第4話 説教される道化師

 現在、ミュウリンとナナシはとても緊張していた。


 大き目な部屋に、壁際には本がギッシリと詰まった本棚が詰め込まれている。

 また、剣や盾なども飾られていて、如何にも偉い人が使うような部屋である。

 そんな部屋のソファに座る二人の目の前には、眼鏡をかけて怖そうに睨む一人の女性。


 ここは冒険者ギルドだ。

 冒険者ギルドとは、冒険者が仕事を斡旋してもらうために利用する世界共通の施設。

 言わば、市役所のような場所で、冒険者の管理以外にも街の治安にも関わっているのだ。


「お二人とも、暴れ牛を止めてくれた件に関してはギルドを代表してお礼を言います。住民を助けてくださりありがとうございます。

 ですが、歌や演奏を披露して盛り上げるのは結構ですが、もう少し周りの迷惑にならないように考えてください」


 怒られてる内容は午前中に行った噴水前の歌謡ショーだ。

 途中まで凄く盛り上がっていたものの、巡回していた警備兵に任意同行され、そのお叱りが現在というわけだ。


「領主様は笑っておられましたが、これは遠回しにこんな些細なことで大事にしたくないということです。

 だから、その前に私達冒険者ギルドの方で注意するよう通達が来ました。しわ寄せがこっちに来るんです!」


 受付嬢のガァーとした勢いに気圧されるナナシとミュウリン。

 苦笑いを浮かべたナナシは気を紛らわすように言葉を返した。


「そ、それはご苦労様です......」


「余計なご苦労なんですけどね!」


 受付嬢にギリッと睨まれたので、ナナシれサッと顔を逸らす。どうやら返答をミスしたようだ。

 加えて、目の前の女性が美人なので、美人が凄むと迫力があるのだ。できればその睨むような目はやめていただきたい。


「でも、街の皆はパァ―っと笑顔になって楽しんでくれてたし?

 皆ハッピーならオールオッケーなんて――」


「今の私が笑顔に見えますか?」


「で、ですよね......ハハ、ハハハ」


 ナナシは苦笑いを浮かべた。

 ダメだ、これ以上何言っても火に油だろう。

 受付嬢は大きくため息を吐くと、二人に言った。


「もう一度言いますが、この街の人達を楽しませるのは結構です。

 ですが、あの場所はこの街の観光名所であり、あなた達専用のステージではございません。

 というわけで、やるならもっと別の適当な場所でやってください」


「き、気を付けるよ~」


 ミュウリンがどもりながら返答した。

 受付嬢はミュウリンを見て小さくため息を吐くと、「説教はこれ以上です」と手続きに移った。

 恐らく幼く見えるミュウリンを実年齢より下に見ているのだろう。


 一方で、受付嬢の何気ない一言にビクッとするナナシとミュウリン。

 手続き......こっちの方がよっぽど不味いかもしれない。

 なぜなら――


「何か身分を証明できるものはありますか?」


 問題はこれだ。二人には身分を証明することが出来ない。

 多くの人達は冒険者ギルドにて、冒険者カードという形で身分を発行する。

 そのカードは世界共通であり、どこの街でもそれがあれば、いちいち発行手続きや通行金を支払わなくて済むのだ。


 故に、冒険者ギルドは誰もが通る道であり、カードにおいても世界中を旅する予定のナナシとミュウリンが取得しない理由はない。

 しかし、それでも取得できない理由がある――それはミュウリンの種族だ。


 ミュウリンの種族は魔族。

 そして、冒険者ギルドでは魔族が紛れ込まないように、“見破りの水晶”という魔道具で検査しているのだ。

 その道具は魔法で変装していたとしてもたちまち解除してしまい、バレたら最後捕縛されてしまう可能性がある。


「そ、それは......ないんですけど......」


 冷や汗たっぷりにナナシが言った。

 その態度に対し、受付嬢は冷静に反応する。


「そうですか。では、これから発行しますね。あれば何かと便利ですので。

 今では冒険者に限っての話ですが、討伐ランクにおいてポイントがつくようになったんです。

 そのポイントはお金の代わりとしても使えるんで、結構オススメですよ」


 そりゃこうなるよな、とナナシは思った。焦り顔が隠せない。

 当然、冒険者ギルドとしては勧めない理由がない。

 冒険者ギルドにとっても、相手にとってもウィンウィンだからだ。


 しかし、そこで断ってしまえば怪しまれる。

 せっかく世界を案内したいのに、お尋ね者になってしまうのはダメだ。

 それだけは絶対に避けなければいけない。


 とはいえ、登録するにも“見破りの水晶”で魔力を通す必要がある。

 この水晶は勇者が考案したらしく、まずどんな魔法プロテクトも破ってしまう。

 クソ、なんて忌々しい力なんだ! 勇者という存在が憎らしい!

 断るのは無理だ。仕方ない、ここは細工を――


「ナナシさん、何もしないでね」


「え?」


 ナナシは顔を向けた。

 ミュウリンは力強い目をしながら言った。


「信じて」


 覚悟が感じられる小さな相棒の瞳。

 彼女にとって今からやる行動はとっても怖い行動のはずなのに、それを勇気を持って踏み出した。

 なら、大きな相棒のやることは一つだけだ。


「お任せあれ、レディー。俺はいつもあなたのそばに」


「えへへ、ありがと」


 ミュウリンは微笑んでお礼を言うと、用意された水晶に手を伸ばす。

 その手は小刻みに震え、表情にも緊張の色が滲む。


「えい」


 ミュウリンはギュッと目を瞑り、魔力を流した。

 そこには眩い光量が放たれ、周囲を白く包み込む。

 光量は魔力の保有量を表していて、部屋を照らす魔力は人間であっても人外と呼ばれるレベルだ。


 冒険者ギルドにとっては喉から手が出るほど欲しい人材。

 そんな人材なら冒険者ギルドに関わらず、これがよそで知られようものなら各地から引っ張りだこだ。

 もっとも、その魔力を保有している種族が魔族以外であればの話だが。


 受付嬢は驚いたように目を見開いていた。

 眩しそうに目元を手で覆いながら、光が消えればミュウリンを見る。


「ミュウリンさん、それからナナシさん」


「は、はい!」


 ミュウリンがビクッとして、慌てて返事をする。

 彼女は覚悟しているのだ。受付嬢から放たれる一言を。

 一方で、受付嬢はゆっくりと息を吸い込む。

 その仕草にミュウリンとナナシはゴクリと息を呑んだ。


「今からあなた達の冒険者ギルドを発行します。少しお待ちください」


「「え......?」」


 そう言って受付嬢は席を立ちあがり、部屋から出て行ってしまった。

 その言動をナナシとミュウリンは茫然と眺めていた。


「......な、な~んか、許された感じ?」


「だね。どうしたのかな?」


「もしかして壊れてたとか?」


 その可能性は極低いが。


「どうだろうね~」


 それから、二人は受付嬢が戻ってくるのを待った。

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