灰色の嵐
ターン性RPGにおける“すばやさ”の項目は大事だ。
相手より早く動ければ相手から被害を受ける前に攻撃が出来る。或いは相手が動く前に防御を固める事が出来る。先制し、そのまま相手を動かす事無く戦闘を終わらせることは戦闘では最も有効な戦術の一つだと言えるだろう。
だからターン性RPGで2回行動や3回行動が出てくると、環境は簡単にぶっ壊れる。無論、インフレという意味で。
そしてこの2回行動3回行動は、リアルに発生する。
つまり突き抜けた身体能力を持つ人間であれば、相手が反応する前に複数回行動を挟み込む事が可能になる。無論、この方法自体色々とある。体のスペックを上げる方法、時間を操作する方法、単純に相手の速度を下げるという方法……だが結果として辿り着くところは一緒だ。
故にゲームだけではなく、本当の戦いにおいても相手より早く動き、相手よりも多くの有利を取得するというのは非常に重要な事である。
故に戦闘とは1にイニシアチブの奪い合い、そして2に本命を通す事を模索する為の探り合い、そして3に必殺を通す為の刹那で構成されている。故にイニシアチブを大きく取得する事の出来る速度というステータスは非常に重要だ。
ではこれが均一化されたら?
速度が均一化された世界では何がイニシアチブを得るに足る?
―――その答えは手数だ。
殺到。
25の手が武器を手に一斉に襲い掛かる。速度に上限がかかった空間内では相手より先に動く事で連続で迎撃するという事が出来ない。1つを迎撃している間にもう1つに対処する事は出来ない、絶対のルールが敷かれる。
ならば出来る事は決まっている。
「オラっ!!!」
剛撃。
拳鬼がこの状況で頼れるのは己の筋力になる。剛撃を放つ事で一度で複数の攻撃に対して対処する。放つ拳は衝撃波を生みだし、社長室の床と天井をめくれあげさせながら攻撃を弾こうとする。だが速度がない状態だと火力がトップにまで乗らない。
故に防ぎきれない。
1秒目。
斬撃と刺突が体を抉る。血を吹き出しながら瞬時に拳鬼の体が再生しながらも乱撃が放たれる。拳の風圧と破壊が攻撃を弾こうとするが、攻撃の陰に混じる灰斧の抗力無視により拳が真っ二つに裂ける。心臓を槍が貫き、喉を短刀が貫く。
2秒目。
血塗れの拳鬼が攻撃を止めない。全身を崩壊させると同時に再生し、壊れている肉体等構う事無く全く同じ破壊力、速度を見せて乱撃を続ける。その姿を殺し続ける為に25の手を全て拳鬼へと殺到させる。首をへし折る。腕を切り落とす。足を捩じる。重力で頭を潰す。
腕が降り上げられ、振るわれる。
3秒目。
戦闘が止まらない。逆再生するように肉体が治って行く。矢で頭を消し飛ばせば脊髄から骨が生えるように再生する。裂けた拳が閉じて固まる。上半身の衣服が消し飛んで見える上半身は新たな血を吐き出しながら血を生む。胸に頭が入る程の穴が開く。大剣が体を裂いた。まだ動く。
4秒目。
殺到。乱撃。殺到。乱撃。視界範囲全てが灰色に染まる程の物量が一斉に肉体を破壊する為に動く。名の如く嵐を起こし、その肉体を破壊する。だがそれでも、それは動いていた。破壊されながら、死んでいてもおかしくない状態でありながら動き続ける。
5秒目。
「―――やるじゃねぇか」
頭蓋骨が、皮膚のない顔が再生した―――いや、状態復元か。頭を潰して即死させた筈の命が変わらずそこにある。拳を振り上げ、そこにあらん限りの力を籠め、そして迷う事無く振り抜いてくる。
拳で。
状態復元による死亡前への回帰。そして圧倒的なフィジカル。たとえ多少のデメリットがあろうが、それを正面から粉砕する蛮族of蛮族。それが拳鬼という男が取る戦術、特異性、そして強さ。
最初から最後まで自分の強みだけを押し付けて殴り続ける。戦闘が究極的に自分の強みを押し付けて勝つ事を目標とするゲームなら、拳鬼というプレイヤーはデバフを無視して自分の強みを押し付ける事に特化したビルドをしていると言える。
超特化型の極地。拳鬼28歳、独身。
ロマンティックな出会いからの純愛しか認めない男は、殺された程度で死ぬほど弱くはない。
「そらそらそらそら! そらァ! いいぜぇ! 久しぶりに死を身近に感じるぜ、戦いとはこうじゃなきゃなァ……!
全身をずたずたに引き裂かれながらもなお咆哮。25を超える武具からの連撃を前に更に接近。ゼロ距離へと踏み込んで拳を振るってくる。放つ乱撃の1打1打が空間を砕く様な衝撃を乗せてくる。相手の攻撃を受けずとも、その衝撃だけで皮膚が裂ける。
それでも前へと踏み込み、滑り込み、抜けて、回避し、斬撃を、打撃を、刺突を重ねる。
武具に宿った術式を起動し、常に圧殺するように拳鬼の体を殺し続けながら高速で部屋を駆けまわる。追従するように、追撃するように互いに互いを食らい合う様に攻撃を一瞬を止める事もなく続ける。ダメージレース自体は此方が勝利している―――だがその均衡は薄氷の上。
一瞬でも気が抜ければ覆される。
故に、殺しきる手段に切り替える。
「―――!」
2本目の杭。出た瞬間拳鬼の目が鋭く戦いの変化を察知した。足を折るのと同時に杭が空間に突き刺さる。
「殺った―――」
だがその合間を縫って貫手が胸に触れて……止まる。
「!?」
にちゃあ、と笑って片手にインジェクターを取り出した。装填されているアンプルはエリクサー……ではない。装填されている薬の色、そしてそれが首筋に向かうのを見て、それから杭へと視線が一瞬だけ渡り、全てを相手が察する。
拳鬼の再生力が脚に対して全集中する。
だがそれよりも早く、ぷしゅ、という音を立てて首から薬が注入される。その瞬間、世界の全てがスローになる。知覚が限界まで加速され、そして肉体が時間という制約から解き放たれる。自分以外の全てが時の深海に押しつぶされる中、そこから解き放たれるような感覚―――圧倒的自由と全能感が体を満たした。
5秒前。
新しい杭を突き刺す。空間に投影される能力が変化し、前の杭が砕ける。相手が余計な事をする前に両腕を粉砕する。杭は1つの空間に対して1つの効果しか付与出来ない。その為新しいものを持ち出せば前のは当然効果を失う。回復阻害の杭を突き刺して拳鬼を詰めに持ち込む。
4秒前。
足を破壊して移動力を奪う。肺を破壊して激しい運動を封じ込める。槍を2本突き刺して再生を阻害する。
3秒前。
杭を切り替える。鎌で足を切り落として腹に斧を突き刺し床に固定する。
2秒前。
首を掴んで床に叩きつけ、拳を顔面に叩き込んで顔を半分破壊する。
1秒前。
殺到。無数の
0。
加速薬の効果が切れる。体を満たしていた超加速効果が消え去り、肉体が通常の領域にまで引き戻される。5秒間、時間の軛から解放される代償に肉体にその数十倍の負荷が一瞬で降りかかる。呼吸さえも苦しく感じる疲労感の中、殺到した25の枝が床に拳鬼を縫い付けた。
「前半戦とは立場が逆だなぁ」
「かっこ、つけるには消耗しすぎ……だ」
荒く息を吐き出し、玉のような汗を零す。周辺は爆撃があったかのように崩れているが……破壊自体は少ない。それはお互いにオーディエンスへの被害を配慮して範囲を絞った攻撃だけを選んだという点にもあるが、戦闘そのものが一瞬で終った事にもある。
達人の戦いは牽制や比べ合いを含めて延々と続くようにも思えるが、実際は違う。
どっちが先に必殺を通すかという点に集約される為、強ければ強い程一瞬で終わる。荒げる自分の息を何とか整えながら背筋を伸ばし、堂々とした姿を晒す。
「俺の、勝ちだ」
メタ張って辛勝。手放しで喜べる内容ではない。だが勝ちは勝ちだ。
視線を足元の拳鬼から、奥、未だに動く事無く椅子に座り続けるジェイムズ社長へと向けた。
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