最終話 仲良くできない
「お待たせだよ! 二人とも!!!」
現川の声が響き渡る。
俺は安心してほっと息を吐き、勝利を確信してニヤリと笑った。
「あと少し遅かったらボコボコにされてた」
「これでもなるはや超特急で来たんだからね⁉」
腑抜けた会話にポカンと口を開いて固まる男たち。
「でも――助かった」
「うん、よかった」
現川がにひっと白い歯を見せて笑う。
それと同時に、現川の背後から黒服を着た、たくさんのガタイのいい男たちが出てきた。
「な、なんだこれはぁぁ⁉」
あっという間に形勢逆転。
少し遅れて、見知ったあの人たちも駆けつけた。
「遅くなって悪いな、冬ノ瀬」
「ごめんね~手間取っちゃって」
「そんなことないですよ、先輩」
そう、俺が到着を待っていたのは香住先輩率いる専属護衛部隊だった。
実は体育祭後、嫌な予感を同じく感じていた先輩に「何かあったらすぐに呼んで欲しい」と言われていたのだ。
ここまで心強い助っ人はそうそうないだろう。
「ってか、私の時と対応違くない⁉ 私には遅いって言ったくせに!!!」
「親しき中には冗談あり、って言うだろ?」
「親しき中にこそ礼儀があるべきでしょ! そこをないがしろにする人は、すぐに友達いなくなっちゃうよーだ!!」
ぷいっ、と拗ねる現川。
この状況にそんな現川のいつもの姿は、より安心感を与えてくれた。
「ってか小谷鳥ちゃん大丈夫⁉ 殴られてないよね⁉」
「大丈夫よ。さっきは少し危なかったけれど……みんなが来てくれたから、助かったわ。ありがとう」
「ふふっ、よかった!」
心底安心したように頬を緩ませる小谷鳥。
香住先輩はそんな小谷鳥の笑顔を見て安心したように胸を撫でおろし、「さて」と話を切り出す。
「私の可愛い後輩をいじめてくれたのは、どこの人ですかぁ~?」
護衛部隊が道を空け、そこを香住先輩が歩いていく。
香住先輩は普段温厚だ。――しかし、怒るときはとんでもない殺気を発する。
「っ!!! こ、これは違くて……」
「違う? 何がですか?」
「い、いや、そ、その……」
「ふふっ、覚悟、してくださいね?」
「そんなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
世の中には怒らせてはいけない人がいる。
それはまさに香住先輩だなと改めて思った。
その後、護衛部隊によってその場はおさめられた。
なんでも前々からこの町に不良グループが存在していることをよく思っていなかったらしく、今回の一件を機に香住先輩のお父さんが完全に根絶やしにするそうだ。
これぞ権力。いいな、権力者って。
坂東先輩に関しては、前々から起こしていた問題が明るみとなり、退学処分となったらしい。
俺としては、幹部であれほどデカい口を叩いておきながら、隠せていない小物感が好きになりつつあったのだが……まぁ、火種はないに越したことはない。
かくして、問題は解決し。
物語にするには随分とメリハリのない、日常が始まる――はずが。
「うん、これも美味しいわね」
「…………」
「冬ノ瀬君、たまにはスイーツも食べてみなさいよ。……はぁ、しょうがないわね。私が取ってきたショートケーキ、あげるから」
「いらないから!」
小谷鳥は残念そうに、差し出したショートケーキを自分の方に戻す。
「じゃあなんでそんなに不機嫌そうなのよ」
「そりゃ、なんでかスイパラに連れてこられてるからだろ。俺たち、別れたのに」
――あの事件の後。
「本当にごめんなさい。私が冬ノ瀬君を危険な目に遭わせてしまって」
頭を下げる小谷鳥。
小谷鳥の言葉には、深い謝罪と反省の意が込められていた。
「いいよ、別に。最終的に偽の恋人やることを受け入れたのは俺だし」
「で、でも……」
「それに、結果的に坂東先輩の脅威からは逃れられたんだし、よかったじゃん。結果オーライだよ」
「…………」
小谷鳥は納得していなさそうに俯いたまま言葉を探している。
そんな小谷鳥を見かねて俺は続けた。
「あと、そんなに申し訳ないと思うならさ、いつも通りいてくれよ。俺を罵ったっていいし、馬鹿にしたっていいからさ。そっちの方が、俺としては楽だし、楽しいから」
軽くそう言って見せると、数秒ののち、小谷鳥がはぁと嘆息した。
「……まさか、冬ノ瀬君に言いくるめられる日が来るとはね。想像もしてなかったわ」
「意外に俺って優しい男なんだぜ?」
「……そうね。別に意外ではないけど」
ぽつりと呟かれたその言葉は、ちゃんと俺に聞こえる声量で。
小谷鳥は小さく笑うと、いつも通り自身満ちた表情を浮かべた。
「とにかく、香住先輩たちのおかげで私たちの目標は達成された。そうよね?」
「そうだな。坂東先輩は二度と小谷鳥に関わらないだろ」
「ってことは、私たちの関係はこれで終わりってことね」
「……だな」
当然の流れだった。
別に意外でも何でもなかったし、きっとその話をするだろうと思っていた。
「不思議な感じだったわ。私が偽でも、同級生の男の子と恋人になるなんて」
「俺もだよ。しかもそれが小谷鳥とはな」
「ふふっ、一生の自慢にしていいわよ?」
「めっちゃ自慢するわ」
俺がこんなにも美人な子と付き合えたんだ。一生の自慢だ。
ま、性格は間違いなく最悪だったけど。でも、そこも含めて小谷鳥なのだ。
「別れる理由は私が適当にでっちあげておくわ」
「小谷鳥の適当は怖いな」
「信用ないわね……ま、私がフラれたってことにするわ」
「へぇ、意外だな。てっきり小谷鳥のことだから、自分がフッたってことにするのかと」
「そこまで私の性格は悪くないわ」
一応性格の悪さを自覚してるんだな。
「じゃ、そういうことだから」
「おう」
別れの時間がやってくる。
最初から決まっていたことだ。俺たちの関係はニセモノ。しょうがない。
でもやはり、ここ最近ずっと一緒にいたからこそ名残惜しさを感じていた。
きっとこれは恋愛感情ではない。だが他の全部だ。
今気づいた。俺はこんなにも、小谷鳥が気に入っていたのだ。
お互いに言葉を交わし、それを心地いいと思っていたのだ。
「(全く、俺も変な奴だな)」
ふっ、と笑みが零れる。
小谷鳥はそんな俺を見て小さく微笑み、俺に最後の言葉を告げた。
「本当にありがとう。冬ノ瀬君との時間は楽しかったわ。一生――忘れない」
小谷鳥は踵を返し、軽快な足音を鳴らして去っていったのだった。
――以上、回想終了。
「恋人じゃなくなったからって、未消化の罰ゲームを遂行しない理由にはならないでしょ?」
「細かいなぁ」
「細かいのは冬ノ瀬君よ」
不満げに頬を膨らませ、スイーツを口に放り入れる。
俺はそんな小谷鳥を見ながら、頬杖をついた。
「ま、いいけどさ別に。まだここら辺のスイパラ制覇してないし」
「あら、もしかしてスイパラに熱が入ってきた?」
「まぁな」
「ふふっ、悪くないわね」
どこか不満げにしながらも、俺は言葉の裏では嬉しかったのだ。
関係に名前はなくとも、その関係の行き着く先が見えていなくとも、それでもこうして話せることが楽しいのだ。
「(もしかすると、俺も小谷鳥と同じで素直じゃないのかもな。それか移ったか)」
スイーツを頬張る小谷鳥を横目に、ぼんやりと天井を眺める。
「次は現川も呼ぼうぜ。そろそろ呼ばないとキレられる」
「そうね、そうしましょう」
果たす義理なんて一つもない約束を交わす。
友達でも、恋人でも、クラスメイトでもない彼女。
それでも俺たちは、今日も呑気に会話に花を咲かせている。
完
―――あとがき―――
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
皆さんが読んでくれたおかげで、書きたいところまで書くことができました! 本当に感謝です!
近いうちにまた新しい連載を始めるので、ぜひ作者のフォローのほどよろしくお願いします!
では、また新しい物語でお会いしましょう!
本町かまくら
面倒な奴の告白を断る口実にたまたま通りかかった俺を彼氏とか言った美少女とは仲良くできません 本町かまくら @mutukiiiti14
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