第8話 サイコパス?

 倒れているダンの手には断ち切られた模擬刀が握られていた。

 模擬刀はコイル状の金属を芯にして弾性ゴムで刃の形にしただけ。殺傷力はなく、剣の稽古や試合に使うシロモノ。これで斬りかかったのなら、ダンには皇子を傷つける意思はなかったはずだ。

 レンジの手にも同じ模擬刀が握られていた。


「どういうことか?」


「・・・そ、それは」


 月夜見つくよみ将軍に説明を求められたレンジは言葉を濁した。

 鳴り響いた非常警報に警備兵が集まり、ダンと皇子を取り囲む。そこへ領主夫人エリス様まで現れた。


「何があったんですか?」


日嗣皇子ひつぎのみこ様に・・・剣での立合いを申し入れたんです」


「受けた覚えはありません」


 皇子はあっさりと否定する。


「立合い申し入れを無視されたのが気に入らず、一方的に斬りかかった無法者が、無礼打ちされたわけか」


 嫌々ながらもレンジは頷くしかなかった。その通りなんだろう。


「馬鹿馬鹿しい。射流鹿いるか、部屋へ戻るぞ」


 将軍は、遅れてこの場に到着した領主夫人エリス様を睨み付ける。


「エリス。兵の規律が乱れているようだな、ちゃんと教育しておけ」


「はい、申し訳ありません」


 領主夫人エリス様は、素直に頭を下げた。ちょっと待ってよ、と思った。

 いや・・・これが帝国とラインゴルドの力関係なんだ。



「待てよ!」


 レンジは、右腕のラインゴルド傭兵機団の腕章を引きちぎった。


「俺はもうラインゴルドと関係ない!日嗣皇子ひつぎのみこに決闘を申し入れる!」


 いや、もう・・・これ以上話を面倒にしないでよ。

 将軍が皇子へチラリと視線を向けた時、皇子が小さく頷いたのが見えた。


「誰か、その者に実剣を渡してやれ」


 将軍の声に、一瞬レンジの顔が強ばった。居合わせた警備兵も顔を見合わせて誰も応じない。

 ・・・お願いだから、誰も渡さないで!

 将軍が自分の太刀に手をかけたとき、思わずその手にしがみついてしまった。わたしの意を汲んでくれたのか、将軍は太刀から手を離してくれた。しかし・・・。


「無駄だ」


 将軍は、わたしに小さく呟いた。



「使いなさい」


 皇子は、ついさっきダンを斬った太刀を鞘に戻して、それをレンジに渡した。

 動揺しながらも渡された太刀を抜き、レンジは構えを取った。


「では、始めましょう」


 皇子は決闘の始まりを宣言した。しかし・・・皇子は素手のまま、ただ立っているだけ。


「何のつもりだ?」


「遠慮無く打ち込んでください。必要なら、その剣を奪います」


「ふざけるな!貴様も剣を取れ!」


 構えを解いて、皇子に剣を渡しように兵備兵に指示を出すレンジ。


「言っておきますが、今は決闘の最中です」


 皇子は、いつの間にかレンジのすぐ側に立っていた。そしてレンジの手からあっさりと太刀を奪ってしまう。

 皇子が再び歩き出した後には、頭から血を流すレンジの身体がゆっくりと崩れ落ちた。

 それを見たわたしの視界がグルグルと回って立っていられなくなり、気付いたら、またしゃがみ込んでいた。

 ・・・こいつ、とんでもないサイコパスだったんだ!



 翌朝。ダンとレンジの死は、皇子との実剣での立合いの結果だと言うことになった。領主夫人エリス様と月夜見つくよみ将軍の間で、両国にとって一番無難な落とし所になったのだと思う。

 一番の衝撃を受けたのは、ダンとレンジの上官であるカイザーだろう。


「フレイヤ様のことで、2人とも頭に血がのぼってたのかなあ」


 表向きは「個人的な決闘」なのでカイザーには責任は及ばない。これが「襲撃事件」ならカイザーもどうなっていたか・・・。


領主夫人エリス様と月夜見つくよみ将軍には感謝すると伝えてくれ」


 カイザーはそれだけ言って後は黙ってしまう。



 この日、帝国の使者である日嗣皇子ひつぎのみこは帰国することになっている。

 一刻も早く、ここからいなくなってくれ・・・本気でそう願っていた。

 ラインゴルド城地下の6番機工廠。ダンとレンジがいなくなってしまったので、何もやることはない。しかし、今のわたしにはここしか来るところがなかった。


「オルガ、待ってたぞ」


「フレイヤ様?」


 フレイヤ様は、わたしを待っていたのか?


「まあ・・・なんだな。最悪、一緒に死んでくれ」


 無理矢理、作り笑いする顔には涙の後があった。

 

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