四節〈機械仕掛けの神は暇を持て余している〉

 右に曲がって、左に曲がって。

 また右に曲がって、更に曲がる。


 迷い無く、ずんずん歩いていくオルガ。

 『至って普通』という顔をしているが、流石に何度も曲がっていれば気付いてしまう。

 彼が、複雑怪奇な道筋を辿っていることを。


 クロッサスの裏路地は、それほど入り組んでいない。

 街を建設する際、かなり徹底的に計画を詰めているからだ。


 意図的に分かりにくい行き方をしているのは、秘密基地とやらの場所を覚えさせないようにするためだろう。

 

 しかし、その類の手はレイフォードには通じない。

 隣のテオドールに視線を寄越せば、彼は頷いた。



「……ごめんね、オルガくん。道覚えちゃった」

「は? んなわけ……いや、待て。もしや本当に……?」



 疑わしそうに見るオルガに、レイフォードは懇切丁寧に道筋を教える。

 曲がり方から逆算した、本来の行き方と共に。


 レイフォードは、瞬間記憶能力が凄まじく良い。

 一瞬だけ見せた精霊術の陣を、筆一本で描けるほどだ。

 そんな少年にとって、こんな小細工を破ることくらい朝飯前だった。



「……クソ、類友ってやつか」

「おい、どういうことだよ」

「そのまんまの意味に決まってんだろボケナス」



 ぴきと聞こえそうなほどに青筋を立てるテオドールを宥めながら、更に奥へと進んでいく。

 通常の道筋に戻したのか、先程までの苦労は何とやら、六人は直ぐに目的地へ辿り着いた。

 


「ようこそ、とは言わねェが……ここがオレたちの秘密基地だ。

 他の誰にも言うなよ」



 廃材で組み立てられた小屋。

 子どもだけで造ったとは思えないほどの完成度だ。


 扉代わりの幕を上げると、中には本格的な家具が置かれていた。

 瓦落多がらくた塗れのテーブルに、椅子スツール

 随分古いものだが、術具の灯籠ランプまである。



「シャーリー、ただいま!」

「大丈夫……あれ、居ない?」



 ルーカスとウェンディが、いの一番に中に入る。

 向かった先は、仰々しい玉座のような椅子。

 座面には柔らかそうな座褥クッションが置かれていたが、その上には何も居ない。


 隠れているのだろうか。

 二人は躍起になって、椅子や机の下、棚の裏まで探す。


 けれど、姿が見当たらない。

 融けて消えてしまったように。

 


「……シャーリーどっか行っちゃった」



 騒がしく探し終えた二人が発したのは、そんな言葉だった。



「……ああ、最悪だ。何でこんな時に……」

「オルガくん、その子は動ける状態だったの?」

「いや、そんなはずがねェ。

 起き上がるだけでも精一杯、歩くことなんて無理だった。

 ……オレたちの知る限り、だが」



 オルガは頭を掻き毟り、どかりと椅子スツールに座る。

 椅子の近くに置かれた水桶と餌を見れば、彼が嘘を吐いていないことはよく分かった。


 ルーカスとウェンディが、オルガに寄り添う。

 ぴったりと、隙間無く。

 彼の庇護下に入るように。



「別にオメェらは悪くねェ。だから泣くな、いいな?」



 荒く二人の頭を撫でたオルガだが、その顔は暗かった。



「……シャーリーは、気まぐれで自由で賢い。

 気に入ったヤツの前にしか姿を現さねェし、姿を見せても直ぐにどっかに行っちまう。

 だから、見つけ出すのは────」

「いや、出来るはずだよ」



 俯いていた三人の顔がばっと上がり、レイフォードを見つめる。



「なんてったって、僕らには『かくれんぼの達人』とその弟子が付いているんだから」



 振り返れば、仁王立ちする師弟が居た。

 



「元々こういう不足の事態のために居たからね。

 さっさと見つけましょうか、セレナさん」

「ええ、テオ。地図・・はよろしくお願いします」



 頷いたテオドールは手を前に出し、言葉を紡ぐ。



「〝精霊よリアライズ イア 願うはリノア ウラブス 映すリフレ地図メーペ。〟」



 突き出した手の先に、陣が形成された。

 集まってくる低位精霊。

 テオドールから得た源素と環境源素を元に、彼らは幾何学模様を描いていく。



「〝シル 目指すプロポージア 家屋をドムケス テッド 広がるパゴラチア 道をヴィエ

 高くサンピタス 広くレータ 審らかにブロバリー

 |余すことなく《チェータス

》、模りイミタルト 映せリフレエット。〟」



 ────〝天地シルテッド 模りイミタルト 映すリフレ 街のウラブス 地図メーペ。〟


 それは、空間上に立体地図を映し出す術式。

 正確に造り上げられたそれは、どこから見てもクロッサスの街であった。



「皆様、まずはこちらをご覧ください。

 この中で、シャーリー様がよく居られる場所や、行かれる場所などを指差していただけますか?」

「……ああ」



 おずおずと示された場所は、ここから少し離れた雑貨屋の店の前。

 そこの店主は彼らの知り合いであり、シャーリーもよく懐いているという。


 

「〝光れレイエット。〟」



 テオドールがそう言えば、地図上の雑貨屋の店前にひと粒の光が灯る。

 


「凄い……!」

「勉強すれば誰だって出来るものだ。

 知りたいなら、後で教えてやる」

「やった! ありがとうテオドール……って、避けるなあ!」



 抱き着こうとしたウェンディを、華麗に避けたテオドール。

 反射速度はイヴせんせいの授業で鍛えられていたから、納得の速さであった。


 オルガが指し示し、光らせる。

 ルーカスの補足が偶に入りながらも、結果十二の地点が示されたのだった。



「ふむ……では、この中から人の出入りがある所は省きましょう」

「どうしてですか?」

「意味が無いからです。

 この状況下、ここから逃げ出したシャーリー様には」

「……なるほど、そういうことか」



 セレナは十二の点の中から、半数である六つを省かせる。

 

 彼女が注目したのは、『何故シャーリーはここから姿を消したのか』ということだ。

 『起き上がるだけでも精一杯』、『歩くことなんて無理』。

 そんなシャーリーが動いたからには、それ相応の理由がある。


 そして、その理由は恐らく、彼ら三人────つまり、『人の来訪』に関係していることだ。

 そうでなければ、逃げる意味はない。

 この秘密基地は、彼らにしか知りようがないのだから。


 彼、もしくは彼女が普通の猫だったならば、話は違くなるかもしれない。


 けれど、三人が満場一致で『賢い』と証言するほどだ。

 どれだけ調子が悪くとも、理性的な選択肢を取ると考えるべきだろう。


 

「と、しますと……次は、高低差があるところですね」

「それは解りますよ! シャーリーは今、行動が制限されているからですね!」

「はい。屋根の上や、物の多い場所は除いてよろしいかと」



 そうして、四つ選択肢が消えた。

 あっという間に点は、『町外れの花畑』と『地下水道』の二つ。


 こんな風に、セレナは状況や対象の情報を踏まえて選択肢を潰してくる。

 『どうして見つけられたのか』と訊いた際、自分でも知らなかった癖を指摘され、恐怖した記憶はまだ新しい。



「ここから先は、実際に行ってみる他ありません。

 どちらから行きますか?」



 悩むオルガ。

 現在時刻は、凡そ三時頃。

 探索に一時間掛けたとして、移動も含めると二つ目に辿り着いた頃には日が暮れている。

 

 レイフォードたちにも、オルガたちにも門限がある。

 日が暮れれば探索は困難になり、更にシャーリーの体調を考慮すると、明日まで保つかは分からない。

 何としても、日没前に見つけたいところなのだ。


 顔に皺を寄せて、オルガは考え込む。

 自分の選択で、シャーリーの運命は決まるだろう。

 見つけられれば良し、見つけられなければその後の様子は想像に容易い。


 だがしかし、彼には分からなかった。

 シャーリーがどこに居るのか、ということが。


 そもそも、彼女の言うことはどこまで信じられるのだろうか。

 『かくれんぼの達人』だと言ったって、人なのだから完璧も絶対もない。

 間違っていることなんて、ざらにある。

 彼らが示した二択を以外の場所にいる可能性だってある。

 

 だから、だから────



「オルガ」



 少女の声が、すっと耳に入った。

 


「……んだよ」

「どうするの?」

「や、どうするのって言ったってよォ……」



 考え込み、沈み込んでいたオルガを釣り上げたウェンディは、暗い彼の顔を見ると、勢い良く背中を叩く。

 直後、同じようにルーカスが反対側から叩いた。


 

「イ……ッテェ、何すんだオメェら!」

「うじうじ悩んでないで、さっさと決めてよ大将リーダー

 らしくない」

「そうですよ、ボクらはアナタに着いていきますから!

 いつもみたいにバシッと決めてください!」



 オルガは鳩が豆鉄砲食ったように目を見開き、そして明るく口角を上げた。



「……ああ、そうだな! よし決めた、行き先は『花畑』だ!」

「理由は?」

「勘だ!」



 腕を組み、踏ん反り返って言う彼の姿は、先程までの弱々しさが微塵も感じられなかった。

 『ガキ大将』なんて言葉がよく似合う、立派な少年だ。


 呆れたように溜息を吐くテオドール。

 その顔に喜色が滲んでいたのは、指摘しないことにしよう。



「早速出発しようか。

 オルガくんたちには、また道案内を頼むことになるけれど……任せていいかな?」

「おうよ! 華麗に送り届けてエスコートしてやるぜ」



 飛び上がるように立ち上がったオルガに、ルーカス、ウェンディが続く。

 

 

「今度は道を間違え・・・ないんだろうな?」

「ったりめェだ。オレを誰だと思ってやがる」

「馬鹿」

「あァ?!」



 その後ろからテオドールがちょっかいを掛け、セレナがいつもと変わらない無表情で歩き出した。


 が、未だその場から動かないレイフォードを気にして振り返った。



「何か、気になるところでもありましたか?」

「……何でもないよ。さあ、行こうか」



 それは、些細な違和感。

 レイフォード、或いは彼と同等の〝眼〟を持つ者以外は気付きようがないもの。


 隠していたつもりなのだろう。

 隠し通すつもりなのだろう。


 彼ら彼女らには露呈することなく置かれた、幸せな結末ハッピーエンドになるための布石。

 巧妙に仕込まれた伏線の数々。

 

 レイフォードは、理解した。

 その虚構うそは、解き明かす必要のないものだと。

 真実ほんとうを告げることは、無粋になるのだと。


 だから、少年は口を閉ざす。

 開演中は、私語厳禁。

 求められるなら別だが、自分から語ることはない。

 

 今宵は、ただの観客。

 彼ら、もしくは彼女らの劇を眺めるだけ。


 くるくる、くるくる。

 舞台てのひらの上で演者は踊る。

 

 この物語に、機械Dus ex 掛けの神machinaはいらない。

 何故ならば、すべてが予定調和に、計画通りに進んでいる喜劇なのだから。


 雲がたなびく青空には、端から少しずつ茜色が刺していた。

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