秘密兵器
「灰谷シュウ、君は―――」
「もうやめにしましょうぜ、社長さん。もう言葉で説得できるとかそういう領域を過ぎてるんですよ、こいつは。最初からずっと戦うつもりでいて、言葉で欠片も揺らぐ様子もない。説得なんてハナから受け入れるつもりなんてないんですよ、こいつは」
「……」
ジェイムズ社長の執務机の前を陣取るように拳鬼が立った。両手の拳をごきり、ごきりと鳴らせ戦意を体に漲らせる。その様子は最初からアクセル全開である事を思わせる―――調子は良さそうで、最初から遠慮なく本気で潰しに来るという様子だ。
「社長さんよ、アンタが余計な不況を買いたくないから生かして終わらせようとするのは勝手だ―――だけどあの暴君はそういう生かしておけば何もしないとか、死んでるからキレるとかそういう生き物じゃねぇんだわ。解りづらい地雷を踏んだ結果吹っ飛んだ奴なんてごまんといる。アウトだったら既にアウトなんだよ」
拳鬼の言葉に腕を組んでうんうんと頷く。
最強:うん……
魔法少女:実の息子でも地雷原把握できないらしいし……
鉄人:まあ……うん……
戦士:なんというか……
CEO:めんどくせぇよな……
:評価が散々すぎる超越者
:超越者大体そんなもんでしょ
最強:ごめんね……!
配信画面が酷い事になってる気がする。まあ、それはともかく……こっちは最初からやる気で来てるのだ、相手が戦意を滾らせるように此方も戦意でお返しする。コートも、ブーツも、インナーも、全て本気で戦う為の装備に着替えてある。付けている指輪やチョーカーもダンジョンから手に入れられる最上級品だ。
今日は本気で殺し合う為にここにきているのだ。今更チキる事はあり得ない。最悪、もう1人ぐらい特級が追加されたとしても抹殺するだけの装備と道具は用意して来てある……完全に赤字だが、やるしかない。ここで引けば一生の笑いもんだ。
「拳鬼、確認する……《暴君》の地雷は解らないのか?」
「解らん。息子の意見は?」
「解らない……母さんの人間性とか見た事がないし……。地雷って言われても存在そのものが地雷だし……」
「そっかぁ……」
少しだけ室内の空気がしゅん……とした。まあ、物理的にモンスターなペアレントを持っている身としてはだいぶ諦めてるという部分が本音なのだが。それでもまあ、やっぱり一番あり得るパターンはあれかな。
「既にこの状況を見ていて、俺が勝てるかどうかをわくわくしながら遠巻きに眺めてるって感じが一番あり得るパターンかな。ギリギリ勝てる勝てないの境界線を越えられるかどうか確認して出来ないなら新しい子でも産むかなあ、みたいな」
「お前それ言ってて悲しくならねぇの?」
「だいぶ悲しい」
「灰谷シュウ、親は選べないが所属するコミュニティは選べる。属する場所を変える事をお勧めする」
「なんでお前に慰められなきゃいけないの……?」
そこまでか? そこまであの母親の息子として生まれた事実は憐れむ事なのか? いや、だいぶ憐れむ事だな……。俺も正直俺以外の誰かが同じ状態だったら無言でジュースでも奢るもん。そう考えると俺の生まれって相当アレだな。悲しくなってきた。どうして親権獲得してくれなかったんだ父さん……。
「はい! 止め止め! この話止め! もとの話題に戻ろうぜ! 戦意萎えるか! マジで萎えるから。今マジで萎える3秒前だから。お前らには解らないだろうな、親の影で生き続ける事で“でもアイツの息子なんだよな……将来同じカテゴリーに入るのかな……”みたいな視線をご近所さんに向けられるのを……!」
「泣いて良いか?」
駄目だが。
はい、リセット。気持ちリセット。茶番はここで終わりにしよう。十分にふざけたんだしこれぐらいやれば十分だろう。茶番の間に魔力の練りを終える。それを神経の末端まで届かせ、肉体の完全なコントロールを得る。自分の肉体を細胞単位で把握し、動かす準備を整えた。
同時に拳鬼も準備を完了させる。肉体のハリは良く、力が満ち溢れ、その拳1つでビルどころか小さな住宅街そのものを粉砕出来るだけの力が込められている。戦闘が始まればその瞬間あの拳が飛んで来て……今度は、肉片すら残さず消し飛ぶだろう。
「……解った、拳鬼。次は殺す事を許可する」
「了解、了解……っつー訳だ、灰色の嵐。死んだらあの世から暴君になんかイイ感じに伝えておいてくれ。報復しないように」
「死んでたら難しいかなあ……」
はあ、と息を吐き、ちらりと後ろを振り返る。そこには変わらず天使とサキの姿がある。サキはさりげなく天使を守る様なポジションに立っている辺り、根本にある人の良さが見える。
―――ここへと向かう事を決めた時、サキは自らここに来る事を望んだ。
俺は別段それを止める気はなかった。恩人だが、特別友人という訳でもない。ただその根性は割と気に入ってる。自分から死線に解っていて踏み込める奴は、早く死ぬか飛躍するかのどちらかだ。彼女は今、得難い経験をしている。
ぺろり、と唇を舐める。
「―――戦いに置いてより上位のスペックを保有する者が戦術的優位を獲得するのは当然の理だろう。特級をレベル100とすれば俺は良い所70前後ってぐらいだ。相性が良ければワンチャンあるって形になるな……解るか、ザキさん?」
「サキよ。つまり戦術的な優位は既に取られているという事よね?」
そうだ、と頷く。ちょっとしたレクチャーに入ると、それを待っててくれるのか拳鬼が仕掛けずに待っていてくれる。ありがてぇ……お前、実は割とプライベートだと紳士的なタイプだな?
「そう、スペックの差ってのはそのまま勝率に影響する。素早さで負けていると上から殴られて終わる。力が違うと抗えずに終わる。耐久は……まあ、中級以上は規模が増えるだけで何をしても即死ルート狙う事以外は変わらないから考慮しなくて良い」
肉体の基本的なスペックはそのまま勝率に直結する。先制を取られたらそのまま負けるというケースはまあ、珍しくない。
「だから俺達は肉体を強化できるところまで追求して……特級はその拡張できるスペックを人類の上限まで引き上げた連中だ。つまり人類が達成できる筈の最上ラインに到達して、上限という名前の暴力で殴ってくるのが特級だ」
ガッツポーズからのサムズアップ。調子の良い男だ。
「俺みたいに突き抜けたステータスがなく、オールラウンドで対応力に優れたタイプは、突き抜けた能力を持つタイプに弱い。平べったく弱点がないから、突き抜けたものに対する対応がしきれないって弱点があるからだ」
オールラウンダーは格下相手には無類の強さを発揮する。何にでも対応できるからだ。だけど超特化型に突き抜けて負けていると、それを覆す事が出来ずに摺りつぶされるのだ。
「今回の場合、相手のスペックという突き抜けた点に俺はどう足掻いても自分の身では届かない。加速薬を飲んだとしても同じ領域の速度を出す事ができるのは15秒ぐらいだろう。それほどこの先の領域ってのは重い」
俺も体を相当弄ってるが、それでもまだ足りない。特級という領域に届くには人類の限界を目指す必要がある。
「……なら勝ち目はない訳?」
「それは当然、違う。勝ち目のない戦いは……まあ、場合によってはある。だが少なくとも、勝つ手段はデータと積み重ねさえあれば出てくる」
そしてこの場合、既に1度戦闘を行っているおかげで相手の戦闘手段、スペックが割れている。そのおかげで今回はメタを張れる。
「そう、メタだ。対策、或いは専用対策。戦いに勝つためには古来から相手に最も有効な手段を見出して戦ってきた。炎が相手なら水を持ち出す、相手がケモノならケモノ特攻のある装備を使う。卑怯でもなんでもなく、これは勝つための戦術で、そして人の知恵でもある」
だから、無論、と言葉を続ける。
「彼の攻略法は既に出来ている」
そのまま戦えば絶対にスペック差で潰されるから。バフするだけでは足りない。なら答えは簡単だ。ストレージから指輪を取り出す。あまり、珍しい装備ではないし、初級や下級の探索者なら購入を考えるレベルの低位のアーティファクトだ。
「敏捷の指輪?」
「そう、装備する事で自分の敏捷性をある一定まで上げて固定してくれる装備だ。これを装備すればどんなノロマだって韋駄天の如き足さばきを得られる」
が、この装備には1つ、罠とも言える要素がある。
「これ、俺達のように装備が出せる以上の速度で動ける場合、逆に出せる速度に上限がかかるデバフアイテムになるんだよね」
「ふーむ?」
指を手の中で見えるように転がして―――逆に手に青白く淡い光を放つ杭を取り出す。
「そしてこちら、数時間前に東光ディメンションさんから購入したライセンスで手に入れたアイテム。何とグレードの低いアーティファクトの術式を吸い上げ、それを空間に投影する事を可能とするアイテムになりまーす」
秒で何をするかを把握した拳鬼の姿が消えた―――残像すら感じさせない速度だ。だがそれよりも早く、杭が術式を吸い上げてアーティファクトを破壊し、空間に突き刺さった。
それにより、室内に速度上限が設けられた空間が形成された。
見えない速度で繰り出される絶対破壊の拳、それが見える速度にまで落ちた瞬間、その脅威度は段違いに下がる。
無論、破壊力という概念に対する干渉は一切行われていない。その事を考慮すれば速度が落ちた事で減算された破壊力を考慮しても、致命的なダメージが起きうると解るだろう。つまり次のインパクトを受ければ即死する。
―――が、そうはならない。
見える事で攻撃は受け、弾き、流す事がかろうじて出来る領域にまで落ちてくる。
レベル100がレベル90まで落ちてくるライン。ギリギリ最強スペックからまあ、最強だと言っていいんじゃないか、ってレベルの変化。
だがこの変化は、その領域を見慣れた者に対しては天と地ほどの差がある。
仮想的は人類最強最悪の枠に入る1人、母の強さは遺伝子に刻み込まれている。
故に見える事とは、対処できると断言できる。刹那に繰り出される三連撃を両手で受け流す。その衝撃だけで両手の骨が砕け、皮膚が剥がれ、血が飛ぶ―――だが吹き飛ばない。壊れない。
ガチ、ガチ、ガチ、と口に咥えられたエリクサーの瓶が音を鳴らし、罅が入り、割れて喉に液体が滴る。
お互いに言葉はなく、そこから神速の10連撃。腕を粉砕しながら同時に対処し、一瞬の間に生まれた拮抗の瞬間に槌で無重力を付与し、そのまま弩を放って押し出す。必殺、消滅の一矢は腕を交差した姿によってその成果を見せる事無く散った。
再び部屋の反対側へと押し出された拳鬼、両腕が再生途中の俺。
この短いやり取りで既にどちらがアドバンテージを得ているかは見えている。
「チ、東光もめんどくせぇ道具を売り出しやがったな……後でチェック入れとこ」
再生途中の両腕を床につけ、獣のように四肢で立つように構える。
「そう、ここまでだと五部だと言いづらい。速度を削っても筋力で上回られるから俺が押し負ける。だけど速度が均一の状態だと互いに無駄な動きが相手への一手の譲渡になる。つまり手数の多い方がこの空間においては優位に立つ」
カチ、チャキ、ザラ―――。
コートの下から枝が伸びる。
否、枝ではない。枝のように見える金属。
しなやかで、頑強で、変幻自在で、冷たく、しかし暖か。二律背反の金属はまるで意思があるかのように枝を伸ばす。
虚空へと伸びる枝はそのまま空間に突き刺さると、ゆっくりと引き抜かれる。その数合計で25。25本の枝が空間に突き刺さってから抜ける。
その先端に、武器を付けて。
灰色の、本気で戦う為のハイエンド仕様のオーダーメイドウェポン。それが全て引き抜かれた。神経が通うかのように従順で、そして自由。それこそ骨と肉で編まれた人体よりも遥かに自由に動ける余分な25の灰の手。
「―――どうして俺が灰色の嵐と呼ばれるのか、その証明を立てよう」
特級狩り、開始。
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