に行けば元気が出ると思ってるの?」

 子分は、しゃがむと私の顔周りをワシャワシャする。


 私は子分の声を聞いて少しは元気が出たと感じていた。

 「でも散歩は気分転換にはなるよね。コロもきっとそう思ってるんだよねありがとう!」

 また二人で歩き出す。


 いつもの歩く道をいつものように歩く。

 散歩から戻ると、家には明かりが点いていた。


 「ただいまー!」

 「おかえり優子。もうすぐ晩ごはん出来るわよ」

 「はーい!」


 「「「いただきます」」」

 「コロもご飯だよ!」

 私にもご主人がご飯をくれた。


 「パパ? コロってもしかしてなんだけど、相当賢い犬なんじゃないかな? って思うだけど

 「そうだな……今までコロがしてきた事を考えるとかなり賢い犬なんじゃないかな?」

 「そうだよねやっぱ」

 「何でだ?」


 「改めてそう思って。落ち込んだりしている時に必ず側に来たり、普段自分から散歩に行きたいとかねだってこないのに、そういう時に限って散歩に行きたい。って誘ってくるからこっちの気持ちを感じ取ってるんじゃないかな? って思ってさ」


 「コロに何度も助けてもらったからな優子は。コロが居なかったら本当に何があったか分からなかったからな。俺達にとっても大事な家族である事は間違いないよ。ちゃんと感謝を伝える事が出来ない事が残念で仕方ないよな」


 「そうなのよね。何をしてあげたらコロが本当に喜んでくれるか分からないのよね」


 「もしかしたら特別な事をしてほしいとは思ってないのかもしれないな。俺達がコロには元気で居てほしいって思っているように、コロも俺達が元気で居てほしいって思っているだけなのかもしれない。元気にコロと一緒に過ごす事が一番のお返しなのかもしれないな」


 「あら? お父さんたまには良いこと言うのね」

 「たまにはな!」

 「そうだよね。パパの言う通りだと私も思う」

 

 

 ……。

 

 ふと気付くと、カゴの中に私は入れられていて何処かへと向かっているようだった。

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