第22話 追跡者を探せ②

 学校が終わってから二時間程経った頃、バイトをしていた俺のスマホに一気に何件もの通知が来た。

 

「店長、少しスマホ触りますね」

「うん、良いよ。絵里奈たんは私が見ているから」


 俺は店長にだけ伝えた。

 勿論絵里奈ちゃんが学校で孤立していることや今回の詳細は伏せて。

 伝えたことは二つ。


 今、俺が、とある同級生と大分殺伐とした喧嘩をしていること。

 そして、その相手が俺の手を鈍らせる手段として、絵里奈ちゃんを追跡する人間を送っていることの二つだ。


 ただこの店長のことだし、ある程度は察しているのかもしれない。


「さて、誰かなっと……お、郷原か」


 誰からか確認した俺は、素早くトーク画面を開く。


《郷:ピックアップしてやったぞ》

《郷:三人だ》

《郷:黒髪のピアスを付けた男の写真・茶髪のマッシュの男の写真・眼鏡を掛けた黒髪の男の写真》

《郷:ただ眼鏡の奴は不良じゃねぇただの学生だ。金に困ってんだとよ》

《郷:何でも母子家庭で金が欲しいってウチの奴の近くで友達に漏らしてたらしい》

《郷:そんな奴の弱みに漬け込む屑は俺が絞めてやろうか?》


 相変わらず、ヤクザの頭領の息子のくせに曲がったことが大嫌いなようだ。

 俺は『いやいい。自分で何とかする。情報ありがとう》とだけ送って三人の写真を念入りに観察する。


 ふむ……取り敢えず三人とも俺は知らん。

 それに……少なくとも眼鏡の子はお互いの面識もなさそうだな。


 俺の憶測だが、恐らく黒枝は俺が郷原に頼むのは既に予測していたのだろう。

 だから敢えて一人は不良じゃない普通の奴を選んだ。

 恐らくソイツには『ターゲットを犯せ』とは言っていないだろうが、自分なら俺に信じさせることは出来る思ったのだろう。

 前回も自分の思い通りに事が進んだから。


 ま、その過信が黒枝にとっての命取りになるんだがな。


 俺は自然な感じに外を見ながら辺りに視線を巡らせる。

 三人共とは言わずとも、流石に最低一人は必ず常に見張っているはずだ。

 恐らく黒髪ピアスか茶髪キノコの二択、


 さて、どちらがいるのか———いた。


 俺は少し不自然な挙動で此方を頻りにチラチラと眺めては、スマホをいじっている男を見つけた。

 写真の中の男にも……入っている。


「ふーん……黒髪ピアスか。ま、予想通りって感じだな」


 一先ず確認出来ればいい。

 行動を起こすのは、今日の夜の絵里奈ちゃんと帰っている時だからな。


 簡単に作戦を説明するならば……相手を黒枝陣営から俺陣営へと寝返らせる。

 対価は郷原と友達になれる、とかでも良いだろう。

 不良から見れば郷原は憧れらしいし。


 ただ、黒枝のことだから、何かしら寝返らないように手を打っているはず。

 お金ではなく、もっと別の何かで。


「……何か共通点は……」


 正直、黒枝を潰そうと思えば恐らく今すぐに潰せる。

 黒枝の弱みだけでなく、イケメン君の弱みも握っている俺からすれば、証拠などなかろうが噂を流すだけで多分二人は勝手に潰れてくれるはずだと踏んでいる。

 今学校内で超絶話題の二人なので、噂が消えることはないだろう。

 

 しかし、絵里奈ちゃんを狙う追跡者達が邪魔で踏み込まない。

 黒枝なら、躊躇なく『襲え』と男達に命令するはずだ。

 だから、奴らを寝返らせる一手が欲しいのだが……追跡者達の弱みが分からないので残念ながら全くもって思い付かない。


「……二人に増えてんじゃねぇか」


 黒髪ピアスだけでなく、茶髪キノコまでもが店の近くで此方を見ていた。

 俺はそれだけ確認すると……休憩になったらしい絵里奈ちゃんが俺の対面に座ったことに気付いて視線を切る。


「何外見てんの? 何かあるわけ?」

「いえ、ただ暇だから見てただけですよ」

「……その口調」


 警備員の時は店員との距離を少し置かないといけないので敬語で話しているのだが、それが絵里奈ちゃんには不服のようだ。

 ジト目で睨み付けてくる。


「へー、下の名前呼びなのに敬語なんだ」

「佐倉さん?」

「———絵里奈、よ。今後上の名前で呼ぶの禁止。あと敬語も」

「ええっ!? そんな横暴な! これは契約内容に書いてあったことで———」

「そうなの? 今までの警備員は皆んな私達店員にタメ口だったけど?」

  

 ……店長?

 どうして俺の時だけ敬語で話すことを契約入れたんだ?


 俺がジーッと店長を見つめると、スッと目を逸らされた。


「……絵里奈さんは何があったか知ってますか?」

「敬語」

「…………絵里奈さんは何があったか知ってる?」

「何でも馴れ馴れしかったせいで複数の客から苦情が来たんだって」


 へぇ……まぁ苦情はやり過ぎだと思うけど複雑な心境にはなるか。

 自分はお金払って仲良くしてるのに、同じ職場ってだけで仲良く話せるんだもんな。


「それ言ったら俺達はアウトでは?」

「私達はいいの」

「何で!?」

「てんちょーにオッケー貰ったから」

「店長……?」


 再び睨む俺から身体ごと逸らした店長は、いそいそと俺達から見えないところに逃げていった。

 あの店長は……と頭を痛くしていると、絵里奈ちゃんが俺の腕をツンツンしてくる。

 何事かと横を向けば……片手で俺の腕をツンツンし、もう片方の手で頬杖をついて目を逸らしている絵里奈ちゃんの姿。


 ……え、可愛すぎるんですけど。

 この世にこんな可愛い人を生まれさせて良かったのですか、我が神よ。


 しかし、俺のトキメキはそれだけでは収まらなかった。


「……今日も、一緒に帰れるの……?」

「…………」


 一瞬チラッと此方を見たかと思えば、憮然とした表情ながら若干頬を赤くしてとんでもなく嬉しい言葉を言ってくれる。


 ……うん、速攻であの黒枝とかクソガキ潰すからね。

 絵里奈ちゃんには、絶対に危害を加えないからね。


 俺は固く心に誓い、大きく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る