第30話 嫉妬される心地よさ

 王都を数日に渡り満喫したアルベールは、続いて王宮内を自由奔放に歩き回る。


「なあ、エドモンの自室って、どこにある?」


「うん? なぜそんなことを知りたいのだ」


 怪訝けげんな顔で、ディアンは問う。


「まあ、ちょっとな~」


 アルベールはにやりといやらしい笑みを浮かべる。


 その表情から何かを察したのか、ディアンは弱り顔をしながらも場所を教えてくれた。アルベールの考えを聞いたところで、止められはしないとわかっているのかもしれない。

 次は役人のいるところへ行きたいと言えば、苦笑を浮かべるものの案内してくれる。


「へ~、ここが国の財政を管理している部屋か」


 そこには七人ほどの男が、机に向かい書きものをしていた。しかしディアンに伴われ現れたアルベールに、役人たちは手を止め息を呑む。


 この国の民は、髪色が黒い。中には色素が薄い者もいるが、アルベールの煌めく金髪の前ではかすんでしまう。


「あのお方が噂の……なんと美しい──」


 囁く声が聞こえたが、アルベールは素知らぬ顔で一人の若者に話しかける。

 

「ねえ君、何をしているの?」


「えっ? わ、私ですか。え……と、帳簿の計算をしております」


「ふ~ん。楽しい?」


 身を屈め帳簿を覗き込むと、名目と数字が並んでいた。食材費に衣料費、そして目を瞠る高額なもの。

 オーランドの嗜好品が、財政を圧迫しているとみて間違いないだろう。


「楽しいとは、どういう意味でしょうか」


「頭を抱えていたから、この仕事が辛いのかと思ったのだよ」


 帳簿から顔を上げ、今度は若者の顔を覗き見る。


「そ、そのようなことは──わわっ」


 身をのけ反らせた若者が、派手に椅子からずり落ちてしまう。

 少し顔を寄せすぎたかもしれない。


「おや、大丈夫かい? さあ、手を」


 若者に向かって、アルベールが手を差し伸べたときだった。


揶揄からかうものではない」

 

 ディアンに手首を掴まれ、阻まれてしまう。


 驚いて顔を向けると、ディアンはむっと口を歪めていた。


「おまえはさっさと立て、いつまで床に転がっているつもりだ」


「も、申し訳ありません」


 王子の逆鱗げきりんに触れてしまったと、顔を青くする若者には気の毒だったが、嫉妬される心地よさに浸ってしまう。


「大人げないぞ、ディアン」


 顔を寄せ耳元で囁くと、「もう行くぞ」と手を引かれる。自分でも思うところがあったのだろう。ディアンは耳まで赤く染めていた。


「笑わないでもらいたい」


 声は殺したつもりだったが、くすくす笑うと同時に揺れる肩の振動が、腕を伝い繋いだ手に届いてしまったようだ。


「ごめん、悪かった。嬉しかったものだから、つい」


 珍しく素直なアルベールに、ディアンはますます顔を赤くする。


「俺を手玉に取るのは、アルベールくらいだぞ」


「特別ってことだな。オレばかり喜ばせてもらうのも悪いから、まぁ……言ってやるか。有りがたく思えよ、ディアン。オレはおまえを、守ってやってもいいと思っている」


 演技では言えても、率直に「好きだ」と言うのはまだ恥ずかしい。


 尊大な言い方をしたが、実のところ心臓は激しく脈打っている。

 肋骨を押し上げんばかりに。


 何せ自分にとっては、初恋。


 アルベールはしばしこの胸の高鳴りに、陶酔とうすいするのだった。


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