第6話 殺すモノ、殺されるモノ

 意識が薄れゆき、視界も狭まってきた。

 背中と胸の傷から、血と一緒に命が流れていく。

 新米探索者、坂木原キイの最後の風景は、ダンジョンの天井になりそうだった。


『――助かりたいか?』


 死にかけていたキイの頭に、そんな声が響いてきた。

 そりゃ助かりたい。

 けれど、受けたのは致命傷だ。

 このままだと死ぬ。

 助かりたい、けれど声が出せない。出すだけの体力も尽きていた。

 すると。


『――声も出ないか。問いを変えよう。死にたいか死にたくないか。それだけを答えよ』


 死にたく、ない。

 キイは即答した。

 声の主が何者かは分からないが、この際助けてもらえるなら何でもいい。

 藁にも縋る思いで、キイは生きたいと願った。


『――よかろう。助けてやる。ただし――』


 声が言う。

 ああ、やはり条件付きか。

 そりゃあそうだろうけれど、命を救ってくれるなら出来ることはやろう、とキイは覚悟を決めた。




 探索者協会の掲示板の前で、相棒の引田フミカが急に足を止めた。


「いてっ!?」


 そのせいで、後ろを歩いていた西郷アランは彼女の背中にぶつかった。

 大したダメージはないが、痛いモノは痛い。

 文句を言おうとしたが、当のフミカはまだ呆然と突っ立っている。

 普段ならぶつかったアランに文句を言うはずだ。例えフミカが悪くても言う。

 彼女はそういう性格だ。


「――嘘」


 フミカは小さく呟いた。


「どうしたフミカ?」

「アレ、見て。掲示板に立ってる子……」


 アランはフミカの視線の先を追った。

 まばらに立つ探索者達の中に、一人の少女がいた。

 防具も真新しい、新米っぽい探索者だ。

 髪をポニーテールにまとめた、戦士系。

 アランはギョッとした。

 少女の名前は坂木原キイ。

 この場にいるはずがない少女が、そこにいた。


「……嘘だろ。人違いじゃ……いや、ないよな。二人揃ってってこともねえだろうし、装備もそのままだ。あの子で間違いない」

「どうする?」


 すす……と二人は不自然にならないように、掲示板から離れた。

 しかし、キイからは目を離さない。

 逃がす訳にはいかなかったからだ。


「声掛ける訳にもいかねえだろ。様子見だ。ダンジョンに向かうならよし、家に帰るなら……」

「覚悟を決めるしかないわね……」


 坂木原キイは気に入った依頼がなかったのか、少しだけ不満そうな顔をして、ダンジョンに向かった。

 アランとフミカは互いの視線で頷き合い、キイを追った。


 西郷アラン、引田フミカ。

 二人はいわゆる、初心者狩りである。

 ダンジョン内でソロで活動している初心者探索者に声を掛け、先輩としてアドバイスをする。

 初心者は大抵、モンスター相手に苦戦しているので、声を掛けるのは難しくない。

 女性探索者の場合、男複数人だと警戒されることもあるが、フミカが同性であることが油断を誘っていた。

 そうして、自分達と一時的にパーティーを組むよう提案し、人気のないところに誘い込んで殺す。

 装備や所持金を奪い、手早く立ち去る。

 二人は人型モンスターが多く出現する場所を、殺害場所に選んでいた。

 死体は、モンスターが処理してくれるのだ。

 最初の頃は、もっと慎重だった。

 標的となる初心者探索者の下調べも入念だったし、襲撃後も確実に死んでいることを確かめていた。

 慣れてきたこともあるが、何より彼らが終わっていたのは、初心者狩りの目的が、いつの間にか装備や金品の強奪から、初心者を殺すことになっていたことであった。

 アランは襲った相手の指を切り、持ち帰ることが趣味になっていた。


「猟奇殺人犯みたいだろ?」


 とフミカに冗談めかして笑っていたが、みたいではなく彼は完全に猟奇殺人犯である。




 アランとフミカが石造りのダンジョンの角を曲がると、そこは袋小路になっていた。


「こんにちは」


 待ち構えていた坂木原キイが、二人に声を掛けてきた。


「!?」

「――西郷アランさんと引田フミカさん、だったよね。この間はお世話になりました」


 アランは剣を抜いた。

 魔術師のフミカも、杖を構える。


「どうやって、助かった」


 アランの問いに、キイは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「それを、教えると思う?」

「何でもいいでしょ。殺し直せばいいだけの話よ。二度手間になっただけ」


 フミカの杖の尖端に、火炎球が浮かび上がる。


「それもそうだな」


 アランも剣を構え、腰を落とした。

 その背中に、フミカが囁くように声を届ける。


「でも、気を付けて。罠の可能性もある」

「どういうことだよ。他に人はいねえ。それは間違いねえよ」

「だとしても、余裕がありすぎでしょ。アタシらに勝てる何らかの策が――」


 突然、アランの真横を凄まじい突風が走った。

 太く巨大な柱のような何かが通り過ぎ、フミカを後ろの壁まで吹き飛ばした。いや、壁に挟んで叩き潰した。


「フミカ!?」


 柱の尖端は大きな拳になっていた、その隙間から大量の血が溢れ出ていた。

 衝撃で、ローブの残骸や肉片も飛び散っている。

 フミカの返事はない。

 おそらくもう、死んでいる。


「あーあ、こんな状況で余計なこと考えるからだよ」


 柱が戻っていく。

 柱だったモノは、キイの右の腕だった。

 腕は、鉄くずや小型家電や空き缶といった、様々な瓦礫で構成されていた。


「て、テメエ、何だその腕は!?」


 このままだとやられる。

 そう判断したアランは、キイと距離を詰め、剣を振るった。

 しかし、その手応えは肉や骨といったモノではなく、もっと金属質なモノだった。


「……それ、答えると思う?」


 キイが笑い、その身体が無数の瓦礫に包まれていく。

 さながら、瓦礫で出来た巨大なゴーレム。

 悲鳴を上げる間もなく、アランもまたキイの巨大な手に踏み潰された。




 死にかけた坂木原キイが声の主に応え、命が助かった直後に戻る。

 ――坂木原キイを助けたのは、見上げるほど巨大な瓦礫のゴーレムであった。

 何故か正座である。

 キイも正座した。


「塵塚怪王?」


 キイの傷ついた身体はゴーレム、塵塚怪王の力によってふさがり、奪われた指は瓦礫によって補完されていた。

 装備は奪われ、アンダーウェアも袈裟斬りにされて無残なモノになっていたが、塵塚怪王は己の身体から古着を出して、それをキイに着せてくれた。


『うむ。分かりやすくいえば、ゴミの妖怪だ。業者がダンジョンに不法投棄をしていてな、積もり積もったゴミの山がこのダンジョンの魔力と混ざり、我が生じた。さすがにこの姿では、ダンジョンの外に出る訳にはいかん。大騒ぎになる』

「それは、そうだねえ」


 そもそもこの大きさは、ダンジョンの出口を通れるのだろうか、とキイは思った。


『我はお前を助けた。恩に感じているなら、このダンジョンから出る手助けをしてもらいたい。影に潜ませてもらえれば、外に出ることが出来るのだ』

「ボクの影に? 入れるの?」


 キイは自分の背後を振り返った。

 そこには、己の黒い影がある。


『うむ。何なら探索の手助けにもなるぞ。まだ使える電子レンジとかもある。携帯用の電源バッテリーもあるから電力もバッチリだ』


 塵塚怪王は、己の腕にある電子レンジの扉を開け閉めした。

 他にも洗濯機や掃除機もある。

 探索というか、普通に生活家電として便利そうだった。

 まだ使えるのに勿体ないが、それらもゴミとして廃棄されたのだという。


「恩があるから、ダンジョン脱出は分かったよ。探索の手助けは、まずはお試しで。……知らない人と軽率に組むと痛い目に遭う、って勉強したばかりだからね」

『よかろう。あと我に名前をくれ。塵塚怪王は妖怪名であり、個体名ではないのだ』


 塵塚怪王に請われ、キイは考えた。

 英語の勉強は得意ではないが、海外ドラマや映画はよく見るのだ。

 トラッシュやガベージといった単語が頭に浮かぶ。


「うーん……それじゃあ、ゴミは英語でラビッシュ……ラビで!」

『なかなか可愛らしい名前ではないか。気に入った』


 喜び、塵塚怪王改めラビは身体を細め、キイの影の中へと入っていった。

 ただし少しだけ身体を残した。

 キイの手に乗る大きさの、手のひらサイズの人型ラビである。

 キイは立ち上がり、ラビを肩に乗せた。


「……それでラビ。生ゴミもゴミに入るってことでいいのかな?」


 キイは身体を伸ばした。

 体調に問題はないが、関節が軋んでいるような気がする。

 それよりも、自分を殺そうとした、そして右の人差し指を奪った二人の探索者だ。

 絶対に復讐する。

 そもそも、殺されそうになったことを法的に証明できる証拠がない。

 新たな被害者を出す訳にもいかない。

 殺せるかどうかでいえば、キイはこれまで平凡に生きてきた女子高生だ。

 普通は躊躇うのだろう。

 しかし、何故かそんな躊躇はなかった。

 自分の塵塚怪王が憑いたその影響かとも思ったが、キイはそれをすぐに否定した。

 人のせいにしてはいけない。

 あの二人の探索者を殺すのは、キイ自身の意思である。

 ただ、殺したとしてその処理の問題である。

 生ゴミとは、すなわち死体のことであった。


『問題はない。御前は殺され掛けた。奴らを殺す権利がある。しかしまずは、奴らのことを調べてからだ。奪われたモノを、取り戻さねばな。他の金目のモノも、根こそぎ回収しよう。やられた分を、それ以上にして返すのだ』

「だね」


 何となくラビとは気が合いそうだ、と思うキイだった。


『それと、不法投棄している業者の通報もせねばならん。我の同類を増やす訳にもいかん。おそらく、職員に業者と通じているモノがいるぞ』

「そっちも了解。じゃあ、復讐にレッツラゴーだ!」


 キイは元気に腕を上げ、ダンジョンの出口に向かうのだった。

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