③無人島生活1日目03■ 行方不明の第一王子じゃねえのこいつ?


「……ぐすっ」


「……ん?」

 少し落ち着いて見ると、男は泣いていた。

 強い力で私を抱きしめているものの、震えている。


「えっと……言葉通じます?」

 私は声をかけてみた。

 すると男は顔を上げた。


 ――う。


 顔は薄汚れているけれど、精悍な頬に、端正な顔つきに、海のような青い瞳。

 その切れ長の目から、涙が滝のように流れ落ちている。


「えっと……あなた、は? 言葉わかります?」

 私は流れる涙に手を伸ばして拭った。

 冒険者魔法に、言葉を通じさせる魔法があるにはあるが、とりあえず共通語で話しかけてみる。



 男はコク、と頷いた。

「うん……。わかる。おねえさん、突然抱きついてごめんなさい……」



 男はそう言うと、手を放して私から少し距離を置いた。

 パタパタと先程肩に乗ってた鳥が追いついてきて、その肩にまた止まる。


 ……ん? お姉さん? どう見ても同じ年もしくは少し上に見えるけれど。


「あなた、お名前は?」

 男は首を横に振った。

「わからないの……あっ! ごめんなさい」

 男は私が取り落とした制服のブラウスを私に押し付けるようにして上半身を隠してきた。


 なんだ、良い人……良い子? じゃない? 

 とりあえずタンパク質にされる心配はなさそうだ。


「ああ、ありがとう」

 私はにっこり微笑んだ。

「……っ」

 男は少し顔を赤くした。


「君は一人……?」

「うん、ずっと一人だったよ。ぐすっ。気がついた時からずっとここで一人っきりなの」

 態度が、まるで小さな男の子だ。


「どこから来たとかわからないの? ここに来る前のこと何も憶えてないの?」

「(コクコク)」


 私は察した。

 おそらく、船の事故でここにたどり着いたうえに、記憶を失くしたんだな。

 喋り方からして、きっと幼い頃からここで一人で生き残ってきたんだろう。

 で、教育してくれる人もいないから、その時のままの喋り方……と。


 とりあえず名前がないと不便だなあ。

 私は前世で好きだった映画俳優の名前で呼ぶことにした。


「しばらくミーシャって呼んで良いかな」

「みーしゃ。いいよ。うん、僕おぼえた」

「私の名前はアナスタシアよ。よろしくね」


 そして私も船の事故で今日この島に流れ着いたことを彼に話した。

 彼はなかなか飲み込みが早く、すんなり私の話すことを理解してくれた。



「うん。ねえ、おねえさん、そろそろ暗くなってきたから、僕帰るけど……狭くてよかったら僕の家くる? 夜は魔物や肉食のケモノが多くて危ないから」


 お。渡りに船。

 ちなみに普通のケモノは魔力を持たない、いわゆる動物枠。

 魔物はこの世ならざる異界からやってくる化け物、みたいな枠だと思ってもらいたい。

 どっちも危ないのに変わりないけれど。


「いいの? うれしい、とっても助かる!」


 今日のところはお世話になろう。

 

 私はミーシャに連れられて、彼の家へ向かった。



※※※



 ミーシャの家は、とても大きな樹の高い位置に、ぽっかり開いた穴を利用したものだった。

 まるで童話にでてくるメルヘン小動物のおうちみたいだった。

 穴が小さければ、小鳥やリスさんとか住んでそうな。 

 ちゃんと扉がついている。


「この扉自分でつくったの?」

「うん」

「すごいねー」

「えへへ」


 会話だけしてると、本当に小さな男の子のまんまだな。

 顔が可愛げのあるイケメンだし、慣れてきたから普通に可愛く見えてきた。


 中には藁のベッドがあったり、小さな木のテーブルがあったり。

 これは……メルヘン!


「可愛いテーブルセットだね」

「えへへ。でも最近小さくて」

「確かに、身体のサイズに合ってないね」

「うん、そのうち作り直したいんだ。さ、おねえさん。ここで寝て」


 ミーシャが藁のベッドを指さした。

そしてなんと、何かのケモノの毛皮が敷いてある……。

 あれ? よく見ると藁の下に綿……ウール? まで。


「え、でも。君のベッドでしょ。いいよ、私は床で」

「いいんだ、そのベッドも小さくて最近使ってないんだ僕。大丈夫だよ。ほら床で寝る用に編んだ藁があるんだ」

 そう言うと、彼はベッドの下からゴザのようなものを取り出した。

 子供の頃から何年もサバイバルしてるだけあるな……教えてくれる大人もいないのにこれだけのことをやるなんて、もともとかなり賢いお子様だったのでは?

 私は感心した。


「そっか、じゃあ遠慮なくベッドは使わせてもらうね」

 なんだか気持ちがほっこりした。



 寝床の割り振りが決定すると、次にミーシャは食事を用意してくれた。

「え、ミルク!?」

「うん。少し遠いところでヤギさん、飼ってるんだ」

「へえー」

「えっ。じゃがいもにとうもろこし!?」

「あ、それで合ってたんだ。今日のお昼の残りしかなくてごめんね」

「農耕してる!?」

「のーこー? ああ、農耕。ちょっとお庭みたいなの作って水やりとかはしてるよ」

「脱帽だわ……」

「???」


 ち、小さい子(いや、大きいけど)がたくましく、こんな生活をしているだなんて!

 というか魔物はどうしてるんだろう。

 こんな戦い方も教えてもらえない環境で、こんな子が……あ。


「ミーシャって魔法使える?」

「魔法? うん、使えるよ? ほら」

 そう言うとミーシャは手の中に小さな光をふわり、と浮かべる。


 光魔法じゃん。

 光魔法には確か、自動(オート)攻撃魔法があったはず。

 形は好みだけれど、予め魔力をこめた光の魔力を自分のそばに浮かべておくことにより、主の危険を察知すると勝手にその光が敵を攻撃する。

 なるほど、道理で小さな子供が生き残れるわけだ。


 この世には結構な種類の属性魔法があるけれど、光魔法はレアな部類だ。

 それこそ王族とか……ん?


 そういえば、私もまだ小さな子供の頃に第一王子が船旅の途中に、やはり事故で行方不明になる事件があったはず……。

 私はミーシャを思わず見つめた。


 「???」

 キョトン、とするミーシャ。


 いや、まさか。そんな。

 ……こんな生活をしているのに顔にどことなく品がある。


 あれ? 良く見たら黒髪に青い瞳、そして顔つき……王妃様に似てない?

 ちなみに第二王子であり、私の婚約者であるドミニクは父親似でアーモンド色の髪にグリーンの瞳で、ミーシャとは兄弟だったとしても全然似ていない。


 ……いや、いやいやまさか。……ん?


 ちょっと待て。ミーシャの肩に乗ってる鳥……白くて気品があって……尾が長くて……言ってみれば白い鳳凰、みたいな……これ似たようなの、どっかで……。


 ……王様だ!! 王様の神鳥だ!!


 代々王家は、次に王位を継ぐ者に、神鳥が姿を現し、生涯通してその王のサポートをする。


 ……それだよ!!!

 ああ! 間違いない!! この子、何がなんでも王位継承権第一位だよ!!


 弟で私の婚約者のドミニクス殿下には神鳥が降臨していない……。

 この子が王宮に帰れば、ドミニクス殿下を押しのけて、間違いなくこの子が次の王様だ……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る