第13話 体育祭②


 その後、つつがなく体育祭は行われていった。

 俺たちの学年種目である玉入れも無事終了。


「ぐへへ、みんなが玉入れに必死……ぐへへ!!!」


 現川の興奮状態だけは無事ではないが。

 

 昼休みを挟み、そして午後の部へ。

 白組優勢で、種目は三年の学年種目。


「香住先輩、夜見先輩やったれ~!!!!」


「頑張れ~」


 三年はクラス対抗リレーで、紅組である香住先輩と夜見先輩は同じクラス。

 夜見先輩は足が速いためアンカーを任されており、その前が香住先輩という並び。


「うわぁ~ごめ~ん。治史あとはお願い~」


「任せろ!!」


 眼鏡をくいっと直し、香住先輩からバトンを受け取る夜見先輩。

 現在先輩のクラスは三位。一位二位とは混戦状態だ。


 いつもアホで頼りない先輩だが、ここぞとばかりの脚力で走っていく。

 そしてなんと一位でゴールテープを切った。


「やっぱり先輩早いな」


「そりゃだって、元全国区の選手だからね!」


 夜見先輩は実は、中学時代陸上部で、全国大会に行ったことがあるのだ。

 俺は県どまりだったが、そこで夜見先輩を見た時は度肝を抜かれた。


 ま、今は勉強しないと将来が大変という事で陸上は辞めたそうだが。

 ブランクを感じさせないほどの快速だった。


「よぉし、これで紅組が白組を抜いたぞ!!!」


「この点差だと、勝負は最後のリレーか」


「夜見先輩出るし、応援しにいこっか!」


「そうだな」


 入場ゲートの方に行ってみる。

 すぐに夜見先輩を見つけたのだが、様子がおかしかった。


「お、おぉ冬ノ瀬」


「どうしたんですか?」


 やけに右足を気にしている。

 もしかして……。


「この人ね~、一位になったことに喜びすぎて足捻ったんだよ~」


「何してんですかほんと」


「こ、こんなはずじゃ……」


 この様子だと、さすがに出れそうにないな。


「もう補欠の人に言いました? 早くしないと、もう整列の時間に……」


「それがな、補欠の奴も……」


「喜びすぎて足捻ったんだよね~」


「アホしかいないのかここは」


 第一、喜びすぎて足捻るってどんな喜び方したんだ。

 嘆息していると、夜見先輩が俺の肩にポンと手を置く。


「なぁ冬ノ瀬、お前が出てくれないか?」


「……へ? いやいや、俺が出るとか無理ですよ。しかもアンカーですよね、代走必要なの」


「そうだ。でも冬ノ瀬ならいける。お前の走りを中学時代に見たことがあるが、かなり早かった。まるで原付みたいだった」


「速さの例に原付は弱いですよ」


「とにかく! 頼む! というか頼んだ!」


 真に迫った表情で頼み込んでくる夜見先輩。

 ただでさえ大一番のリレーで走るのは嫌なのに、一番注目の集まるアンカーなんて俺には……。


「無理ですよ。さすがにブランクが……」


『出場選手の整列をお願いします』


 まもなく競技が始まる。

 まずいな、このままだと夜見先輩が出ることになってしまう。


「とにかく、今は本部にこのことを伝えて――」


「紅組のアンカーは誰ですか?」



「「「こいつです」」」



「……は?」


「早く並んでください! もう入場ですよ!」


「……え?」


 いつの間にか香住先輩に着せられていたアンカーのゼッケン。

 三人に押し出されるような形で選手列の最後尾に並び、入場曲がかかると同時にそのまま入場させられた。


「(さ、最悪だ。なんでこんなことに……)」


 後ろを睨みかえると、ハンカチを片手に見送る三人。

 他人事すぎるだろ。


 深い溜息をつき、渋々と覚悟を決めていると隣の男がこれ見よがしに舌打ちしてきた。


「またお前かよ」


「……どうも」


 坂東先輩が俺を強く睨み、そっぽを向く。

 どうやら俺は、坂東先輩とも不思議な縁があるらしい。


 選手の入場が完了し、全選手が位置に着いた。


「よーい――パンッ!!!」


 スターターピストルの音で、リレーがスタートする。

 やはり体育祭最終種目であり、総合優勝がかかっているということで始まってから今日一番の盛り上がりを見せていた。


 そんな観客に反して、俺は一人必死に願う。


「(頼む、圧倒的に勝ってるか、圧倒的に負けててくれ……!)」


 組のアンカーとしてそれはあまりじゃないかと思うかもしれないが、急にアンカーにされた身にもなってほしい。

 これくらい祈るのは、罰当たりじゃないだろう。


 序盤は圧倒的に紅組が優勢だった。

 この調子で来てくれと願っていたが、なんとバトンパスのミスで差が一気に縮まり、逆に白組に差をつけられてしまった。

 

 そしてその均衡した状態でリレーは続いていき……。


「(やっぱり罰当たりだったか……)」


 そのままアンカーにバトンが渡ろうとしていた。

 もしここで俺が負けたら戦犯扱いになる。それだけは絶対に嫌だ。


 ごくりと唾を飲みこみ、バトンを待っていると坂東先輩が再び俺を睨んできた。


「絶対にお前には負けねぇからな」


 坂東先輩の言葉は、明らかにこのリレーだけを指してはいなかった。

 坂東先輩が少し早くバトンを受け取る。


 俺もバトンを受け取って、遂に最後の勝負が始まった。


「いけ紅組~!!!」


「坂東先輩ー!!!」


「白組負けんなぁぁぁ!!!!」


「いけぇぇぇぇぇ!!!!」


 地面を蹴って、どんどん加速していく。

 しかし、坂東先輩はやはりアンカーを任されるだけあって、かなりのスピードで俺の前を走っていた。


「(追いつけるか? いや、これはだいぶ……)」


 なかなか差が縮まらない。

 ここまでか、と諦めそうになっていたその時――



「頑張れ」



 ふと視界に入った、俺の偽彼女。 

 普段は俺を励ましたり、俺を肯定したりなんかしない。


 おまけに小谷鳥は敵チームだ。本来なら坂東先輩を応援しなきゃいけない。

 なのに俺を応援してきた。頑張れと言ってきた。


「(やってやるよ!!!)」


 突然力が湧いてきて、グングンと加速し坂東先輩に並ぶ。

 そして最後の直線のところで、俺は坂東先輩の一歩前に出て、ゴールテープを切った。


「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」



「優勝は、紅組~!!!!!!!!」


 そのアナウンスが響いたと同時に、体育祭一の大歓声に包まれたのだった。

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