アラフィフ刑事、女王へ転生し王国再建を目指す~生き返るためならチート聖獣さえも利用します~

お遍路猫@

第一部

第一章 異世界への異動はお断りします

第1話 異世界への異動はお断りします①

 ――ドォン!


 厳かな石造りの神殿のなか、静寂を切り裂くような爆発音を耳にし、私、エレオノーラ・セシリア・サラ・グローリオーススは慌てて水から顔を上げた。


 王宮の隣に位置する大聖堂の地下で、戴冠式の前に執り行われる沐浴。

 私の目の前に置かれた砂時計がすべて落ちるまで、ここで神々に祈れと神官から告げられていたのだが……


 ――ドゴォン!!


 再び、爆音が耳を突く。

 音の大きさから察するに、かなり近い。

 いや、爆音が近づいていると考えて間違いないだろう。

 もしかしたら、このあと移動する中央祭壇広間でなにかあったのかもしれないと思い至り、私は急いで泉から上がった。


「なにがあったの⁉ 報告しなさい!」


 沐浴用の薄衣のまま泉の広間から出ると、私はドアの前で控えていた衛兵へ声をかける。


「い、いえ……! その、わかりません……!」


 しかし、衛兵もまたなにが起こっているのか理解できていないうえに、私が裸に薄衣一枚――しかも濡れていて肌が透けて見える――という姿なものだから、目のやり場に困って混乱していた。


「ご無事ですか、殿下!」


 そんななか、スカートの両端を指でつまむようにして持ち上げ、小走りで駆け寄ってくる濃紺のロングワンピースを着た女性が見えた。

 丁寧に結い上げた蜂蜜色の髪に榛色の瞳を持つ、三十代後半くらいの知的美人。

 女官長であるフローラだ。

 礼儀やしきたりに厳しい彼女が走り寄ってくるなど、よほどの異常事態に違いない。


「フローラ、今の音はなに⁉ なにが起こっているの⁉」


「ご説明は着替えながら。とにかく、今はここからお逃げください!」


 私の返事を待たずに、半ば強引に着替えが始まる。

 フローラは黒いワンピースを着た黒髪の女官とともに、手際よく準備していた下着と、純白の騎士服への着付けを行った。


「この服を着るということは……誰かが襲ってきたということね」


 沐浴前に、私はフローラへ命じていた。

 奇襲があれば戴冠式用の騎士服へ、問題がなければ戴冠式用のドレスを持ってきなさい、と。

 フローラは忠実にそれに従ってくれたのだ。


「さようでございます。賊が中央祭壇広間へ複数の魔物とともに侵入いたしました。警備についていた第一騎士団および第十五騎士団が、副総帥であるイムベル卿指揮の下、現在応戦中でございます」


「魔物の数と種類は?」


「数、種類ともに多すぎてご報告するほうが困難かと。あえて申し上げますなら、大型の獰猛種を何体も用意した、とだけ」


「……わかったわ。ありがとう」


「我が国の騎士団総帥であるあのお方が、このようなときに行方知れずとは……」


 黒髪の女官がどこか悔しげに呟く。

 そんな彼女をみつめたとき、ふと、視界の端に人影がチラリと揺れた。


「……いいえ。今、来たわ」


 フローラがやってきた道の反対側から、カツンと石畳を叩くブーツの音が聞こえた。

 長く美しい銀色の髪、ほどよく引き締まった痩躯は総帥に就く者の証である藍白色の制服を着用している。

 王国騎士団総帥はすでに抜剣していたが、それは私たちの安否を心配してという理由ではないようだ。


「あなたたちは早く逃げなさい。に殺されるわよ」


 彼女たちを背後へ押しやりながら告げると、フローラと黒髪の女官が驚いた顔をして私を見てから、私の視線の先へ顔を向けた。

 しかし総帥の全身から立ち上る異様な殺気に気づき、それが冗談ではないと悟ったのだろう。


「殿下、ご武運を」


 二人はゆっくりと後ずさってから、やがて来た道を戻るようにして駆けていく。

 どこへ逃げても現状では敵だらけかもしれないが、必ず生き残って欲しいものだ。

 もちろん、というのは私の今生の課題でもあるのだが……


「ホント、冗談じゃないわよ……」


 フッ……と前世で部下たちがよく難事件に当たるたびに、「無理ゲーだ」とぼやいていたのを、なぜか思い出した。

 言葉の意味はあとで娘から聞いて理解したが、当時はいまいちピンとこない言葉だったことは覚えている。

 しかし今、私はその言葉を急速にしたようだった。


「そっか……これが『無理ゲー』ってことなのね」


 目の前の王国騎士団総帥の殺気は、もはや『魔王』と呼んでも差し支えがないほどに高まっている。

 部下がこの眼前の『銀の魔王』を見たら、きっとそうつぶやくに違いない。

 これはもはや、狂気にも近い。


(いいえ……)


 ある意味、今の彼は狂人であり、凶人だ。

 それを迎え撃つ……王国最強の武人を? 非力なはずの王女が? ……バカげている。正気の沙汰ではない。

 もちろん、それは理解している。だが、それでも私はやらなければならないのだ。


「大丈夫……。私は絶対に死なない」


 それが、転生前に生命の創造神と交した約束だ。


 月見彩良つきみさら。それが、私がこちらの世界に来る前の名前。


 私は日本で死亡し、このアンティークゥムという異世界へ転生した人間だ。

 とはいえ、それを知るのは神々と聖獣たちと数人の腹心のみ。

 語っても、おそらく誰も信じることはない。けれど、それでも語れない、重要な秘密。

 国民に知られるわけにはいかない事実だった。


「絶対に、元の世界へ戻って生き返ってみせる……!」


 改めて最終目的を宣言し、私は腰に下げられた刀へ手を伸ばした。


          ◇◆◇◆◇


「月見警視、今から飲みに行きませんか?」


 背後から呼びかけられて振り返ると、スーツ姿の部下が数人立っていた。


「事件も無事解決できましたから、動けるヤツで行こうと言っていたんですよ」


「いいわね、おごるわよ」


 部下たちが顔を見合わせて「やった!」と喜び合っている。

 まったく。それが目当てで誘ったんでしょうに。


 そう思いながらも、私は微笑ましい気持ちで彼らを見やった。お姉ちゃんというよりは、母親の気持ちだ。


 警部補の安浦くんと藤堂くん、刑事課では数少ない女性警部の今井ちゃん、巡査部長の田井くんはお嫁さんをもらったばかりの新婚さんである。


 部下はもっといるが、当直などがある警察官は仕事の性質上、簡単に大人数で集まることができない。


 私は今井ちゃんをチラリと横目で見やった。

 ……あぁ、羨ましい。


 彼女の身長は一六〇センチ。安浦くんたちを見上げながら楽しそうに会話をしている。

 私はといえば、身長一八〇センチの安浦くんとほぼ同じ視点……。一七三センチの田井くんは私と話すときは視線がやや上がる。


 コンプレックスなのだ、この一七七センチという高身長は。加えて一センチのヒールがプラスされる。

 平底のパンプス履いているのに、それでも一七八センチ。

 私の身長はなんでこんなに無駄に高いのか……考えるだけで悲しくなる。


 まぁ、今はどうでもいいか、そんなこと。私は首のコリをほぐすかのように軽く頭を回し、身長と靴のことを頭の中から振り払う。


「事件が事件だから、あまり派手にはできないわよ」


 最近まで私が指揮していた事件は、半分引きこもりのアラサーニートが、自宅前を登下校する学生を殺して回っていたという痛ましい案件だ。


 そんな事件の後にこうして飲みに行くのは不謹慎に見えるとは思うが、行けるときが解決後しかないのだから仕方がない。

 警察官が仕事から解放されるのは、どうしてもこの瞬間しかない。


 しかも飲んでいるときでさえ、事件発生の知らせが入れば本部へ引き返さなければいけないのだ。


「心得てますよ、社長」


「バカね、ウチの社長は本部長でしょうが」


「え~。月見警視が社長になって欲しいなぁ」


「イヤよぉ、面倒くさい。だいたい、ノンキャリアの私がなれるわけないでしょ」

    

 県警察のトップはだいたい警視長、大都市ならその一つ上の警視監であることが普通。私が所属しているH県県警本部の本部長の役職は「警視監」だ。

 ノンキャリアで警察官となった者が、警視監まで登り詰めるのはかなり難しい。いや、皆無と言っても過言ではない。


 昇進だけを考えて試験や面接を受け続けていれば、もしかしたら警視の一つ上の地位である「警視正」には昇任できるかもしれない。

 だが、そんなことをすると実地経験がやたら不足した上司になり果ててしまう。それでは部下がついてきてくれない。


 それにノンキャリアが昇任試験を受けるには、現在の役職で定められた年数を経過しなければならないという縛りがある。

 たとえば巡査が巡査部長の昇任試験を受けるには大卒で二年、短大卒で三年、高卒で四年、巡査としての経験を積むことを求められる。


 もちろん単純に経過すればいいのではなく、予備試験なるものを受ける必要もあるし、合格後は管区警察学校で六週間の教養を受講しなければならない。

 巡査部長の次は警部補、警部補の次は警部。警部の次は警視。どの階級にも似たような状況が続く。


 さすがに警視となると予備試験などはなく、管理論文と面接のみとなるとはいえ、試験と面接を避けてノンキャリアが昇任することはできない。

 ノンキャリアの昇任への道のりは険しいのだ。


「俺、本部長になった月見警視から命令もらったら、地獄へでも地取りいけますよ!」


「やめなさい。なに怖いこと言ってるの?」


 田井くんは、どこへ行く気なのか。単なる聞き込みで死亡しそうな場所なんて、想像しただけで指示する私の背筋が凍る。


「いや、僕も田井と同意見ッス!」


「俺も! っつーか、刑事部の人間全員、だいたいそう思ってますから!」


 田井くんの発言に、安浦くんや藤堂くんも続く。仕事のできる部下が揃ってあの世へ行ってもいいみたいな宣言をもらい、さすがに私も面食らった。


 警察官は危険がつきものの職業ではあるが、だからといって安易に危険へ飛び込んでいいというわけではない。


「普通に勤務して。そんなことを言われたら、私も怖くて指示が出せなくなるわ」


 これが若いということだろうか。私は彼らの情熱を抑えるべく、できるだけ冷静に答えた。

 男性たちが「うっす」と短く答える。ホント、どこまでわかってるんだろう?


「月見さんが本部長になってくれたら、私はあなたを目指して、もっと上を目指します!」


 うんうん。そういう向上心はいいわね。他のメンバーにも、こういう発言をして欲しい。


「そういえば、月見警視の息子さん、本庁勤務でしたっけ。しかも東大卒!」


 上を目指す宣言をした今井ちゃんが、明るい顔で質問してきた。


 上の息子である裕喜は、四年前に国家公務員総合職の試験に合格し、警察大学校初任幹部科で四ヶ月の研修を受けた後、警察庁刑事局へ配属された。


 裕喜は子供の頃から警察官――キャリアを目指すのだと言っていた。

 どこで調べたのか、キャリアは東大を卒業したほうが昇進に有利だからと、小学生の頃から東大を目指して突き進んでいた。


 大学に入ってからも、情報処理系の国家資格を持っていたほうがいいと言って、大学の授業と並行して勉強していたし、私よりも向上心ははるかに高い。

 まだ就いてもいない職業の昇進まで考えて行動するなんて、我が息子ながら末恐ろしいと思ったものだ。


 一人息子の夢のためとはいえ、塾や有名私立校の学費で苦労した。

 だが倍率十一倍ちょっとの国家公務員総合職試験に一発合格して、念願の警察庁へ配属が決まったときの裕喜の笑顔を見たら、そんな苦労が一瞬で吹き飛んだことを今でも覚えている。


「娘さんは確か、白バイ隊員を目指してるんでしたっけ?」


「らしいわ。まぁ高校生の頃から単車を乗り回していたしね」


 娘の真琴は大学卒業後、兄の背中を追うかのようにして警察官となった。ただし、娘は地方公務員だ。

 とはいえ、真琴も「白バイ隊員になりたい!」という明確な目標があったため、高校時代からバイトに明け暮れて貯金をし、自動二輪の免許を取得した。


 もちろん警察官になるための勉強もしっかりしていたのだろう。警察官採用試験は思いのほか難しいのだ。


「もう、私の家族のことなんて、どうでもいいでしょ」


 私はできるだけ、そっけなく答えた。だけど正直なところ、子供のことを褒められると、自分のことよりも嬉しい。どうしても口元に笑みが浮かんでしまう。


 それをごまかすようにして皆に背を向けると、私は右手を振って前に進むように促した。


「ほら、さっさと行くわよ~。私は明日も仕事なんだから、早めに切り上げたいわ」


「はいっ」


 敬礼をしそうな勢いで四人が返事をし、私の後に続いた。


To be continued ……

―――――――――――――――――――――――――――――――――

●○●お礼・お願い●○●


最新話まで読んで戴きありがとうございました。


もし彩良のような気の強いオバサンでも応援するぞ!

異世界でがんばれ!

……と思ってくださいましたら、


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