第5話 オッサン探索者の日常

 龍光ダンジョン、第五層『赤都城砦』。

 このフィールドは、名前の通り高い赤色の床や壁に囲まれている。

 古い城砦なので、天井があるところもあれば、青空が見えているところもある。

 畑中カズヤは大扉の前で、時計を見た。

 十三時半だ。

 頭の中で、帰還に掛かる時間を計算する。

 そして結論を出した。


「よし、帰ろう」

「は?」


 畑中の使い魔である天使型モンスター『ルミナエル』が、間の抜けた声を上げた。

 支援系と回復系の魔術を得意としており、畑中の継戦能力を高めてくれる使い魔だ。

 あと、話し相手にもなってくれる。

 そんな彼女に、帰る理由を説明した。


「今から帰れば、昼食作って競馬番組にも間に合う。まあ、録画してるけど」

「いやいやいやいや、何言ってるんです!? ここ、今階層主の目の前ですよ!?」


 ルミナエルは、大扉を指差した。

 その通り、ここは『赤都城砦』の最奥。

 この扉を開ければ、階層主との戦いに突入する。


「ああ、分かってる。残念だな。でも、時間だ」


 だから、帰るのである。


「録画してる競馬番組が、そんなに大事なんですか!? どれだけ賭けてるんですか!?」

「賭けてないぞ。ただでさえ金ないのに、賭博で金スルとかアホすぎるだろ」


 何で見てるかというと、競走馬をモチーフにしたスマホゲームの影響である。

 その内、ウマの応援に馬券を買うかもしれないが、今のところその予定はない。


「賭けてもない競馬の為に、目の前の階層主スルー!?」


 ルミナエルが、驚愕していた。

 そんなに驚くことだろうか。

 人間、何を重視するかはそれぞれだと、畑中は思っていた。


「いや、あとペットの世話もあるかな。そういえば餌がそろそろヤバい」

「足しときなさい、出発前に!!」

「人間誰にだってミスはある。というのは言い訳で、色々言ってるけど本音は別にある」


 結局のところ、ここで撤退する理由は一つである。


「階層主よりも、重要なことが?」

「とにかく帰りたいんだよ、もう」


 帰りたくて帰りたくてしょうがないのだ。

 階層主と戦うなんて、面倒くさいことこの上ない。


「一番本音に聞こえましたっ!!」


 ルミナエルの絶叫が、ダンジョンに響いた。




 そして、畑中とルミナエルは帰途に就いていた。


「……まさか、本当に帰ることになるとは」


 ルミナエルが、ガックリと肩を落とす。

 畑中の職業は上級召喚術師。

 使う武器は棍である。

 早足でダンジョンを進み、群がるモンスターを鎧袖一触。

 これなら何とか帰宅は間に合うな、と畑中は考えながら、足を進めていた。


「そうは言ってもなあ、ここから出るのに一時間近く掛かるだろ。家まで結構ギリギリなんだよ」


 正確には、昼食を食べてペットの餌やりも含めて、競馬番組に間に合う時間である。


「帰ること自体が問題じゃないんですってば……あああああ、せっかくの稼ぎが」

「稼ぎはなあ」


 階層主を倒せば、大きな魔石が手に入ることは、畑中にだって分かっている。

 それをルミナエルが残念がるのも理解はできる。

 しかし、である。


「何ですか」

「今日の分の稼ぎのノルマはこなした。そりゃ階層主に挑めば倍率ドンさらに倍って感じではあるけど」

「バイリツドンって何です?」


 ルミナエルは、古いクイズ番組を知らなかった。それはまあ、そうである。


「そこは流して。まあガチで階層主戦は時間掛かるだろ」

「そりゃもう階層主といえば、ここのボスですからね」

「大体階層主って、体力高いわ眷属呼ぶわ体力半減すると発狂するわで面倒くさいのよ。二人だとしんどいしね」


 階層主を相手にする際の推奨レベルというモノがあるが、これは通常五人から六人ぐらいのパーティーを目安にしている。

 それに単体のモンスターならともかく、眷属を呼ばれると基本的には二人では手が足りないのだ。

 畑中としては倒せない訳ではないが、やっぱり面倒くさい。


「かといってパーティー組むのは?」

「やだよ。人とペース合わせるのが苦手だから、この仕事してんだから。人と組むのは、それはそれでメリットあるのは分かるけどさー」


 人に歩幅を合わせたり、ダンジョンで分かれ道があるたびに立ち止まって相談とか、畑中は苦手なのだ。

 自分のペースで探索したい。

 加えてこの仕事には、上司がいない。

 人付き合いも最低限で済む。

 危険も多いが、ストレスが少ないので、畑中は探索者という仕事を気に入っていた。


「貴方はもう、待ち合わせ自体がアウトですからね……」

「ふはははは、社会不適合者と呼べ」

「マジで社会不適合者ですよね」


 ルミナエルは容赦なかった。


「一応、人数増やす方法はある。召喚枠はまだあるし」


 畑中は上級召喚術師なので、呼ぼうと思えば他のモンスターも呼び出せる。

 それもそこそこ強いモンスターをだ。


「確かにそれは手ですね。何でしないんです?」

「編成考えるの、面倒くさい。今のところ、俺らで進めてるのに、また戦術の試行錯誤とかしんどい」


 ガクリ、とルミナエルの肩が落ちた。


「……っとに、この社会不適合者の不精者は……!!」

「いずれやるけどな。休み取ったらその時にでも」

「まるで休みの時は、真面目に探索のことを考えてるみたいですけど?」


 ルミナエルが、ジト目を畑中に向けてきた。

 見抜かれているなあ、と畑中は思った。


「言われてみれば、丸一日ダラダラして寝たい時に寝てるなあ」

「駄目じゃん!? 全然駄目じゃないです!?」

「寝たい時に眠れるから、この仕事やってんだよ。夕方って何かすごく眠くなるよな。それに、休みは休みで徹底的に休みたい」


 といってもここ最近、ちゃんとした休みは取っていない。

 そろそろ一日ガッツリ休むかなあ、と考える。


「じゃあ、新しいメンバーについては、いつ考えるんです」

「帰りながら、今考えよう」

「今!?」


 モンスターをぶん殴りながら答えた畑中に、ルミナエルは大声で突っ込んだ。




 探索者協会龍光ダンジョン出張所。

 ダンジョンから出た畑中は、受付に顔を出した。

 ちなみにルミナエルは召喚術で読んだ使い魔なので、ダンジョンを出る前に送還しておいた。


「お疲れ様です」


 微笑む受付嬢に、畑中は会釈した。

 リュックの中に保管していたドロップ品と腰の袋の中の魔石をジャラジャラとカウンターに置く。


「魔石の買取お願いします。あとドロップ品の査定も」

「はい。この魔石の量、今日はまた、ずいぶん進んだみたいですね」


 魔石を回収しながら、受付嬢は微笑んだ。

 ドロップ品は、後ろの職員に回す。


「この龍光ダンジョンは古代都市や廃墟と、歩きやすいですからね。結構相性がいいみたいです。ちなみに『赤都城壁』の階層主手前まで行きました」


 探索者の多くは、割とぞんざいな口調の人間が多い。

 それはそれで理由があるらしいが、畑中は知らなかった。

 自分より年下の相手でも、できるだけ敬語で愛想よく話す。

 その程度で人間関係が円滑になるなら、やっておくに越したことはないだろう、というのが畑中の考え方であった。


「ひゃー、それはすごいですね。それで、階層主は?」

「怖くなって、尻尾巻いて逃げましたよ。無理無理無理です」


 ははははは、と畑中は手をパタパタと振って笑った。


「あははー。あ、査定終わりました。今日土曜日ですけど、いつも通りでいいですか?」

「ええ、現金半分あとは口座へ」


 銀行は土日は窓口が閉まっているが、ここだと現金で受け取れる。

 土日の資金はいつも、ここで確保しているのだ。


「それでは、お疲れ様でした。また明日」

「ええ、また、明日」


 軽く頭を下げ、畑中は探索者協会を出た。




 畑中を見送る受付嬢の後ろから、声が掛けられた。

 畑中のドロップ品を受け取り、査定に出した職員だ。


「今の人が、あの?」

「ええ、最近ここに来た畑中さん」

「……こう言っちゃ何だけど、ただのオッサンに見えましたね」


 それは、ちょっと分かると受付嬢も心の中で同意した。

 ただ、畑中はただのオッサンではない。


「今日『赤都城砦』の階層主前まで行ったって話してたわ。ドロップ品から見ても、嘘じゃないわね。この調子だと、来週中……というか、明日にはもう階層主倒しちゃうかも」

「マジですか!? すっげえっすね」

「何せ、ほぼ毎日ダンジョンに潜ってるもの。で、毎回一日四時間、確実に探索を更新してる」

「毎日とか、ちょっと信じられないですね……え、普通探索者って週三か四ですよね」


 そう、探索は常に危険が伴う。

 英気を養う為、一度ダンジョンに潜ったら休息するのがセオリーだ。


「それは、パーティーの個別メンバーの休息ペースっていうのもあるし、畑中さんの場合はたった四時間っていうのもあるんでしょうね。本人曰く『睡眠時間は絶対確保。無理はしない。もう少しいけそうが帰り時』らしいわ。アレはアレですごいのよ」


 使い魔のルミナエルの心証はともかく、探索者協会からの評価は意外に高い、畑中であった。

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