第4話

 階段を下りきったところで躓き倒れる。

 緊張と消耗した身体に鞭を打って振り返って上層に視線を向けると階段の途中にある聖銀の柵に階層主(仮)が阻まれてシューーーッと威嚇していた。

 その威嚇行動のあと階層主(仮)は上層に踵を返した。


 そこに至ってようやくゆっくりと息を吐き、身体が弛緩するのを感じたところで剣を鞘に納めて尻餅をつくように座り込む。

 休息が必要だと身体が主張していた。


 この階層に入って一番近くにある広いセーフエリアに向かう。

 襲撃者がいる以上セーフエリアが絶対の安全地帯とはいえない。

 それでもモンスターに襲われることなく休息が取れる。それだけを考えてそこを目指す。


「なんだコイツら! ぐっ!」

「しっかりしろ!」


 ガッ! ギィィンッ! ザシュッ!

 誰かがこの先で戦っている音が響いてくる。警戒しつつ足音を忍ばせて進む。


 通路が緩く弧を描く先から響いてくる音に混じり耳をつんざくような叫び声が「ガアァ!!」と迷宮内に響いた。

「くっ……」

 一体何がこの先で……


 通路の迫り出した岩の影から状況を窺う。

 一人の探索者が床にうつ伏せに倒れてその背に剣を突き立てられている。そして二人の探索者が戦闘を継続していた。


 同じような装備に身を包んでいる三人の探索者、仲間割れかと考えないこともないが迷宮下層まで来てこうなる状況は希少な装備か財宝を見つけたんだろう。


 息を潜めて戦闘が終わるのを待つ。

 戦闘自体は呆気なく終わった。残ったのは小柄な方の探索者、ソイツは二本の剣を巧みに使って相手の攻撃を捌いていた。緩急をつけて受ける。流す。体制が崩れたところに首筋を撫で斬りして大柄な探索者は床に倒れ伏した。


 三人の戦闘が行われていた通路に静寂が訪れたのも束の間。奥から獣の叫び声が聴こえてくる。さっきの叫び声にモンスターが呼び寄せられたか。


 小柄な探索者は今倒れた大柄な探索者の腰からポーチを奪い取って俺の方に駆けてくる。岩影に息を潜めていた俺に気づかなかったのかその探索者は上層へ向かって駆けて行った。


 すぐに俺は二人の探索者の背嚢と剣を持って踵を返す。

 叫び声に引き寄せられてやってくる存在から逃れ、先ほどの探索者とも遭遇しない場所への退避を頭に思い浮かべた俺は狭い横穴に這いずるように潜り込む。


 どれだけの時間が過ぎたのか暗闇の中、聴覚だけを頼りに周囲の警戒を続けているとバリッ、クチャ、ボキンッ、バリバリといった音が聴こえてくる。その合間に水気を含んだ音や咀嚼音が聴こえてきた。


 静寂が訪れキーンと耳鳴りがする。どれだけの時間が過ぎたのか、感覚的には一時間以上経っているように感じるが実際にはわからない。




 横穴の奥で探索者の背嚢の中身を確認したが俺の役に立ちそうなものは携行食、水袋、基本携行物(ロープや火口箱など)、ポーションの瓶が二本だった。瓶の栓を開けて匂いを嗅ぐとどちらも治癒のポーションであることがわかった。


 早速ポーションを口に含んだが酷い雑味のうえに効果も低い。

 俺にも覚えがあることだが駆け出しの頃にポーションにまでお金が回せなかった時にポーション作成のための素材をただすり潰して濾しただけの液体がこんな味だった。その点で言えば僅かでも回復効果があっただけ良しとするべきなのか……

 二本目のポーションも我慢して飲み干したが止血と僅かに痛みが軽減される程度の効果だった。


 それだけの回復効果だったが無いよりはマシと割り切って携行食に手を伸ばす。

 ここまで食べるものがなかったおかげで不味い携行食がありがたく思えた。


 水袋の中に入っていたのは希釈されたエールだった。飲み口を拭って掌に取ったそれを舐めてみたが酷く不味い。


 それでも襲撃されたあの時からようやく訪れた安息に気が緩んだ俺はうとうととしてしまい頭を振る。が、疲労もあり耐えきれずに眠ってしまった。

 こんな場所で無防備に眠るなどあっていいはずがないというのに……



 ガサ、ガサッ、ボリッ……

 ハッとして身体を起こし音のした方に視線を向けるが暗闇の中では何も見えない。だがその音は背嚢はいのうを置いてあった場所付近からしている気がする。


 そっと左手を伸ばして唱える。

松明torch

 俺が使える術はほとんどない。この松明torchの術も他者が唱えた方が明るいし持続時間も長い。俺には術の才能が無いのだ。


 それでも至近距離を照らすには十分な灯りだった。

 そこには背嚢はいのうが二つ、一つは無造作に置いたままだったがもう一つは横倒しになってガサガサと音を立てて小刻みに動いていた。観察していると背嚢はいのうの口から尻尾が出ていて揺れていた。


 近くに置いてあった探索者が持っていた剣を鞘から引き抜いて揺れている背嚢はいのうに突き立てた。

「ギャッ!」

 短く呻き声を上げたあと動かなくなったソイツを確認する。ソイツはどの階層にも生息しているオオネズミだった。


 オオネズミは迷宮内では比較的簡単に手に入る食材と言われているが俺は駆け出しの頃に誘われたパーティで探索中に出されたネズミ肉にあたってからは口にしていない。


 貴重な食糧と考えないでもなかったがオオネズミと共に血まみれになった背嚢はいのうを残して通路に戻る。


 聴覚に意識を集中して周囲を警戒した俺はフゥと息を吐く。

 束の間の安息を得てさらに迷宮の奥を目指すために足を踏み出した。

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迷宮行 鷺島 馨 @melshea

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