第5話 受付嬢の罪滅ぼし

 多種多様な種族が集い、多くの性格の人間が入り乱れるるつぼ。

 それが冒険者ギルドというものだ。

 そこで受付嬢を務めるソフィアは苦労人だ。

 いや、冒険者ギルドという場所で働く人は総じてそう言えるのかもしれない。


 冒険者というのは自由な集まりだ。人の数だけ思想がある。

 そして、その思想は時にぶつかり合い、様々な軋轢を生む。

 男同士の些細なプライドだったり、種族的問題だったり、パーティ内の内輪もめだったり。


 それら全てを無事に解決に持っていくことは出来ないが、出来る限りギルド内の治安を維持に努める。

 さらには冒険者の要望に出来るだけ沿うように動くのが受付嬢もとい冒険者ギルドの仕事だ。

 そんな彼、彼女らの仕事も二年前に比べれば随分と落ち着きを取り戻したものだ。


 ......二年前、所謂人魔戦争が終わった時期だ。

 戦時中はもはやいつ寝る時間があるのかという量の仕事に追われた。

 攻めて来る魔族や魔物に対抗するために、冒険者で協力者を募ったり、怪我した人の応急手当をしたり。


 仕事の中には本来冒険者ギルドがやるべき仕事じゃないもたくさんあった。

 しかし、負ければ全てが終わる。

 そう考えれば、そんなことを言っている暇はなかった。


 やがて勇者の活躍によって戦争は終わる。

 それにつれて冒険者ギルドの中でも激務は少なくなってきて、戦争が終わってから数か月後にはホワイトな職場環境に戻った。


 それで冒険者ギルドから悩みの種が減るということはあまりなかった。

 なぜなら、戦争が終わったことによって別の問題が発生したからだ。


「ハァ、また魔族......それもあんな小さい子が」


 ソフィアは一人資料室に入ると、ドアに寄りかかりため息を吐いた。

 そう、今の問題はこれだ。魔族がやってくる。

 最初こそ魔族が人族に紛れてやってきたことには驚いた。

 魔王軍の残党がこの街を足掛かりにして、再び牙を向くではないかと思っていた。


 しかし、そうではなかった。

 その魔族は別に人に危害を加えるまでもなく、むしろ接触することを避けている。

 そんな魔族がわざわざ人類拠点の一つに紛れてやってくる。


 その行動が気になったソフィアは、ある日一人で冒険者ギルドに訪れたフードを纏った男に話ができると思い、話しかけてみた。

 その魔族は言った――生きたい。なんでもいいから助けてくれ。


 その時、ソフィアは思った。魔族も戦っていた人ばかりじゃない、と。

 相手への強い怒りや憎悪から意識が外れていた当然の考え。

 人間にも戦うことをしない人達がいるように、魔族にもまた同じような存在がいる。


 しかし、そう思っても「はい、そうですか」と行かない理由があった。

 それが魔族を捕縛した人に高額報酬を与えるという制度だ。

 それは魔族が再び反抗意思を持たないように、一度手に入れた平和が崩されるようなことがないようにするという意味で行われる。


 それは流石にやり過ぎなんじゃないか、と思う気持ちもソフィアにもあった。

 だが、それに逆らえば重い罰があると聞く。

 魔族を捕まえるという行為さえすれば、ノーリスクで高額報酬が貰える。

 わざわざ罰を受ける必要はない。

 自分を守るには取り得る行動なんて一択しかない。


 ソフィアはその魔族を拘束した。他の冒険者にも協力してもらい。

 魔族はあっさり捕まった。反抗する様子もない。

 その時の彼の目は......あまりにも生気がなかった。

 こちらを恨むわけでもなく、ただ人生を諦めた顔をして。


 ソフィアは魔族を見抜いた人として、一緒に捕まえた冒険者を含めても一番高い割合で報酬金を貰った。

 今まで稼いだことのない額のお金にソフィアは震えた。

 その大金がとても悍ましく感じたからだ。


 一度は人類の敵となった魔族とはいえ、人の人生を潰して手に入れたお金。

 今まで苦労して働いてきた月収よりも数倍という高値でいとも容易くあっさりと。


 その瞬間、ソフィアの心は罪悪感に憑りつかれた。

 それは彼女の心が優し過ぎたというのもあるかもしれない。

 しかし、それが心に暗雲を作った原因であり、数年経った今でもあの生気のない目を思い出す。

 どれだけ仕事に意識を向けようとも、ふと気を抜いた瞬間脳裏に過る。


 また、彼女の事件をきっかけに見破りの水晶というのが置かれるようになった。

 もとは捕まえた犯罪者に対し、嘘を見破るために使われていたものらしいが、それが今度は魔族を捕まえるように設置されたのだ。


 魔族が生きずらい環境を作り出した立役者となった。

 とても誇れるような自慢とはならない罪悪感が目に見える形で出来上がってしまった。


 各地で似たような事件報告を聞く中、今のソフィアの心を試すように魔族が現れた。

 妙な男性と一緒にいる小さな少女だ。背丈からして十歳ぐらいだろうか。


 受付嬢は仕事柄で色々な人を見る。

 すると自ずと、ある程度の種族的特徴の違いで見破られるようになる。

 目の前の少女が他のどの獣人の特徴と似つかないことにはすぐに気づいた。

 それに一昨日辺りにとある酒場で「魔族がいる」といった冒険者の報告も相まって。


 隣の男性は盲目のようで、種族で言えば人族だ。

 どういう関係で一緒にいるか分からないが、少女が魔族だとすれば、冒険者登録の話題を切り出した時に反応が悪かったのも納得がいく。


 そして、小さな少女が覚悟を決めた様子で、水晶を伸ばした時の光景を見て自分が悍ましく感じた。

 水晶に表示された内容は、当然少女が魔族と説明する内容だった。


 わかってる。見なくてもわかってる。だから、ここからどうすべきか。

 自分はまた前と同じようにただ生きたいと願う人を断罪するのか。

 今度はこんなに小さな少女の人生を潰して大金を得るのか?


「もう無理.....今だって忘れたことないのに」


 ソフィアは片腕をもう一方の手で強く引き寄せた。

 魔族には怒りも恨みもある。

 故郷は無事だったが、よく見る顔の冒険者は戦時中のある日から突然見かけなくなった。

 

 どこかの街で生きているかもしれないが、確定で死んだとわかった人もいる。

 だから、戦時中は魔族をとても恨んだ。

 しかし、だからといって、これから自分はあんな少女を差し出すの!?


 捕縛された魔族がどこへ行くのかもわからない。どうなったのかも知らない。

 だけど、十中八九良くないことだってわかる。

 もう、私は......苦しみたくない!


「......ハァ、バレたら人生終了ね。でも、案外そっちの方が幸せかもしれない」


 ソフィアは机に向かう。

 そこでまだ無記のカードに適当な情報を与えていく。

 言わば偽造カードだ。


 今やってることは罪滅ぼしの一つかもしれない。

 あの時、助けを求めた魔族を自分は無慈悲にも断罪した。

 魔族というだけで、何もあの人のことを知らないのに。


「よし、出来た。二人分。きっとあの男性も訳ありでしょうからね」


 ソフィアは両手に持つ二つの偽造カードを見て不備がないか確認する。

 ここで不備があれば、それは自分が二人の人生を終わらせるも同じ。

 絶対にミスは合ってはいけない。


 ミスが何もないことを確認すると、それをもって資料室を出た。

 それをもってひょうきんな格好をした男性と魔族の少女のいる応接室に向かう。

 本当にたまたまギルド長がいないことが幸いか。


「お待たせしました。お二人分のカードはこちらです」


 男性と少女の前に現れれば、それぞれにカードを渡していく。

 そのことにキョトンとする二人。


「ソフィアさん? これはなんとも手厚い歓迎だが、これはあなたの華麗なる経歴に泥を塗る......いや、それ以上のことになるかも知れないぜ?」


 ひょうきんな男はきっと見破りの水晶のことを知っているからそう聞いてくるのだろう。

 そんなことは重々承知だ。だから、返す言葉は決まってる。


「なんのことでしょうか? 私が見た時には魔族という表示が出ていませんでした。

 それが全てです。勇者様が考案されたこの水晶が嘘をつくはずがないでしょう」


「......っ!」


 小さな少女がソファから降りて、小さな手でギュッと手を取ってきた。


「ありがと~。この恩は忘れないよ」


 今にもモチモチしたくなる頬を緩めた笑顔。

 ソフィアは初めて罪悪感が晴れた気がして、目頭が熱くなった。

 しかし、涙は流してはいけない。

 これはただのなのだから。


「では、これより冒険者活動についての説明を行います。

 下の階でご案内させていただきます」


「うん、わかった。ナナシさん、行こ」


「オッケー、レッツゴートゥザロウフロア!」


「あなたは少し落ち着いてください」


 ソフィアは久しぶりに笑えて言えた気がした。

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