第12話 体育祭①


 ――体育祭。


 高校行事の中でトップクラスの規模を誇る行事であり、年単位で見ればまず初めての祭りである。

 青春とはこのようなイベントに特に凝縮されており、楽しみにしている人も多い。


 今日は天候にも恵まれ、晴天での開催。

 暦上は徐々に夏へと移り変わっている中、その片鱗を感じさせるかのような日差しが頭上に降り注いでいた。


「うぉぉぉぉいっけぇぇぇ美奈子ちゃぁぁぁぁぁん!!!」


 隣で人目もはばからず叫ぶ現川。

 ちなみに美奈子ちゃんとは一年のバレー部でエース候補らしく、スタイルの良さから現川が唾をつけている女の子の一人だ。


「現川はよく人のためにそこまで応援できるな」


「誰かを応援するって言うのはいいんだよ! 自分の身を投じる度胸はないけど、勝負のハラハラ感を味わいたい……! そういう生ぬるい多くの見る専に愛されてる行為だしね!」


「お前全国のサポーターに謝れ」


 ※現川の個人的な意見です。


「俺たちの出る競技は……あと三つくらい後か」


「玉入れとか高二にもなってそんな……日本は強引に少子化対策してきたね! ぐへへ、最高だぁ!!!」


「もう黙れ」


 ツッコみが雑になってきたところで、一年の競技が終わる。

 結果は白組の勝利。俺たちは紅組で、少し点差をつけられてしまった。


「ふふふ、どうやら白組が優勢のようね」


「そ、その声は……小谷鳥ちゃん⁉」


「こんにちは、現川さん」


 見慣れた仁王立ちで俺の後ろに立っていたのは、勝ち誇った顔をした小谷鳥だった。

 白の鉢巻をビシッと巻いているし、紅組を煽ってきたのだから体育祭を十分に楽しんでいるみたいだ。


 まぁ見るからに勝負事好きそうだしな。


「うわぁぁ小谷鳥ちゃん!! 体操着姿も美しいねぇえへへ」


 素早く立ち上がり、現川が小谷鳥に抱き着く。


「現川さん、暑いわよ」


「暑くなってこその体育祭だってぇ~!」


 密着されて満更でもない様子の小谷鳥だったが、現川がこっそりと胸に手を伸ばそうとしたところを制されていた。

 美少女が美少女の胸を揉むというお決まりの展開を見てみたい気もしたが、それはまたのお楽しみという事にしておこう。


「冬ノ瀬君は何の競技に出る予定なのかしら?」


「俺は学年種目だけだな」


「あらそう。まぁそうね。体育祭という舞台は多くの人が注目しているわけだし、冬ノ瀬君の醜態を極力さらさないという面においてはその姿勢は素晴らしいわね。身の丈を知るとはこのことだわ」


「なんで俺が運動音痴の前提で話が進んでるんだ?」


「だってそうでしょう? 運動、できないでしょう?」


「できるっつーの。こう見えて俺、中学時代陸上部のエースだったから。南中のチーターって呼ばれてたから」


「なるほど、冬ノ瀬君の頭の残念さは中学からなのね。可哀そうに。それ、バカにされているのよ」


「ほんとに速かったんだよ」


「信じがたいわね」


 小谷鳥は俺が何かに秀でていることを認めたくないらしい。

 こう見えて、俺、結構ハイスペックなんだぞ? やればできる子すんごい子。


「小谷鳥ちゃんは何に出るの?」


「学年種目と、借り物競争よ」


「よく人のこと言えたな。ほぼ俺と変わらないじゃんか」


「だいぶ違うわ。だって私は借り物競争に出るもの」


「あれ運動って言わないから。体育祭において最も体育してないから」


「うるさいわね。運動は好きじゃないのよ」


「さっき俺を死ぬほど罵倒してた奴とは思えない発言だな」


「私はいいの」


「……現川さん、どう思いますか?」


「最高!!!」


「推し補正入ってた……」


 小谷鳥に関しての小谷鳥の意見は参考にならないな。

 そうこうしているうちに次の種目が始まっていた。


「じゃあ私、もうスタンバイしなきゃいけないから」


「おう。くれぐれも『好きな人』とかベタなやつ引くなよ」


「分かってるわよ」


「そしたら私を連れて行ってね!!!」


「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくわ」


「気持ちだけ⁉ まぁいっか!!」


 ツンとした表情で去っていく小谷鳥。

 

 嫌な予感がしているが、まさかそんなベタなことあるわけないですよね……?


 …………。


 ……。



「冬ノ瀬君、早く来なさい」



「どうなってんだよマジで」


 紙を握りしめた小谷鳥が俺の前にやってきた。

 生徒全員の視線が、むろん小谷鳥と俺に注がれる。


「早く来て。あなた、私の彼氏でしょ?」


「ま、まぁそうだけど」


「ほら、黙って来る」


 まるで連行されるような気分だ。何も悪いことはしていないのに。

 小走りの小谷鳥に連れられ、ゴールテープを切る。


 観客は大いに沸き、今までで一番の歓声が上がった。


「はぁ、まさかほんとにこれを引くとはね」


 紙にはもちろん『好きな人』と書かれている。


「まぁいいけどさ、別に。よかったな、俺と付き合ってて」


「そうね。もし私が冬ノ瀬君と出会う前にこれを引いていたら一生ゴールすることはできなかったわ」


「そしたら俺にしたみたいに、近くの奴引っ張り出したんじゃないか?」


 思えばたまたま通りかかった俺を彼氏と急に言ってのけたのだ。

 状況としてはそこまで今と変わらない。


「さすがにできないわよ」


「なんでだよ」


「さしもの私でも、体育祭程度のために面倒ごとを起こさないわ」


「面倒ごとっていう認識はあったんだな」


「当たり前よ。普通の神経でやってたら、さすがにヤバい女じゃない」


「実行してる時点で十分ヤバい女だけどな」


 そこに関しては引き下がれない。

 断固としてその意思を示そうと身構えていたのだが、小谷鳥は俯いてぽつりと呟いた。



「……それに、別に私適当に相手を選んだわけじゃないのよ」



 予想外の言葉に、言葉が詰まる。


「え?」


「ふんっ! そろそろ退場よ」


「お、おう」


 俺なんてお構いなしに退場ゲートに向かう小谷鳥。

 不意打ちを食らってしまったが、少し時間が経って笑えてきていた。


「なんだよ、あいつ」


 やっぱり、これだから小谷鳥という奴は憎めない。

 

 そんなことを思いながら、小谷鳥の背中を足早に追った。



―――あとがき―――


ちなみに僕は、リヴァプールサポーターであり、川崎サポーターです。

スポーツ観戦LOVE♡

 

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