●4人目:愛猫ミケを失った、小春の場合

 美しい少女ノーラはその身にある呪いを背負っている


 それは「姿」という呪いだ

 そのかわり「姿」という能力を与えられた


 しかし「自分の姿には戻れない」ため、ノーラの母は彼女を娘だと認識できない

 ノーラの親友も彼女のことを認識できない

 かつてノーラを知っていたすべての人からノーラは失われてしまったのだ


 だが呪いを解く方法はある

 それは誰かのために、その人が望む姿になって、

 その人の願いを叶える、という方法だ


 そうして99人の願いを叶えた時、

 ノーラにかけられた呪いは解けるといわれている


 かくしてノーラは今日もそうした願いを持っている人を探し求め、

 その人が願う姿に変わり続けるのだった



 そして今日、ノーラは小春と出逢う。



 小春は、教室の一番後ろの席でぼんやり外を見ながら、いつもミケと遊んでいた公園を見つめていた。友達が声をかけるものの、彼女の心はまるで別世界にあるかのよう。ミケのことを思うと、小春の胸には締め付けられるような痛みが走った。

 放課後、小春は一人で公園をさまよった。いつもいるはずのミケがいない。

 公園のベンチに座り込む小春の目から、涙が溢れる。

「あの子が居なくなってしまったのは、私のせいだわ……」

 そんな時、不意に小春の前にふわりと現れたのは、天使のような容姿をしたノーラだった。ノーラは小春に気づき、優しく声をかける。

「どうして泣いているの?」

 小春はびっくりして顔を上げた。見知らぬ少女の優しさに心が温まる。

「猫のミケがいなくなっちゃって…もう戻ってこないの。私がちゃんとしてなかったから…」

「そうなの……それはとても悲しいことね……でも不思議だわ……小春ちゃんの悲しみはもうすぐ癒されると思うの」

 ノーラはそっと小春の涙を拭い、彼女の目を見つめながら約束した。

 小春は不思議なほどノーラの言葉に心惹かれた。

 そこには、何か特別な力があるようだった。

  翌日、小春が学校からの帰り道に再びその公園を通った時、ミケにそっくりな猫が彼女の目の前に現れた。

「ミケ?」

 それはもちろんノーラが変身したミケだった。

 突然現れた、ミケにそっくりの猫を前に、小春は嬉しさと驚きで目を輝かせた。

 彼女はゆっくりとその猫に近づき、膝を曲げて目線を合わせる。

「ミケ……? うそ、どうして?」

 ミケに変身しているノーラは、その小さな身体で小春に寄り添い、温かい瞳を向けてソフトに鳴いた。

 小春はミケを抱きしめた。その刹那。

(お別れを言いに来たの)

 小春の頭の中で声が響いた。

「え……?」

 小春は周囲を見渡したが、誰もいなかった。ただ腕の中のミケだけが碧の瞳でじっと小春を見つめている。

(あたしは小春を嫌いになったりなんかしないよ。ずっと大好きだよ)

「ミケ……」

 頭に響く声がミケのものだと判った小春は驚いた。

「でも、お別れって……」

 ミケは一度悲しそうに顔を伏せたが、もう一度顔を上げた時は毅然と視線を小春に送っていた。

(時間が来たの。ミケはもう天国に戻らなければならないの。今までありがとう、小春。ミケはとても楽しくて幸せだった……)

「ちょっと、待って! ミケ!」

(でも悲しまないで、小春。ミケはまた必ず小春と逢えるよ。それは輪廻の輪の約束でもう決まっていることだから)

「ミケ……」

(だから、しっかり前を向いて生きていってね。大丈夫、小春は強い女の子だもんね!)

「ミケ……!」

 小春の両の眼からぼたぼたと涙が零れ落ちた。

(約束だよ、次に会うまで……元気で……)

 頭の中で声が響き渡る前にミケの姿は透き通り始めた。

 小春の抱きしめる手にまだ温かさが残る中、猫の姿をしたノーラは静かに消え去り、その場は再び静寂に包まれた。

 小春は顔を伏せしばらくその場に立ち尽くしていた。

 しかし次に顔をあげた時、彼女の顔に浮かんでいたのは笑顔だった。

「わかったよ、ミケ! あたし泣いたりなんかしないよ!」

 こみ上げる涙を我慢して、小春は夕陽に向かって歩き出したのでした。


(了)

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無貌のノーラ T.T. @shirosagi_kurousagi

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