龍が見える

藍田レプン

龍が見える

 龍が見える、と話してくれたのは40代の男性、Hさん。

 いつも取材に利用している喫茶店の席に着くと、彼はガラス窓の向こうに目をやった。

「見えますか?」

 と私が問うと、彼は首を横に振った。

「市街地で見ることはあまりありませんね。山や湖沼、河川や海といった自然が豊かな場所で見ることが多いです」

 彼に見える龍の詳細を聞くと、形状としては東洋龍のそれに近く、輪郭は朧気で色がついている。発光しているようにも見えるのだという。

「色は個体によってというか、見る時々で違います。複数個体がいるのではないでしょうか。山では淡い黄色……金色かな? 水辺では白い龍が多いように思います」

 龍を見た後何かいいことがあったり、逆に不幸があったという法則も無いので、瑞兆や凶兆ではなく、自然現象のようなものなのだろうとHさんは語った。

「市街地で見ることはあまり無いと先ほど話しましたが、稀に見るんですよ」

「それはどのような龍ですか」

「大きさや色はその時々で違います。でもここ数年」

 街で見る龍は、黒い龍が多いのだとHさんは言った。

「数年前に街で見た龍は、空を覆うほどに大きくて、光を吸収しているんじゃないかと思うほどに真っ黒でした。もちろんそれを流行り病と関連付ける気はありませんし、偶々そうした龍をそうした時期に見てしまった、それだけのことだと思うんですが」

 Hさんはそう言ってコーヒーを一口飲んだ後、物憂げなため息をついた。

「見えるのが幽霊ならまだよかったんですけどね。その姿形で何らかの因果を見つけることができるかもしれないでしょう。でも見えるのが龍じゃねえ」

 東洋の龍の起源は定かではないが、古くは王権の象徴や荒ぶる自然を神格化したものとされることが多い。善龍もいれば悪龍もおり、それぞれ法行竜と非法行竜とされている。

 しかしそれとHさんが見ている龍は、おそらく似て非なるものなのだろう。

「怪談ではないと思うんですが、こんな話でもよかったでしょうか」

 と遠慮がちに尋ねるHさんに、もちろんですと私は答えた。

「わかりやすい怪談も好きですが、私は曖昧模糊とした奇談が好きなので。貴重な体験談をお聞かせいただき大変うれしく思っていますよ」

 そう私が話した時、あ、とHさんが外を見て声を上げた。

「出ました、龍が」

「え」

「すごく遠くですけど、虹色に光って、空を飛んでいます。本物の虹では無い……と思うんですが」

 Hさんの指し示す方角に私も目を向ける。そこには彼の言う通り、虹など見えなかった。

「虹色の龍はよく見るんですか」

「いえ、初めて見ました。なんでしょうね」

 今年が辰年だからでしょうか。

 そう言って、困ったようにHさんは笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍が見える 藍田レプン @aida_repun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説