幻惑と戦う攻略【ワンガル】#5[後編]

 配信を終えたあと、星もレディもホーム画面の前で戦闘少女の帰還を待った。


「……配信をやめるべきなんでしょうか」


 ぼんやりと星は言う。レディは続きを促すように星を見遣った。


「配信をやめて、攻略に集中するべきなんですかね」

「それもひとつの手ですが、情けないことに、私も星さんもポニーの異常に気付いていませんでした。そういった情報提供をもたらすという点で、配信にも意味はあるのではないかと思います」

「……はい」


 とりあえず胃に何か入れなければ、と星がカップ麺にお湯を注いだところで、ホーム画面にアリシアが顔を出す。


『司令官、レディ様! ただいま帰還いたしました』


「お疲れ様。修復は済んだか?」


『はい! ですが、ポニーはまだ寝ています』


「そうか……。最近、何か変わったことはあったか?」


『いえ……いつも通りのように見えました。いつも通りに見せていた、のかもしれません。情けない限りです』


「それは俺も同じだな。ポニーが起きたら話を聞いておく。あまり気に病まなでくれ」


『はい……お願いします』


 おそらく気にしないことはできないだろうが、自分のために他の戦闘少女が神経を擦り減らすことはポニーも本意ではないはずだ。あとは司令官の仕事である。


 ポニーが目を覚ましたのは、二時間後のことだった。星が頬杖をついたまま寝そうになっていたところで、弱々しい声が聞こえる。


『司令官、レディ様……申し訳ありません』


「ポニー、体調はどうだ?」


『はい、万全です』


 ポニーは無理やり笑って見せるが、泣きそうな笑顔だった。


「自分に何があったか話せるか?」


『はい……。前の司令官が基地を去ってから、私……自分がいかに役立たずかってことを考えていたんです』


「どうしてそう思うんだ?」


『私は防御力が低いし、遠距離攻撃しかできません。必ず誰かが私を守りながら戦うことになります。武器だって限られていますし……』


 ポニーの青色の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。同じ世界であったならタオルでも渡せたものを、と思うと歯痒く感じられた。


『私はなんにも役に立てないって思ったら……苦しくて……。でも、誰にも言えなかった……みんなの負担になりたくなかった……』


「……そうか。話してくれてありがとな。俺はポニーを役立たずだなんて思ったことはないよ」


『ですが……いつも私のせいで頭を悩ませて……』


「ポニーの特性をどう活かすか考えるのが司令官の役目だろ? できないことがあるのも確かだが、どうしたらポニーのできることを最大限に活かすか、いつもそうやって考えているよ」


『でも、防御力の低さはどう考えたって弱点です。私がいなければ、みんなもっと自由に戦えるはずです』


「ポニーが気にしているのが防御力の低さなら、一番に防御力が高い装備を作ろう。あとは速力が上がる武具だな」


『……ですが、そんな装備を作ったら、素材の備蓄が……』


「他の子が、素材が勿体無いからってポニーの装備を作るのを嫌がると思うか?」


『それは……思いませんが……』


「戦闘少女の特性を活かすための装備だ。素材惜しさに躊躇う必要はないよ。できないことはそうやって補えばいい。そのあと、できることを伸ばすように考えよう。ポニーには、いいところだっていっぱいあるんだからな」


『……司令官の思う私のいいところって、どんなところですか?』


「そうだな。やっぱり遠距離攻撃ができるのは戦術の幅を広げることができる。武器が弓矢と投擲のどちらも可能なのはひとつの強みだな。武器の数を揃えばそれだけ――」

「星さん、星さん」


 レディが話を遮るので、星はきょとんと彼女を見遣った。


「ポニーの、いいところ、です」

「……ああ!」


 戦闘少女としてでなく、ポニーというひとりの少女としてのいいところ、ということだとようやく気付いた星は、改めて言った。


「やっぱり、いつでも全力で元気なところだな」


『……はい!』


「ちょっとお馬鹿が入るけどな」


『……馬鹿なのは否めませんね!』


 そう言って、ポニーは安心したように明るく笑う。ようやく戻ってきた彼女らしい笑顔に、星もひとつ安堵の息をついた。


『夜遅くまですみません。司令官は起きてくださっていたんですよね』


「いや、レディさんと戦術の話し合いをしてたから平気だよ」


『でもさっき寝かけてましたよ』


「あ、見られてたのか……」


『へへ。よくお休みになってください。話を聞いてくださって、ありがとうございました。他の子もきっと同じように悩みがあると思うので、聞いてあげてください』


「もちろん。そのための司令官だからな」


『ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい』


「ああ、おやすみ」


 ポニーは深々と辞儀をして画面外に去って行く。通信が切れたことを確認すると、星もあくびが出てきた。


「星さんもお休みになってください。寝坊しそうになったら叩き起こしますから」

「気を付けます。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 どうにかポニーを励ませたようで安心したが、ポニーのように誰にも話せずに悩みを抱えている少女もいるだろう。もしかしたら全員そうかもしれない。前の代の戦闘少女の中には、嫌気が差して辞めた少女もいたと言う。戦闘少女は命懸けの戦いだ。特にチーム戦では悩みも多くなるだろう。すべての少女が星に打ち明けてくれるとは限らない。そう考えると、洞察力が必要になるようだ、と星は思った。



   *  *  *



 翌日の昼休み。星はいつものようにラウンジで資料と見つめ合っていた。現時点で開発できる装備の中で、どれがポニーにとって最適か、それに頭を悩ませている。


「鷹野くん。……フレーメン反応みたいだな」


 星の条件反射を見ながらも、青山がにこやかに歩み寄って来る。星は手にしていた資料をテーブルに伏せた。今回の資料は見られても困るものではないが、癖にしておかなければ危険だろう。


「配信中に『うわ』って言うとは思わなかったよ」

「すみません。不意を突かれたもので」

「コメントより確実かと思ってね」

「おかげで助かりました。ありがとうございます」

「お役に立てて何よりだよ」

「鷹野。青山」


 惣田が暑苦しい笑みでふたりのもとへ来た。

 暑苦しいのと胡散臭いので差し引きゼロだな、とそんなことを考えていた星は、あることを思い立ってふたりに言う。


「ふたりとも、ちょっといいかな」


 資料を手に取る星に、彼の意思を汲み取った様子の惣田と青山が、それぞれ星の正面と左隣に腰を下ろした。

 星はテーブルの上に資料を並べる。


「これがポニーの素養のステータス。こっちがいまの装備込みのステータス。これが騎士の工廠で開発できる、ポニーが装備できる防具。こっちは小具足。これが基地の倉庫にある素材」


 惣田と青山は真剣な表情で資料を覗き込む。レディが一覧にしてくれたもので、詳細が見やすく載っている。


「攻撃力は武器で上げるから、防御と速力を強化するための装備を作りたいんだ」

「ふーむ、なるほどな……」惣田が顎に手をやる。「いまでも随分と防御力を上げているみたいだが、確か、前衛側の三人に比べるとだいぶ低いんだったな」

「遠距離攻撃という特性上」と、青山。「防御力の素養が低いのは仕方ないだろうね。前衛側の三人が高すぎるとも言えるけど」

「あの三人は武器で上げてるから」星は言う。「攻撃は最大の防御みたいな」


 なるほど、と惣田と青山が声を揃える。


「となると」と、惣田。「防御力が最大の防具を作りたいところだが、素材の消費量がえげつないな」

「ポニーは自分の装備に素材が持っていかれるのを気にしてる。ある程度の素材で抑えたい」

「備蓄の素材を考えると……」と、青山。「防具はこれ、小具足はこっちでどうだろう」


 青山が差した箇所を、星と惣田は覗き込む。


「うーん……」惣田が首を捻る。「小具足の速力の上がり幅は充分だが、防具で速力が少し下がるのが勿体無いな」

「女の子だから重い武具は速力が下がるよ」


 星の言葉に、なるほど、とまた惣田と青山の声が重なった。


「小具足で上げても防具が重ければ〜ってことか」と、惣田。「難しいな……」

「鍛え抜かれた戦闘少女でも重みを感じる装備ってことか」と、青山。「それは確かに防御力は上がるだろうなあ……」

「俺とレディさんが検討してる武具はこれで、小具足はこれだ」


 惣田と青山が資料を覗き込む。


「倉庫の素材の中でも最も消費を抑えた装備だね」と、青山。「その分、上げ幅も抑え気味だ。この装備を作るなら、もう少し素材を足して上げ幅の広い装備を作りたいところだ」

「エーミィのルーンアックスにはどれくらい素材を使ったんだ?」

「……それは言わないでおく」

「お、おう……」

「魔装加工には素材がかかるんだ」

「魔装加工って?」


 青山が不思議そうに言った。魔装加工の詳細を配信で語ったことはなかったようだ、と星は考える。


「魔法に対する防御力みたいなもので、エーミィのルーンアックスは中級くらいまでなら魔法攻撃を弾ける」

「防具にはそういう加工はできないの?」

「魔装加工は武器にだけできるもので、防具は魔法に対する耐性と防御力を上げるだけだ」

「なるほど……」


 惣田と青山は、資料を見て考え込む。それから、思い立ったように星に言った。


「お前はどれが一番いいと思う?」

「ん、さっき言ったやつだけど」

「いや、お前が個人的に一番いいと思う装備だ」


 星は躊躇いつつ、一覧の中を指差す。


「個人的にはこれがいいと思うんだが『ラレン』の消費がエグい」

「ふむ」と、青山。「防御力の上げ幅が充分だし速力にも影響しない。が、確かに素材の消費が軽くないね」

「そのラレンってのはどこで採取できるんだ?」

「中級以上のダンジョンじゃないと採れないな。ダンジョンの構造が変化している状態じゃ、また採取に行けるかどうか怪しい」

「他の子の装備に使うこともあるのか?」

「リトの防具に使う可能性もある」

「なるほどな」

「あ、じゃあこれはどうだろう」


 青山が資料を指差す。


「このあいだ、鉄を作るために屑を集めただろう? 屑は初級ダンジョンでいくらでも採れるようだし、この防具なら屑を多く消費することで他の素材を抑えめにできる。これくらいだったら倉庫に響かないんじゃないか?」


 なるほど、と呟いた星は、資料に赤ペンで印をつける。鷹野くんって左利きなんだね、と青山がどうでもいいことを言った。


 惣田が腕時計を見遣った。


「もう昼休みが終わるな。あまり力になれなかった気がするが、部署に戻ろう」

「ありがとう、ふたりとも」

「いえいえ。鷹野くんが少し心を開いてくれた気がして嬉しいよ」

「はい、そうですね」

「あれ?」

「鷹野、今日は攻略には行くのか?」

「いや、ポニーをもう少し休ませたいし、今日は行かないよ」

「じゃあ、久々に飲みに行かないか?」

「平日のど真ん中に?」

「いつ行ったっていいだろ? 青山との懇親会みたいなもんだ」

「ポニーの装備を作らなきゃいけないので結構です」

「うーん、心の壁が硬い!」


 いつものように定時ダッシュを決めた星を、彼が世界を救う配信をしていると知らない社員は「子どもができたのかな」と思っていたらしい。ということを、星はしばらく経った頃に惣田から聞いたのだった。





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