第28話 甘やかなアルベール

「お初にお目にかかります。フランターナ国第二王子、アルベール・モンシャールと申します」


 オーランドの執務室に通されたアルベールは、慇懃いんぎんに自己紹介をする。


 これが執務室──。


 目に飛び込んできた調度品の数々は、見るからに高級感があった。金具部分には金箔が貼られてあるのか、黄金色に輝いているものまである。


 まさに絢爛豪華けんらんごうかと言ってもいいだろう。


 オーランド自身も、宝飾品を多数身につけていた。

 一見、金持ちが下品なほど着飾っているかのように見える。しかし品々の質はよく、目利きのよさが見て取れた。


「かけてくれたまえ」


 オーランドの向かい側のソファーに促され、ディアンと揃って腰を下ろす。


(う~ん、やはりまったく違うな)


 自分の記憶にあるオーランドは、垂れ目でおどおどしているような男だったのに……。


 だからといって、ディアンと似ているわけではない。身体つきは、長身で鍛えられたディアンとは違い、中肉中背で腕っ節は強くなさそうだった。顔立ちはといえば、精悍で野性味溢れる男前なディアンに対し、これといった特徴のない、平凡な顔だ。


 上に立つ者としての、他者を魅了する何かを持ち合わせていないのだ。ゆえにディアンに対し、相当な劣等感を持っているのではないだろうか。


 だから宝石で、自身を着飾るのか……?


「突然訪ねたにも関わらず、お目通りいただきありがとうございます」


 内心をおくびにも出さず、とびきりの笑顔を披露する。


 オーランドの後方に控えて立つ宰相のダリウスは、そんなアルベールを見た瞬間、左頬をひくりと引きつらせていた。


「ほぉー、うわさとは、ほど遠いようだ」


「噂……ですか? どのような噂でしょう。ディアンをとりこにした、この美貌でしょうか」


 ここでいう噂とは、ダリウスから聞いた悪役ぶりだろう。もしくは貧民街から流れた噂かもしれないが。


(まあ、どちらだろうと、関係ないけどな)


 アルベールは優美な笑みを浮かべ、探るようなオーランドの視線を飄々ひょうひょうと受け流す。


「これは参った。ご自分の美しさをよくわかっておられるようだ」


「ふふ、それほどでもございません。ところで、第二王子のエドモン殿下はどちらに? ご挨拶をまだしておりませんもので」


 ないとは思うが、二人が共闘きょうとうしてディアンの排除を目論む可能性も視野に入れる。


「あぁ……エドモンは、父上のお供で王宮にはいない」


 投げやりな物言いから、エドモンの素行に興味がないことがうかがえる。


「さて、この度はどのような用件で、この国へ?」


「ディアンの育った国を見てみたかったのです──などとは申しません。実は……彼に一度国へ戻り、私の元で生涯を送る許しを国王から得るよう進言したのですが……私と一時も離れたくないと彼が言うものですから」


 隣に座るディアンに顔を向け、しな垂れかかるように身体を預ける。そして、そっと手のひらをディアンの胸に当てた。


「ごめん、言ってしまった」


 眉尻を下げ、目を潤ませながら「許して」と口にしてみる。


「うっ──」


 耳まで赤くしたディアンは、言葉を詰まらせ首を縦に何度も振った。


「おやおや、随分としおらしくなられましたな」


 口を挟んできたダリウスは、『あの暴君が』と語尾に続くであろう言葉を、必死に堪えているようだ。ぴくぴくと動くこめかみから、その感情が伝わってくる。


「ダリウス殿、その節はいろいろと──恋とは、人を変えるものですよ」


 口を閉じたまま、きゅっと口角を上げ上品に笑みを向ける。すると、ダリウスはあからさまに顔を顰めた。


「遥々足を運んでいただいたが、生憎と国王は不在だ。私が代わりに話を聞こう」


「兄上、私はアルベールを伴侶とし、生涯を共に歩みたいのです。祝福していただけないでしょうか」


 ディアンは真剣そのものだ。


「もちろんだ。ディアンが幸せになるなら、私は反対などしないよ。末永く、彼の元で暮らすといい」


 寛容さをみせるオーランドは、次期国王の座を得たと思ったことだろう。ディアンはフランターナ国で暮らす、そう勘違いしている。


「よかった、ディアン。これで心置きなく、一緒になれる」


 膝に置かれているディアンの手に、自身の手を重ねる。


 ディアンはぴくりと肩を揺らしたあと、ゆっくりと身体をアルベールへと向けた。


「今の言葉に嘘はないな、アルベール。私たちは、これからもずっと一緒だな」


 アルベールの手を両手で包み込んだディアンは、胸の前まで持ち上げると、念を押すように同意を求める。


「あ……ああ。私もそう望んでいる」


 やや気圧されながら、アルベールは頷く。


(ディアンの目が、不穏だ……)


 妖しく光るディアンの目は、『言質げんちは取った、逃がさないからな』そう語っているように思えた。


 彼にとっては、お芝居などではない。そういうことだろう。


 ぶるっと身震いしてしまった。ディアンの自分へ向けてくる愛情に。しかしそれは、恐怖からくるものではない。歓喜で血が沸き立ったのだ。


 自分を真に理解し、受け止めてくれるディアンは、何物にも代えがたい存在。もう手放すことなどできない。


「──取り込み中申し訳ないが……ここでの滞在は、いつまでとお考えかな」


 手を取り合い見つめ合う二人に、オーランドは戸惑いながらも、甘い空気を霧散させようと問うてくる。


「これは失礼しました。しばらくゆっくりさせていただきたい。この国を見て回りたいですし」


 そう言いながら、アルベールはふところから「お近づきのしるしに」と、布で包んでいるものを取り出し開いて見せる。


「おお! これは見事な指輪だ」


 目の色を変えるとは、こういうことをいうのか。


 宝石を目にした途端、オーランドの見開かれた目は鋭く光り、品定めを始めた。


「我が国屈指の宝飾職人による逸品です」


 細かく面を削られた赤い宝石。銀の台座にはめ込まれ、周りを透明な小ぶりの宝石であしらわれている。


「お手に取ってご覧ください。光にかざすと、美しさが増すかと」


 オーランドは指先でそっと指輪を摘まむと、窓から差し込む陽光に当てる。

 角度を変えながら、光の反射をしばし堪能したあと、オーランドは感嘆かんたんのため息を漏らした。


「なんという美しさ。はじめてだ、このような宝石に出会えたのは──」


「気に入っていただけ光栄です。それはもうあなたのもの。身につけてはいかがです?」


「ああ……そうだな」


 しばらく指に収まったそれを眺め、ふとうらやましいという視線を向けられる。


「フランターナ国は、素晴らしい鉱山と技術をお持ちのようだ」


 言外に、鉱山が欲しいと言いたいのだろうか。


 奪おうとするなら、容赦ようしゃなく鉄槌てっついを下してやる。


「これからは身内も同然。トシャーナ国のためなら、力になりますよ」


やや小首を傾げ、可憐に微笑む。


(おまえには貸さないけどな)


 笑顔の裏で毒づくアルベールの心中を、ディアンは察したようだ。

 苦笑を浮かべ、なだめるように膝をぽんぽんと叩かれてしまった。

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