第六話 Fの苦悩の日






「これは困った事になったわ…。俺の手に負えんかもしれん…」


Fはその日、私の耳元でそう言った。

私が初めて頭を抱えたFを見た日の事だった。


小雨の降る夏の夜、私とFはその古い家の前で長い時間立っていた気がする。






関口。

Fと私の共通の友人なのだが、この男は私とFを繋いでくれた友人でもある。


ある夏の日、Fと二人、喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら時間を無駄に浪費していた。

ある夏の日と言えばその日だけかと思われるかもしれないが、若い頃なんて毎日がそんな感じで、昨日も会って話をしたのに、何にもする事が無くても、毎日毎日、水みたいに薄いアイスコーヒーを飲みながら何時間も喫茶店で過ごしたモノだ。


ふと顔を上げると喫茶店の外に、関口が立っているのが見えた。


「やっぱ、此処に居ったんか」


と関口も意気揚々と入って来て、一人だけランチを頼む。

この関口は高校生の癖にパチンカーで結構金を持っている。

私もFも関口にどれだけ飯を食わせてもらったか、わからない。

この日も関口が来るのを待って飯を食おうとしていたのだろう。

そんな日が多くて、よく覚えていないのだが…。


関口は当たり前の様にFのタバコを一本抜いて、吸い始める。


「お前ら飯まだやろ」


と煙を吐きながら私とFのランチも注文してくれた。

しかし、何かいつもと関口の様子が違う。

いつもより上機嫌だった。


「何、何か、お前今日ちょっと違うな。大勝ちしたんか」


Fが関口に訊くと、関口は身を乗り出して顔を寄せろと合図した。

私とFは関口に顔を寄せると、


「彼女出来た」


と一言。


え…。

関口に彼女…。


私とFは顔を見合わせて固まった。


話を聞くと、どうやらいつものパチンコ屋で知り合った年上の彼女らしく、夏休みの間、ずっとパチンコ屋で顔を合わせていたらしく、仲良くなり、付き合う事になったと言う。


考えてみるとパチンコ屋で知り合った二人だ。

ずっとパチンコをしているだけの関係で間違いない。

今で言うパチンカスカップルである。


「その彼女は…」


私が届いたランチを食べながら訊くと、


「ああ、朝から出てるから飯も食わずに打ってる」


と関口。

どうやら一緒に飯に行こうと誘ったらしいが、彼女は台の前から動かず、ずっとパチンコを続けているらしい。


「お前、紹介しろや…。お前の彼女の友達」


Fは関口の腕をバンバン殴りながら言う。


「わかってるがな…。もう少し待てや。もう話はしてるし」


と関口はニヤニヤ笑いながら言ってた。


とりあえず、ランチの後のコーヒーを飲んで、三人で関口の彼女に会いにパチンコ屋に行く事になった。


パチンコ屋の駐輪場には関口の下品な原付が止めてあり、その脇を通りながらパチンコ屋に入ると、スロットのコーナーで一人ドル箱を積んでいる関口の彼女が見えた。


「アレか…」


私は関口を肘で突きながら訊くと、嬉しそうに歯を見せて笑っている。

当時はスロットも良く出ていて、関口の彼女はその日は軽く十万円は勝っていた記憶がある。


Fは甘い缶コーヒーを飲みながら遠巻きにその彼女を見ている。

どうもFの表情が冴えない。

もしかすると知り合いなのだろうかと私は思った。


「知り合いか…」


私はうるさい店内でFに訊いた。

Fは首を横に振り、私と関口を引っ張って店の外に出た。


そして店の外でタバコに火をつける。


「何やねん。あんまり可愛いからビビったんか」


と関口は笑いながら言う。


Fは眉を小指で掻きながら、


「あの子、後でさっきの喫茶店に連れて来て」


とFは言って歩き出した。


私は、そのFの様子に眉を寄せてFと一緒に喫茶店に戻る事にした。


「ええけど、出ん様になるまで打つと思うで」


と関口は大声で言ってた。

Fは手を上げて、歩き出す。

どうやらしばらく待つ様子だった。


しかし、結局、関口が彼女を連れて喫茶店に来たのはその一時間くらい後で、私とFは入口から入って来る二人をじっと見ていた。

私とFの視線が気になったのか、関口の彼女はFの事をじっと睨む様に見ていた。


「何なん…。眼つき悪いな…」


確か、関口の彼女に最初に言われた言葉はそんな言葉だった。

まあ、初めて会う年下の男に喫茶店に呼び出されたって事も手伝って、最初のイメージは悪かったと思う。


私もFに前もって話を聞いておけばよかったのだが、どうにもFが黙り込んでいる事もあり、何故呼び出したのかも聞いていなかった。


関口の彼女は少し遅い昼飯を食べながら、ようやく私たちの会話に馴染んで来た様子だった。


年齢は三つ程上で、少し遠くから毎日、この辺りまでパチンコに来ている様子だった。


「やっぱ車やな…。車あると行動範囲広がるな」


なんて関口は言いながら、タバコを吹かしていた。

確かに私とFは基本的には自転車やバス、電車。

関口は原付。

行って行けない事は無いが、遠くに行こうという思考にはならなかった。

その関口の彼女も免許を取ったばかりで、二つ上の姉貴のお下がりの軽四に乗っていると言う。


関口がトイレに立った。

するとFはその彼女に、


「ちょっと足見せて」


と言う。


私はあまりに突然な言葉に眉を寄せた。

彼女はショートパンツにハイソックス、タンクトップ姿で露出も高めだった。


「何で」


と彼女は怪訝な顔をする。


何かあるのか…。


と私は思い、Fの横顔をじっと見ていた。

すると彼女は左足のハイソックスを下ろして足を見せる。


「私の事、エロい目で見てるん」


と彼女は言う。


私も初めはそうかと思った。

しかし、Fはどうやら違っていた。

彼女は足を上げて、Fの前に出した。

一見、よくわからなかったのだが、彼女のアキレス腱の上辺りに痣の様なモノが見えた。


Fはその彼女の足を見て頷く。

するとそこに関口が帰って来た。


「おいおい、お前ら、人の女に何してんねん」


と言いながら彼女の横に座った。


Fはテーブルの上のタバコを取ると、


「〇〇ちゃんさ、左足悪いやろ…」


と言い始めた。


左足…。


彼女はコクリと頷いた。

中学時代に陸上をやっていたらしく、左だけ捻挫したり骨折したりとトラブルが続き、高校では陸上部には入らず、他の部活のマネージャーをやったと言っていた。


「何でわかるん…」


と彼女は不思議そうに訊く。


Fはタバコを吹かしながら、


「因みにお姉ちゃんも足悪いよな」


彼女はその言葉に、目を丸くしていた。

確かに彼女の姉貴は右足が悪い様で、彼女と同じ様な痣が右足の後ろにあると言う。


「その痣な、消える痣やで…」


とFは椅子の上に上げた足の後ろに見える彼女の痣を指差して言う。


私はその彼女の痣をじっと見た。

よく見ると何かに掴まれたような痣で、丁度、四本の指の痕の様にも見えた。


「えー、何、ちょっとキモイんやけど…」


と彼女は言い始めた。


そこで関口がFの事を説明した。

すると彼女は身を乗り出してくる。

彼女からしてみると、どう見ても不良にしか見えない高校生が怪異的な話をして来るのはかなり不思議な状況だったと思う。


Fは身を乗り出し、じっと関口の彼女の目を見る。


「な、何よ…」


と彼女は身を引いて椅子の背もたれに背中を付けた。

当時流行っていたベネトンの派手なデザインの服を着ていた彼女だったが、その攻撃的なイメージとは裏腹に、関口に助けを求める様な表情をしていた。


「家、引っ越したのっていつ頃」


Fは突然、彼女に訊く。

勿論、引っ越した話など一度も聞いていないし、関口も知らなかった様子で、Fと彼女を交互に見ていた。


「あ、家は私が中学入った時やから、七年か八年前かな…。てか、何で知ってんの…」


彼女の親父さんは石屋らしく、墓石を主に作っているという。

爺さんの代からの家業で、家に隣接する工房で毎日石を削っているらしい。


「何、うちの家、何かマズイん…」


彼女は心配そうにFに訊く。


「それはちょっと、今はわからんけど…」


Fはニコニコ笑いながら彼女に答えた。


「何よ…。ちょっと気持ち悪い」


彼女は墓石屋の娘にしては、Fに対しての拒絶の強い人で、家相の事を出入りする寺の住職などからも一度も言われた事が無いと言って、怪異については信じていない様だった。


「近いうちに家行ってええかな」


Fはそう言う。

彼女は怪訝な顔をしながら、頷いた。


その日は、関口と彼女は買い物に行くと言うので、そこで別れた。






確か、盆を挟んで、Fから連絡があり、


「セキのオンナの家行くから空いてるか」


と電話が来た。

私は朝からFと会い、いつもの喫茶店で合流した。

夏の重い空気のどんよりと曇った日だった。

今にも降り出しそうな空を喫茶店の窓から何度も見た。


「三時に待ち合わせやから、それまで此処で時間潰そうか…」


とFは言う。

三時に待ち合わせなら、その時間に来ればよかった。


すると昼過ぎに関口がやって来た。

関口の話を聞くと、そこから車で約四十分走るらしい。

関口の彼女は毎日、その距離を車で走ってパチンコを打ちに来ている。

何ともご苦労な事だ。

それ程にこの近辺の方がパチンコは出るらしい。


すると、表に当時のヤンキーが好んで乗っていたセドリックが停まった。

この車は、造園業をやっていた友人の親父の車で、その友人が咥えタバコで喫茶店に入って来た。


「お待たせ…」


と言いながら私の横に座った。

この友人は、学年は同じだったが、歳は一つ上で、もう免許も取り、いつもこのセドリックでやって来た。


四人でアイスコーヒーを飲み、Fが話しを始める。


「多分、セキの彼女の家に墓じまいした墓石がある筈やねん…。その石の中に、どうもマズイ石がある気がするねんな」


とFが言う。


以前に訊いた事がある。

以前墓石だった石を砕いて再利用する事もあるらしく、その石が庭に紛れてしまう事もあると言う。

そんな家は繁栄する事もあったり、良くない事があったりするらしく、結構念入りに読経したり、お祓いしたりするらしいのだが。


「要は、その処理的なモンが足らん石があるって事か…」


私が訊くと、Fは首を横に振った。


「多分、墓石を売ってるんやから、引き上げて来た石をそのまま置いてるんちゃうかと思う。お前の言う処理的な事はこれから…。もしくは、そのまま放置してあるって事やな」


私は関口ともう一人の友人と顔を見合わせて苦笑した。


「まあ、医者の不養生って奴やな…」


「石屋の…」


そう呟く様に言う関口の頭を私とFは叩いた。


「医者、ドクターな」


「ああ…。そっちか」


関口も納得した様子だった。

 





私たちは友人の車に乗り、関口の彼女の家に向かった。

携帯電話など無い時代、何度も公衆電話で関口に彼女に電話をして道を聞いた。

今はナビもあれば携帯電話もある。

そんなモノが無かった時代は電話で説明を聞き、目的地へと走っていた。

今より脳を使っていたのだろう。


「ちょっと、止めて…」


Fは突然、後部座席から身を乗り出して言う。

運転席の友人と助手席に座る関口は、じっとFを見ていた。


ああ…。

左手に見える山の方だ…。


私もそれを感じた。


Fは目を閉じて、少し考えていた。

そして左手の山の方を見て、


「あっちやわ…。あの山の方…」


と私が感じた方向を指差した。

Fは私の顔を見て頷く。

私がそれを感じている事に気付いたのかもしれない。


その関口の彼女の家まで伸びる一本道をゆっくりと走る。


不思議だった。

彼女の家が近付くに連れて、やたらと口の中が乾き、頭が重くなって行く。

少しこめかみを押さえていると、Fが私を見て歯を見せた。


「これは少し厄介かもしれんわ…」


Fは私の耳元でそう言う。


トタン板を白く塗った看板の様なモノが立っているのが見えた。

どうやら間違いない様だった。

関口が先に車を降りて、彼女の家を訪ねた。

直ぐに彼女が出て来て、家の庭に車を入れる様に誘導してくれた。


「来るな…。帰れ…」


庭に友人が車を停めたその時、私にははっきりとそう聞こえた。

横に乗っていたFも眉に皺を寄せ、険しい表情をしていた。

多分、Fにも聞こえたのだろう。


「聞こえたか…」


Fは私に言う。

私はFに頷いて、車を降りた。


その頃になるとFと何処かに行くと言う時には数珠を持ち歩く様になっていて、私はポケットから数珠を取り出して、左手にしっかりと握った。


しっかりと曇った空から大粒の雨が降り始める。

そして、用意されていたかの様に雷鳴が轟き始めた。


「かなり怒ってはるわ…」


Fは私の横に立って言う。


家はかなり古い家だった。

とりあえず私たちは家の中に通され、関口の彼女が淹れてくれたお茶を飲んだ。


土間があり、その土間から裏へ出れる様になっていた。

その奥がどうも私は気になり、じっと見ているとFが私の腕を引っ張る。

そして立ち上がると、


「ちょっと裏見せてな」


と私を連れて土間から裏へと出た。

裏には井戸があり、昔ながらの手押しのポンプが付いていた。

Fはそのポンプを何度か押し、水が出る事を確認していた。

私も手を翳すとその水がかなり冷たい事がわかった。


「来るな…。帰れ…」


その声がまた聞こえる。

私は井戸を見ている時に二度目が聞こえたのだが、Fにはずっと聞こえていたらしい。


私は左手に数珠を持って、Fの後ろを歩く。

雨も本降りになっていて、二人でシャツの肩を濡らしながら、家の軒に沿って歩いた。


「許さない…」


そんな声が聞こえる。


私はFの肩を叩いた。

Fは険しい表情で私を見て頷いた。

その時、私が左手に持っていた数珠が弾け飛ぶ様にコンクリートの床に散らばった。


後に何度か経験したのだが、数珠が切れたのを経験したのはこの日が初めてで、私は動揺して散らばった数珠の珠を拾った。


私は拾った珠をポケットに入れた。


雷鳴がどんどん近くなって来ている様子で、近くに落ちる雷の音に首を窄め、雨の中をFと歩く。


「許さない…」


またその声が聞こえる。


私には何処から聞こえているモノなのかわからなかったが、Fにはその場所の目処は付いている様だった。


突然、Fは雨の中を走り始め、工房の裏手に回った。

私もFの後を付いて走った。

するとそこにまた井戸があった。

しかし、変な井戸で、古そうな井戸と新しい井戸が少し離れた場所に二つあるのが見えた。


「なんじゃこりゃ…」


Fはその古い井戸を見て言う。

私とFはその古い井戸に近付く。

強い耳鳴りがした。

Fを見ると私と同じ様にこめかみを押さえている。


「帰れ…」


そんな声が耳鳴りに重なり聞こえる。


「言われんでも帰るわい…」


Fはそう言うとその井戸に被せてあった板を捲った。


完全に死んだ井戸だった。

特有の生臭い匂いとムッとする熱気の様なモノを感じた。

井戸の中を覗き込むが、暗くて中まで見えなかった。

しかしFは何かを感じたのだろう。

何度も頷いて捲った板を元に戻した。


「戻ろう…」


Fは呟く様に言うと、また雨の中を走り出した。


裏口から家の中に入ると、ずぶ濡れの私とFを見て、関口の彼女が、


「何やってんの…。ビショビショやん」


とタオルを持って来てくれた。


私たちは濡れたシャツと頭を拭いて、家の中に入った。


関口の彼女の話では、その家は爺さんが住んでいた家で、彼女の父もそこで仕事をしている様だった。


少し離れた場所に住んでいたが、高齢になった爺さんの面倒を見るために家族でその家に引っ越したらしい。


そんな話を聞いている間も私とFは無言だった。

かなり厄介な事に手を出してしまった事で胸の中に重く沈殿するモノを感じていた。


窓の外では稲妻が光っていた。

少し先も見えないような大雨はその庭に流れを作り、石で出来た階段を滝の如く変えていた。


「で、何かわかったん…」


彼女は心配そうな表情で、俯いているFの顔を覗き込む。

関口ともう一人の友人も同様に私とFを見ていた。


「この家、やたらと井戸があるんやけど…」


Fはテーブルの上のお菓子に手を伸ばした。


「石削るのって水結構使うねん…。だから石屋に井戸は必須…」


私はそれに納得して頷いた。


「水が枯れたら…」


「また新しい井戸を掘る…」


Fも納得した様だった。


「結構深く掘るから水も冷たいし…」


関口の彼女は立ち上がった。

そして切ったスイカを持って来た。


「だから井戸水に浸けとくだけでスイカも良く冷えるねん」


Fにはまだあの声が聞こえているのかもしれない。

頻りにこめかみを押さえていた。


確かに良く冷えたスイカだった。


彼女の母親が何処から帰って来たのか、庭に車が停まる。

そして小走りに家の中に入って来た。


見るからに不良の男四人が家に上がり込んで、スイカを食べている光景に絶句した様だった。


「いらっしゃい…。ゆっくりして行ってね」


と言いながら彼女の事を呼んでいた。


どうやらそろそろ帰った方が良さそうな雰囲気だった。


「そろそろ帰ろうか…」


と私はFに言う。

Fはいつもと違う、疲れた表情で頷いた。


私は関口に帰る事を彼女に伝えて来いと言い、立ち上がった。


すると彼女と彼女の母が奥から出て来て、


「スイカ持って帰り…」


と四つの大きなスイカを持ってやって来た。

そのスイカを受け取り、友人のセドリックのトランクに積み込んだ。


「ありがとうございます」


私は彼女の母にお礼を言った。

すると、Fはじっとその母の顔を見ていた。


「何、どうしたん…」


彼女はFの表情に気付いたのか、Fに声を掛ける。


雷鳴は遠退き、雨も小降りになって来た。


Fはゆっくりと彼女の母の前に立つ。


「お母さん、身体、大丈夫ですか…」


と突然言い始める。

流石にこれ以上はと思い、私は慌ててFを止めた。

Fも我に返り、笑顔を作った。


彼女の母は不思議そうにFを見ていたが、ニッコリと微笑んで、


「またゆっくり来てね…」


と頭を下げていた。


Fと私は車の乗り込んだ関口と友人を後目に、家の全貌が見える場所に立った。

その小雨の中で、私とFはその古い家をじっと見つめた。






帰りの車の中で、疲れ切ったFの表情を私はずっと見ていた。

こんなFを見たのは初めてだった。


ふと上着のポケットに手を入れると、裏庭で弾け飛んだ数珠が入っている事に気付いた。

私はその数珠を手に取り、じっと見ていた。


「お前の数珠では勝てんかったんやな…」


Fが呟く様に言う。

私は手に持った珠を見て微笑んだ。


「今度、数珠、プレゼントするわな。強力なやつ…」


私はその日、数珠にも力があり、単なるデザインで選ぶモノではない事を知った。


するとFが突然身体を起こして、助手席に座る関口の肩を掴んだ。


「セキ、はっきり言うぞ」


とFは関口の身体を揺さぶりながら話し始めた。


彼女の家はやはり、砕いた墓石に問題がある事、そして、その力は彼女の家の女性にのみ、何らかの害をもたらしている事、そしてそれは今のFには何の手出しも出来ない程の力がある事。


「それから、彼女のお母さん。近々入院しはる筈やから…」


Fはそう言った。

Fがそんな事を言うのは珍しかった。

あまり未来の事は口にしないFだったが、この時ははっきりとそう言った。


「やけど、約束するわ…。必ず何とかするから…」


Fはそう言うとまた後部座席に沈む様に背中を付けて、目を閉じた。






その日、私は自宅の前で、関口の彼女にもらった大きなスイカを抱えて降ろしてもらった。


「今日は塩、振っとけ…」


Fは車を降りる時に私にそう言った。


私はそんな事もあろうかと玄関に塩を置いて出て来た。

まあ、スイカを食べる時にも同じ塩を振るのだが…。






翌日、Fから電話が入った。

私はその電話で起こされて、私を呼びに来た妹に、


「青い犬がどうしたって…」


と言う。


「何、寝ぼけてんねん…」


と受話器を渡された。


「俺や、起きてるか…。もう昼やぞ」


Fは昨日の様子と違い、しっかりとした口調だった。


「あんな、今から爺さんとこ行って来るわ…」


Fはそう言った。


「今のままじゃ、あれにはどうも勝てる気せんしな…。色々と訊いて来るから、お前も心の準備して待っとけ…」


私は、何故か安堵した。これで大丈夫と思った。


「セキには色々と彼女にやってもらう事伝え溶いたから」


私は「わかった」とだけ答えた。


「強力な数珠、爺さんからもらって来るから」


Fはそう言うと電話を切った。


私は、切れた電話をじっと見ながら、微笑んだ。


Fは、もうすぐ終わる夏休みを、爺さんの寺で過ごす事にした様だった。







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