ア イ ケ ン

@zawa-ryu

アイケン

 うるさい!うるさい!うるさーいっ!。もう少しおしとやかに出来ないものかしら?

 ワタシが思うに女には「ヒンカク」ってヤツが大事だと思うのよね。まあ、そんな偉そうな事言ってるワタシもでろんとソファーに足を投げ出して、こんな格好じゃとても誰かの事なんて言えたもんじゃないけど。

 お家って、心が休まるところじゃなきゃ意味なくない?毎日こんなに騒がしくされたら寛ぐ暇なんてあったもんじゃない。

 なんか昔の偉い人が言ってた。「トカクニヒトノヨハスミニクイ」だっけか。

 小柄で幼く見えるけど、ワタシだってそれぐらいのキョウヨウはあるのよね。意味があってるのかは知らないけど。

 ああ、また金切り声が聞こえる。あんなに四六時中、朝も晩も喚いて、疲れないのかしら。おかげでこっちは万年寝不足。今日はぽかぽか陽気の日曜日だってのに、お昼寝だってままならないし、夜は夜とて頭の中に叫び声のエコーが残って寝れやしない。

「芽理!あなたまた、こんなところにお洋服を脱ぎ散らかして!」

 ああ、もう!またリビングからママの雷が聞こえる。

 天井突き破って隣町まで響いたんじゃないかしら。


「ふわぁ」

 今日もあくびが止まらない。寝ても寝ても寝たりない。この眠気は思春期のせいだけじゃないわきっと。鞄も重いし歩くのだるいし。

 推しのVチューバ―が生配信だったんだもん。十一時配信とかやめてほしいよねマジで。盛り上がりすぎてテンション爆上がりだったから知らないうちに大声上げてたみたいで、ママに怒られたけど。

 ミチャもまだ起きてたみたいで、足元にすり寄ってきた。ワタシのかわいいロングコートチワワの愛犬。トコトコ短い足で部屋に入って来るのがカワイイの。

 赤ちゃんの時にパパが知り合いの人から譲ってもらって、もう一年ちょっとになるけど小っちゃくて赤ちゃんの時と全然変わってない。チワワって一歳だったらもうお姉さんなんだって。ミチャのパパとママは血統書付のすっごく賢い品のある犬だってパパが言ってた。

 ミチャだってワタシ達の話をよく聞いてるし、おしゃべりしてる内容もわかってるみたい。ワタシが「ごちそう様」って席を立つと、次はシュークリームを食べるのわかってて、一口頂戴って飛び乗ってくるし、テレビとか電話の声もよく聞いてる。時計だって時間ごとに鳴るチャイムを聞き分けて6時になったらエサ入れの前にお利口さん座りして待ってる。 

 ミチャはワタシの事が大好きだから、ワタシが帰るといつも足元に来てペロペロ足を舐めるの。本で読んだけど、犬が舐める行為って、愛情表現なんだって。今日も学校が終わったら真っ先にミチャと遊ぼっと。今日はママと犬の美容院に行ってるから、また一段とカワイクなってるはず。

 ああ、もう学校に着いちゃった。マジ地獄の時間。朝の8時からお昼の3時まで、毎日時間がすっ飛べばいいのに。


 てか、最近思うんだけど。良い子でいるのって楽じゃない。わかってるけど求められると無理やりにでも応えちゃうの。小っちゃいころからカワイイカワイイって言われてきたから自然に愛想笑いが身についちゃってる感じ。

 初めのころはきっと、とびっきりの笑顔が出せてたんだと思う。うぬぼれてるわけじゃないけど鏡で自分見たらカワイイなって思っちゃうし。

 でもそんなに毎日毎日、カワイイワタシでなんていられない。そんなことでストレスなんて溜めたくないし。でもきっとまた、ワタシは無理して期待に応えちゃう。

ふっとそんなこと思っちゃうのも年頃かしら。あんま難しいこと考えてたら、また眠くなってきちゃった。睡眠不足もカワイイの大敵よね。


「芽理、芽理」

 後ろの席の智っちがツンツンとつついて起こしてくれた。

 ああ、またやっちゃった。知らない間に意識失くしてたみたい。

 だってオガワの授業って超眠いんだもん。顔を上げたら黒板の前で仁王立ちしてニヤニヤこっちを見てる。この人っていっつもメガネの奥の目だけが笑ってないからホント怖いんだよね。いつか犯罪おかして捕まりましたってなってもワタシは全然驚かない。てか、クラス全員驚かないと思う。

「グッモーニン芽理、僕の授業はいつもよく眠れるだろう?」

 ああ、また始まった。嫌な奴。こんなだから三十過ぎても独身なんだわ。まだ何か嫌味ったらしくぶつぶつ言ってるけど適当に返事して無視無視。お説教終わったらまた寝よっと。


 珍しくグッと寝れた。と思ったけど時計を見たらまだ十五分しか進んでいなかった。そろそろ季節も暑くなってきたし、寝汗までかくほどじゃないけど体が痒い気がする。ふんふんと誰も見てないところで匂いもチェック。女の子だからそういうのすごい気になる。

 パパが会社の人からもらった、割引のクーポン券があったから、この前の美容院でタンサンナントカスパって言うのをやってもらったけど、あれは気持ちよかったな。全身が良い匂いになって、気分もアガって、最高。あれはまたやりたい。

 まあ、せっかく綺麗になってもどうせ褒めてくれるのは家族だけなんだけどね。いや、家族ですら何か言ってくれるかも怪しい。だってみんな自分の事ばっかりなんだもん。ワタシがおすまししてても、みんなスマホかテレビに夢中。家族がワタシを呼ぶときは機嫌が良い時だけよ。

 ホント人間って勝手よね。


「芽理ーっ。晩御飯よー。何回呼んだらわかるの!」

「はーい。今行くーっ」

 そんな叫ばなくても聞こえてるって。智っちと電話してたら時間なんてあっという間。それにしても、今日のオガワ、マジきもかった。ああ、思い出したらまだ愚痴り足りないわ。

 いつの間にかミチャが部屋に来てて床舐めてる。ごめんねミチャ。今忙しくてかまってるヒマ無いの。智っちが隣のクラスの男子といい感じらしい。これは何があったか聞きださないと。

「痛ッ」

 見ると膝にひっかき傷が。ミチャはかまってほしい時、ガリガリ人の体に爪立てちゃうの。時々愛情表現が激しすぎるのがたまにキズね。

 昨日から、なんだか左足のくるぶしがジンジンして熱いなと思ったら知らないうちに傷が出来てた。だんだん痒くて仕方がなくなって靴下の上からポリポリ掻いてたけど、お風呂で見てみたら真っ赤になってた。きっとこれもミチャだ。

 自分で引っ掻いたくせに、心配してペロペロ舐めるの。わかったわかった。クッションを枕にしてごろんと横になり、スマホ片手に撫でてあげる。嬉しがってまた足舐めるのはいいけど、最近飛び乗ってくる体が重いよ。

 お互い女の子だから食べる物とか気をつけなくちゃね。


 朝からご飯の量とか栄養バランスとかうるさすぎ。ワタシだって体型気にならないわけじゃないし。てか、誰よりも気になってるし。でも食べてる最中にあーだこーだ言われたらせっかくのご飯も美味しくなくなっちゃう。だいたい女の子に体型の事なんて言うこと自体デリカシーが無いわよね。

 あーあ、一度でいいからこないだテレビでやってた高級ホテルのバルコニーで、のんびり昼寝して、美味しいものたくさん食べたいな。

ホント、うるさいのがいなくなればいいのに。


 ここんとこずうっとイケてない。気分もノらないし、なんかだるいし。と思ってたら、朝から熱が出て今日は学校をお休みした。最近ご飯が食べづらいな。そう思ってたらお昼にママが作ってくれたお粥を飲み込むのもつらくなってきた。体がヘン。だるかった体が鉛みたいに重い。熱っぽかった足が石みたいに固くなってる。熱が足から全身に回ってきたみたい。 

 痛い。熱い。痛くて熱い。体が勝手にびくびく動く。なにこれ。ワタシの体いったいどうしちゃったの。

口が思うように開かない。怖い、怖いよ。ママ、助けて。ワタシどうなっちゃうの。


 うるさい!うるさい!うるさーいっ!病院から帰るなり、イタイイタイと喚き散らして。熱があるならさっさとベッドに入っておとなしくしてればいいのに。ぶっ飛んだテンションで騒ぐだけ騒いでソファーに足を投げ出して…全くいい気なもんね。今からもっと大きな病院に行くんだってさ。行くならさっさと行ってよね。おかげで  こっちはこの家に来てから、ぐっすり眠れた日なんてありゃしない。

 でもいいの。それももうすぐきっと終わり。ワタシはそんなアイツに今日もすり寄っていく。ありったけの愛嬌で、ご主人様を心配する健気な愛犬、それがワタシ。尻尾を大雨のワイパーみたいにぶんぶん回しながら、全身で愛想を振りまくの。

 そして家じゅうのありとあらゆる汚れを舐めとって今日もアイツになすくってやるの。ワタシがつけたツメアトにたっぷりとね。病気がもっとひどくなったら、少しはおとなしくなるかしら。なってもらわないと困るわね。もう寝不足の毎日はうんざり


早く汚れたバイキンが広がって口もきけなくなったらいいのにね。


テーブルの上に置かれたシンダンショ?は文字だらけだしよく判らなかったけど、

ママは青い顔をしてパパに電話でこう言ってた。


「アナタ ドウシマショ メリガ ハショウフウ デスッテ」

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