第七話 復活の日

 




夏休みが終わる日。


学生時代の四十日はあっと言う間に太陽に溶かされ、憂鬱な九月の声でまた学校が始まる。


私は、その日、既にどうしようも無い山積みの宿題を放り出し、友人の関口と一緒にいつもの駅前にある城址の公園に居た。


「結局Fはまだ帰って来てないのか」


私はタバコを吹かす関口に訊いた。


「うーん。帰って来ないって言っても明日から学校やしな…」


と私を振り返る。


「今日あたり帰って来るんやろ」


そう言うと長いタバコを足元に捨てた。


Fは先日、関口の彼女の周囲に起こる怪異を収める事が出来ずに、祖父の寺へと旅立った。

Fの祖父は大きな寺の住職で、Fの不思議な能力もその祖父からの隔世遺伝だと聞いていた。

Fは祖父の下で、何かを得て来ると私にも言っていた。

私たちからしてみると、Fの力は常識を逸しているのだが、そのFでも手に負えないモノはある事を初めて知った。


Fが言うには、このままでは関口の彼女の家は女性に悪影響のある怪異があると言う。

関口の彼女と姉は足が悪く、母にも何等かの病気で近く入院するらしい。

それが阻止できない自分にFは焦燥感を覚えていた。


「今日はパチンコ行かないの」


「ああ、今日は新台入れ替えで休みやねん」


関口は私の横に座り缶コーヒーを飲んだ。


「夏休み最後の日に休店なんて、商売っ気ないよな」


関口はそう言いながら笑うが、元々パチンコ屋なんて高校生の事まで考えている筈も無く…。


「それにしても、暇だな…」


私は無駄に晴れた空を見上げた。

夏休み最後の日なんて別に晴れなくても良い。

どうせ残った宿題をやるしかない日なのだから。

こんな風に暇そうに過ごして居る学生は、早くに宿題を終わらせた優等生か、すべてを諦めている私たちの様な奴らしか居ない。


「セキ、宿題やったか」


私は答えのわかっている事を訊く。


「お前、知ってて訊くなや…」


関口が勉強をしているなんて話は一度も聞いた事が無い。

私も言う程、成績が良い訳ではない。

だから宿題を諦めて夏休み最後の日にこうやって公園で、男二人で暇を潰している訳なのだが…。


「おい、お前ら…」


ふと私たちの後ろから声がした。


「あ…」


関口が険しい表情で振り返る。


「どした…」


私も関口が見ている方向を見た。

そこには気合の入った感じの三人組が私と関口の方を睨む様に見ながら立っていた。


これは面倒な事になるパターン…。


既にこの辺りで関口や私に絡む奴は居ない。

という事は余所者だという事だろう。


関口は空き缶をベンチに置いてゆっくりと立ち上がる。


「何や、お前ら…」


関口は既にやる気になっている。


おいおい…。


私もゆっくりと立ち上がった。


「悪いけど金貸してや…。遊びに来たら金無くなってしまってよ」


その三人はニヤニヤ笑いながら関口に言う。

しかし関口も一歩も引かない。


「俺らに絡むって何処の田舎モンやねん…。よう勉強してからここらには遊びに来てもらわんと困るな…」


私は手に持った缶コーヒーを置いて、溜息を吐く。


「おい、セキ…」


私は一応関口を止めた。

そんな事でやる気になった関口を止められるなんて思っていなかったが。


「此処やと目立つから、向こう行こうか」


その三人の真ん中に立っている奴が言う。


私は缶コーヒーを飲み干して、余所者の三人に付いて、関口と歩いて行く。


どうせ、暑い公園、何処に居ても目立つ事なんて無いのに…。


建物の陰に入るといきなり始まる。

三人組の奴らよりも関口の方が暴れている。

リーダー格の一人は動かないが、他の二人をあっと言う間に勝負は付いた。

流石は関口…。


「やるやん。お前…」


リーダー格の男がゆっくり関口に近付く。


「お前らが弱いんやろ」


関口は息を切らしながら言う。


「俺は強いで…。こいつらの十倍は強い」


私はそれを聞いて笑ってしまった。

確かに他の二人よりもガタイも良い。


「それに俺の親父はヤクザやで。俺に喧嘩売る奴なんて地元にはおらんしな」


なるほど、そう来たか。


「そんな事知るか…。お前がヤクザやっちゅーなら別かもしれんけどな」


関口はまだやる気の様子だった。

ヤクザって言葉を聞いても一歩も引かない。

関口もFもその辺りは同じで、


「子供の喧嘩に顔を出すヤクザなんて大したことない」


なんて事を日頃から言っている。


へばってた二人も立ち上がり、その男の傍に来る。

私はその様子を静観していた。

すると、


「おい、お前」


とそのリーダー格の男が私に声を掛ける。


「お前、何で黙って見てるねん。そんな強いんかい」


そう言いながら今度は私の方へやって来る。


とうとう来たか…。


私も仕方なく頭を掻きながら三人に近付く。

すると私の前に関口が立つ。

そしてその男と関口はじっと睨み合う。

その時には私は既にその男とやり合う覚悟は出来ていた。

自分では関口よりも喧嘩は強いと思っていた。

しかし、喧嘩慣れという意味では関口の方が上かもしれない。


二人の睨み合いは続く。

私としては不要なもめごとは避けたいのだが…。


「死にたいんか…」


「死にたい…。それはお前やろ…」


私は、二人のやり取りをじっと聞いていた。

本当にビーバップハイスクールの全盛期の時代。

こんな不良が沢山いた。

今の時代ではダサい不良なのかもしれないが。


「手加減せんで…」


男はマニュアル通りに指の骨をポキポキならしながら言う。


「誰が手加減してくれゆーたんや」


関口はニヤリと笑っていた。


私はその二人を見ながらクスリと笑ってしまった。

それに男は気付く。


「お前、何笑ってんねん」


そう言いながら私へ視線を向けた。


「お前、さっきからムカつくな…。お前が一番強いんかい…」


そう言いながら関口を避けて私の前に立つ。


「おい…」


関口が私と男の間に入ろうとするのを私は手で止めた。

もうやるしかないと思っていた。


「どうしても喧嘩したいなら相手するわ…」


私はそう言って顔を上げた。


「格好ええのお…」


男はそう言いながら、二人の仲間のところまで戻る。


良く喋る奴ほど、そんなに強くない。

それは今までの経験から知り得た事だった。


男は振り返って、


「来いよ…。思いっ切り後悔させたるからからよ…」


そう言った。


本当に良く喋る奴だ。

私がそう思いながら顔を上げると、向こうから自転車に乗ってパーカーを被った男が来るのが見えた。


この暑いのに何でパーカー被ってるんだろう。


ふと気付くと自転車の男はスピードを上げて私たちの方へと走って来た。


ん…。

あれは…。


私は目を細める。


次の瞬間、パーカーの男は自転車を飛び降りた。

自転車はそのまま、三人の男たちに突っ込んだ。


「痛、お前何してんねん」


と三人の男たちは大声で、パーカーの男に文句を言う。


パーカーの男は小走りにやって来た。


「悪い悪い、ちょっとしょんべんしたくてよ」


そう言いながら、石垣に向かって小便をした。


「F…」


私はパーカーの男がFである事に気付いた。

多分関口も同時に気付いた筈だった。


「お前、ふざけんなよ」


と三人の男が小便をするFに詰め寄ろうとする。


「おいおい。お前らの相手はこっちやろ」


と関口がそのリーダー格の男の肩を掴んだ。


「うるさい」


と関口の手を振り払う。


「アイツやったら、お前やったるからよ。待っとけや」


関口はしっかりとその男の肩を掴んでいる。

Fは立小便をしながら片手を上げて、


「ちょっと待っとけや…。せっかちやのお」


と笑いながら言う。


何度もFと一緒に喧嘩をしたが、いつもこんな感じでとぼけている。

これで相手を怒らせる事も拍子抜けさせる事もある。


私は可笑しくなり、笑ってしまった。

これでこの喧嘩もFのパターンになる。

この辺りは天才的だった。


リーダー格の男は、笑ってる私を見て、関口を押し飛ばすと私の方に歩いて来た。


「お前さっきから、舐めとんのか…」


と私のシャツの襟を掴む。


「ごめんごめん。しょんべん漏れそうでよ…」


と言いながらFは私の方へと歩いて来る。

そして、


「あ、始めてええで」


と、走り出し、私のシャツを掴んでいる男に飛び蹴り。

よろけたその男の腹に偶然私の膝が入る。


「お前ら」


リーダー格の男は声を荒げて腹を押さえながら振り返る。


「何やねん。ちょうど三対三やん。これで五分やで」


Fはニヤリと笑ってその男を見る。


「お前、顔も見せんと偉そうやの…」


男はゆっくりとFの傍に行き、Fのパーカーのフードを取った。


「え…」


「え…」


私と関口はほぼ同時にFを見て声を発した。

パーカーの下には丸坊主で綺麗に剃り上げたFの光る頭があった。


マジか…。


いつもしっかりとヘアスタイルを決めるFが丸坊主。

しかも綺麗に剃り上げるなんて想像もしてなかった。


私と関口は顔を見合わせて、笑いを堪えていた。

しかし、堪えるにも限界があって、大声を上げて笑ってしまった。


「どう言う事やねん。新しいギャグか」


関口はFを指差して笑い始めた。


Fは既に二人相手に喧嘩を始めている。


「うるさい。お前らも一緒にやったろか」


そう言うと二人を殴るのを止めて、私と関口の方へと歩いて来る。


「おぅおぅおぅ。とりあえず片付けようか」


関口はそう言い、Fの後ろに迫る男に蹴りを入れた。


リーダー格の男が二人の男を止める。


「もうお前らえーわ。俺がやる」


そう言ってFと関口の前に立つ。


「おい、お前、俺とタイマン張れや」


と、その男はFを睨み付けて言う。


Fはゆっくりと関口より前に出ながら、


「タイマン…」


「ああ、そうや…。タイマンや」


するとFは振り返って関口と私をじっと見る。


「タイマンやってよ…」


真剣な表情でそう言う丸坊主のFを見て、私と関口は笑ってしまった。


Fはまたその男を見ると、ゆっくりと歩き出した。


「タイマン、タイマンってよ…。じゃあ今までのはなんやったんや…」


Fはその男に蹴りを入れる。


「なあ、何やってん…。準備運動か…」


そう言うとまた蹴りを入れる。

男はその度に後ろに下がって行く。


そんなFの後ろ姿を見ながら私と関口はクスクス笑っていた。


そして倒れた自転車の傍までそのリーダー格の男を追い詰めたFは、その男の襟を掴んで、地面に転がした。


「何処の田舎モンやねん…。ここいらで俺らに喧嘩売る奴なんて一人もおらんぞ」


男はゆっくりと立ち上がって、今度はFに掴み掛った。


「俺の親父、ヤクザやぞ…。それでもやんのか」


リーダー格の男はFのパーカーの襟元を掴んで言う。


するとFはそのまま目を閉じた。


「何、目閉じてんねん…。舐めとんのか」


男が言う。

するとFは目を開けて、その男の手首を掴んだ。

そしてその腕を捩じ上げる様に解いて行く。


「お前の親父はヤクザちゃうな…。塗装屋かな…。しかももう死んでるな…」


Fは小声でその男に言った。


そのFの言葉にその男の腕から力が抜けたのを私は見た。

Fはその瞬間にその男を柔道技で投げた。


「どうなってるねん…」


関口は不思議そうに投げられた男を見ていたが、私にはわかった。

Fは祖父の所へ行き、自分の力を高めて帰ってきた様だった。


男はゆっくりと身体を起こしながら、じっとFを睨んでいる。


「お前…」


そう言いながら立ち上がった。


「俺の事知ってんのかよ」


Fは少し空を仰いで、


「ああ…、知らんな。今日初めて会ったし」


そう言って笑っていた。


正直、Fと一緒に何度も喧嘩をした。

しかし、Fはいつもこんな調子で相手にしてみると拍子抜けする様な事をする。

しかし、幼い頃から空手や柔道、合気道なんかをやっていた事もあり、喧嘩もかなり強い。


「ふざけんなよ。じゃあなんで俺の親父の事なんて知ってるねん」


男はFに再び掴みかかる。

私はその瞬間、間に立ち二人の肩に手を添えた。


「もう止めとけ…」


私は男の方を向いて顔を覗き込んだ。


「俺らは別に喧嘩したい訳じゃない。それに…」


二人は掴み合った手を下した。


「お前はこいつには勝てん」


男は私の顔を見て、不服そうな顔をした。

自分でもFに勝てない事はわかっていたのだろう。


そこに関口もやって来て、男とFの肩を叩く。


「まあ、コーヒーでも飲もうや」


そう言いながら、元居た場所へ向かって歩き出した。

少し離れた所に立っていた二人にも同じ様に言うと二人の背中を押しながら歩いて行った。


「俺らも行こう」


私はそう言うと、Fと男の背中を押してベンチに向かった。


Fの剃り上げた頭に夏の太陽が反射しているのがおかしくて笑っていた記憶がある。






Fはハンドルの歪んだ自転車を押して、ベンチの傍に止めた。


パチンコに勝っているという関口は缶コーヒーを買い、ベンチへと戻って来る。


「ほら、飲めや」


と買ってきた缶コーヒーをベンチの端に立てた。

みんなはそれぞれに礼を言いながらその缶コーヒーを手に取った。


喧嘩した後はやたらと口が乾く。


私も一本取り、口の渇きを潤した。

Fは男と缶コーヒーで一方的で意味のない乾杯をしている。


「あいつの親父ってヤクザじゃないんか」


男の仲間の一人が関口に訊く。

関口はタバコに火をつけながらじっとその男を見た。


「どうやろうな…」


関口の言葉に二人の男は小声で話し始める。


「ヤクザやって言うから、仲良くしてたのによ」


そんな声が私にも聞こえた。

私は缶コーヒーをベンチに立てて、


「ヤクザの息子じゃなければ友達じゃないんか…」


そう訊いた。

それと同時に二人は私の方を見る。


「なぁ、ヤクザの息子じゃなければ友達じゃないんかって訊いてる…」


二人は小声で話しながら頷いた。


「俺ら帰るわ…。何か騙された感、満載やわ」


そう言いながら二人は駅の方へと歩き出した。


その言葉はFと座って話をしている男にも聞こえた様だった。


私はその男の表情を見る。

缶コーヒーを握りしめて、眼下に広がる池をじっと見ていた。


私はその男の表情を見て、我慢出来ずに立ち去ろうとしている二人の背中に言う。


「そんなモンか…。お前らの関係ってよ」


「もうええって…」


Fの傍に座る男は私に声を上げる。


「俺らなら、こいつらが女でも宇宙人でも仲間って意識は変わらんけどな」


私は二人の背中に言った。

しかし二人はそのまま駅へと歩いて行った。


私は溜息を吐いてベンチに座った。


「すまんな…」


Fは男の肩を叩いた。


「ああ、ええよ。嘘ついたんは俺やし」


男は缶コーヒーを飲み干して、俯いていた。


「どうせ学校も辞めようと思ってたし、ちょうどええわ」


男は顔を上げて力なく笑っていた。


「学校辞めんの…」


関口は立ち上がって言うが、また座った。


この男は中国籍で本当はリンと言うそうだが、日本名は林田。


「親父はヤクザだ」


と言い虚勢を張っていたらしい。

それが嘘だとわかるとこの男の立場は一変する可能性もある。


「まあ、それもええんちゃうか…」


Fは立ち上がると、思い出した様にパーカーのフードを被った。

そしてポケットからタバコを取り出して咥えると池の手摺に寄りかかり火をつけた。


「虐めてた奴が虐められる側に回る事もあるからな…」


私はFと林田を交互に見た。


「何でそんなに俺の心配するねん…。お前らに喧嘩売ったばっかりやのに」


林田は缶コーヒーを飲み干した。

それを聞いてFは林田に背を向け、緑色の水草の浮いた池を見る。


「あほか。俺らは喧嘩売られたなんて思ってないわ。単なる遊びや。誰も怪我してないしな」


そう言うとまた振り返る。


林田はクスリと笑って、視線を落とし、


「何か、俺ってガキやなぁ…。お前ら大人やわ…」


そう言うと立ち上がり、Fに歩み寄る。


「何か悪かったな…。すまん」


林田はFに、そして私と関口にも頭を下げた。

そして空き缶を自販機の横のごみ箱に入れると、駅に向かって歩き出した。


「あいつらにも謝ってみるわ…」


そう言った。

そして少し歩くと立ち止まり、振り返った。


「なあ」


Fはその声にタバコを足元に捨てて爪先で踏んだ。


「俺の親父、死んでるんか…」


林田はそう訊いた。


私はFをじっと見る。

Fはゆっくりと歩き出し私たちの座るベンチの傍に立つ。

Fは言葉を選びながら頷いた。


「お前の後ろにずっと立ってるねん…。服がペンキで汚れてるから塗装屋かと思ったんやけど…」


林田は不思議そうな表情をして、Fに視線を移す。


「お前、そんなんわかる奴か…」


Fは私の肩を叩き、


「俺とこいつはな…」


と言う。


林田は目を伏せて笑った。


「気持ち悪い奴らやな…」


林田の親父はFが言う様に塗装屋だったらしい。

ヤクザってのも全くの嘘ではなく、それっぽい連中とも付き合いがあったようだ。

そして林田が小学生の時に家を出て、それ以来帰って来なかったらしく、今、何処で何をしているかは林田も知らなかった様だった。


「そうか…。親父、死んでもたんか…」


林田は一瞬、寂しそうな何とも言えない表情を浮かべた様に見えた。


「ごめんな…。ありがとう」


林田はそう言って歩き出す。


「俺らいつもこの辺におるから。良かったらまた来いや」


Fは林田の背中にそう言った。


林田は後ろ手に手を振ってそのまま駅の方へと歩いて行った。






私たちはこの時、この林田とも長い付き合いになる事を想像しなかった。


高校二年の夏だったか…。


後になって聞いたのだが、林田はその後、学校へは行かず、そのまま退学した様だった。






腹が減ったと言うFと一緒に安い中華屋へ三人で行った。

餃子を三人でどれだけ食えるか挑戦するとFが言い出し、餃子だけを頼み、三人でひたすら餃子を食べた記憶がある。

今ならばビールと餃子という事になるのだろうが、酒の味を知らない私たちはコーラで餃子を流し込む。


「しかし、何で頭丸めたんや…」


関口は熱い餃子を口に入れ、目を白黒させながらFに訊く。

Fも同じ様に餃子を口に入れてそれを冷えたコーラで流し込む。


「爺さんがよ、お前の本気見せろって言うからよ」


と言いながら蛍光灯で光る頭を叩く。

ペチペチと音を立ててFは笑っていた。


「で、何か収穫はあったのか」


私の問いにFは頷き、にやりと笑う。


「これでセキの女んちも何とかなるわ…」


Fは餃子を口に入れながら言った。


「しかし、餃子って美味いけど飽きるな」


当たり前だろう…。


先に箸を置いていた私はその言葉に苦笑し、温くなったコーラを飲んだ。


「林田の親父…。お前にも見えたんか」


関口は私の方を見て訊いた。


私には見えていない。

Fはそれをしっかりと見ていたのだ。

それ程に力を付けて帰って来たと言っても過言では無いだろう。


私はゆっくりと首を横に振った。

それを見てFは箸を置いた。


「何かよ…」


そう言うとコーラを飲む。


「あいつの後ろに立つ親父の表情見てると、殴れんくてよ…」


その言葉に関口も箸を止める。


「あいつの親父はあいつの事だけが心残りで死んだんやと思うねん。あいつがグレて行く事や、「自分の親父がヤクザや」とか言う事が嫌やったんやろうな…」


Fは皿に残った餃子を箸の先で突きながら静かに言った。


私と関口はその言葉に頷くだけだった。


力が強くなったFは、今までよりもっと人の苦しみなどを感じる様になったのだろうと、私は思った。


Fが一度、私に言った事がある。


「俺らの力って諸刃の剣でな、見える、感じるってのは無視出来んモンが増えるって事や。だから精神的に強くならんといかんって思うねん。何を見ても無視しとけば簡単やねんけど、親しい奴が困ってたら簡単に無視出来へんやろ。そうなるとそれを何とかしてやるために俺らが強くならなあかんやろ。そのために出来る事はやってやりたいしな…。お前もいつかそれで苦しむ事があるかもしれん。そん時は俺に言えよ。お前が極力苦しまんで済む様にするから…」


それをFは高校生で言い放っていた。

そんな覚悟が当時の私にある筈もなく…。


「とりあえず、セキの女の件やな」


Fはまた箸を持って餃子を口に入れた。


「お、おう…」


と関口も返事をして餃子を食べた。


「今度の休みにでも行くって連絡しといて…」


関口は口の中を餃子でいっぱいにしながら頷いた。


「わかった。和尚が行くって言っておくわ」


関口はそう言うとFのパーカーのフードを剥いだ。


「丸坊主もなかなかえーで。お前らもしてみんか」


私と関口は顔を見合わせ苦笑した。


「シャンプーもリンスもいらんし、髪型気にする必要もない。それに涼しいし」


Fはまた残った餃子を口に放り込んだ。







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