【短編】最強令嬢決定戦決勝大会実況解説

そろまうれ

本編



 さあ、最強令嬢を決定する大会の決勝です! 実況は私、シュミト・ブライと?


「あー、解説のリリ・フォックスだ」


 リリさん、ついに、ついに決勝戦ですね!


「正直、ここまで続くとは思わなかった、どこかで破綻するものとばかり」


 ここまでの戦いをどう思われますか?


「多くは順調な勝ち上がりだと言っていい、令嬢力の高いものが勝ち上がり、下馬評を覆す結果はほとんどなかった、しかし――」


 しかし?


「今大会では、単純な令嬢力に加えて、それぞれの独自色を出す令嬢が多かった。それが決勝でどのように作用するか、とても興味深い」


 なるほど、注目選手はいますでしょうか?


「まずは本命のヴィヴィアン・ダスピル選手。令嬢としての立ち居振る舞いはもちろん、高い魔力適性を持ち、有利に試合を進めた」


 特に船が沈没した際には、まさかの海域一帯ごと凍らせるという解決方法が印象に残っていますね。


「扇子で口元を隠し、魔術発動を見せないのもポイントが高かった。魔術令嬢の異名は伊達ではない」


 なるほど、他には?


「魔術令嬢と幼なじみのガル・ブラン選手。令嬢としてはどうかと思う点も多々あるが、すべてを持ち前の身体能力で覆した」


 あー、正直言えばガル選手は果たして決勝まで進んでいいのだろうかとは思いましたが、たしかに強力な選手です。同じ沈没船対処試験では、トンカチとノコギリを持って自力で船を直していました。


「戸惑う他の令嬢を叱咤激励し、一致団結して危機を乗り越える姿は感動を覚えた、襲ってきたクラーケンも打倒し、勝鬨の声を上げていた。男前令嬢、あるいは筋肉令嬢との異名も納得だ」


 筋肉令嬢の方は本人が聞いたら激怒しますよ? というかこの大会、たかが試験のために船を何隻沈めるつもりなのかと内心でツッコミを入れざるを得ませんでしたが、それ以外にも注目選手はいますでしょうか?


「正直に言えば数え切れない。毒薬令嬢ことロクスタ・スピアーズ選手、怪物令嬢こと無名選手、あとは正統派の実力を発揮したエマニュエル・ロレーヌ選手、誰もが優勝を狙える」


 なるほど、実力は戦ってみるまでわからない、令嬢も実際に令嬢してみるまで分かりません! その優劣を決する場こそがこの大会だと言っていいでしょう! 


「お、来たか」


 さあ、ついに訪れました最強令嬢決定戦決勝! ぞくぞくと選手が入場します! 誰もが優雅に入る中、ひとりズカズカと入るのがガル選手! さっそく審査員の印象は低下しているぞ!


「悪印象とはいえ、注目が集まるのは悪いことじゃない」


 笑顔で腕の筋肉をアピールしている姿に知性は感じませんが、注目選手であることはたしかです。おおっと! ガル選手と魔術令嬢ことヴィヴィアン選手が言い合いをしているようです! 映像班! 声は拾えますか? ああ、さすがに試合開始前は無理ですか……


「どうやら彼女たちは賭けをしているようだ。勝ったほうが欲しいものを手に入れるらしい」


 リリさん!? どうしてわかるんですか!?


「読唇術だ」


 ヴィヴィアン選手は扇で口元を隠しています、位置関係としてガル選手の口元も見えませんよね?


「読心術だ」


 なにやらリリさんのことが怖くなりつつありますが、さっそく火花が散っているようです!


「へぇ、勝ったほうが好きな男を手にするのか、彼らは恋のライバルでもあるようだな。確かに最強令嬢の座を手にすれば、結婚相手を好きに選べる特権もある」


 プライベートの侵害はご遠慮ください!


「是非とも詳しく聞かせろという顔で言われても説得力はないが?」


 我ら魔導学院報道部、人の嫌がることを行います!


「私は今、度数高めで香りの強いアルコールが嫌だ」


 解説中の飲酒はご遠慮ください!


「嫌すぎて選手の極秘情報について口をすべらせてしまうかもしれない」


 報道班! 蒸留酒の手配をお願いします! すぐに!


「まだかなー」


 さあ、セレモニーも一通り終わり、決勝試験の発表です、無魔結界上でのランダム選択! その結果は――おおっと、お茶会、お茶会だ! 基本にして王道、シンプルにして深淵! トラブルの豪華絢爛! 決勝は、令嬢たちのお茶会です!


「んふふ、いいね?」


 リリさんがさっそくゴキゲンになっていますが、開始前に解毒はしてくださいよ?!


「シュミトがそう言うなら、仕方ないな?」


 手を取らないでください、顔を近づけないでください! 誰ですかこの酔っぱらい!


「んふふ」

 

 さあ、決勝の開始です!




 + + + 




 ……さて、静かな立ち上がりです。どのように見ますか、リリさん。


「お茶会とは主催がゲストをもてなすものだが、今回は魔術機構が自動で行っているな」


 通常はどのように主催するかこそが競われるものですが、今は全員が「ゲストとして」の反応を試されていますね。


「この大会なら、短時間で主催として準備をしてみせろくらい要求するものだと思っていたよ、あ、おかわり」


 もう飲みきったんですか!? もうお代わりはありませんよ。


「えー」


 一瓶飲みきっておいて何が不満ですかこのウワバミ、あ、どうやら事態が動き出したようです!


「最初に口火を切ったのはエマニュエル選手か、正統派らしく、天気の話題だな」


 外はあいにくの大雨ですが、朗らかな笑顔、周囲の空気までも軽くするような雰囲気! これは実に令嬢力が高いですよ!


「だが、3令嬢ポイントか、思ったよりも渋い」


 なぜかエマニュエル選手には点数が辛いんですよね、おお、他の選手も次々に追随します!


「1ポイント、あるいは無得点だらけだ、ここで反射的に返答するのは令嬢力が低い。しかし、意外なのはガル選手だな」


 リリさん、空になった酒瓶を逆さにしながら何言ってるんですか。いえ、ガル選手については、一体どういうことでしょうか?


「粗雑に見えて、ナプキンの絵柄を上にして膝に乗せる、カップはソーサーごと運ぶなど、基本的な部分を抑えている。印象とは裏腹に堅実な令嬢っぷりだ」


 仕方なしというように令嬢ポイントの加点もされています、さあ、このまま進めば順当に令嬢力の高いものが優勝となるが――おおっと!?


「今、怪物令嬢こと無名選手が、カップから数滴ほど手にこぼしたな。マイナスポイントではあるが、しかし、それどころではないな」


 熱さにビックリしたためでしょうか、一瞬ですが確かに見えました、映像班! リプレイ動画はありますか!?


「ふむ、これは……」


 怪物です! 頭部はおぞましい肉塊であり、手は触手のようなものが見えます、無名選手は本当に怪物が擬態化して潜り込んでいたようです! これは令嬢ポイントのさらなるマイナスは免れないか!


「あの一瞬であっても見過ごすことはなかったようだ。お茶会の雰囲気は最悪だな」


 心なしか怪物令嬢選手も顔を青ざめています! しかし、他の令嬢たちはもっと顔が青い! 次々にお花を摘みに行くという名目のギブアップ宣言だ。優雅さを競おうとする競技の中にガチのモンスターが紛れ込んでいたのですから、逃げる方が人間としては正しい!


「だが――」


 お、おお? これは……


「その正しさを踏破するからこそ、彼らは令嬢と呼ばれている」


 筋肉令嬢ことガル選手! 自らティーポットを手に取り怪物令嬢のカップへと注ぎます! 明らかなマナー違反! 本来ホストが行うべき行為です、しかし……!


「マイナス評価はされないな、されるわけがない」


 貴族子女、中でも高い魔力を持つものは半ば戦士として扱われます、味方に被害が及ぶより先にいち早く対処したことは、令嬢として称賛こそされ非難されることはありません! 我々の目には今、敵と目されたものにお茶を注ぎ、語り合おうとする戦士の姿があります!


「それって令嬢か、などとは言ってはいけない」


 無名選手、どうやら昔から令嬢に憧れていたようです、しかしながらこのように醜い姿、擬態し潜り込んだものの、ついには見つかってしまったと、涙ながらに語っております!


「ガル選手も似たようなことを言っているな、女らしくなろうとしても果たせずに、結局は拳で決着をつけてしまうと」


 果たして怪物は令嬢となってはいけないのか、欲し求めることは罪なのか、古典文典を交えた切々とした語りは、令嬢への研鑽が感じられます。


「伊達に決勝まで残ってないな、逆にいままで無名選手に敗れた令嬢たちは己を恥じるべきだ。君たちの令嬢力は彼女と比べてあまりに低い」


 エマニュエル選手はむしろたしなめていますね、ここはお茶会なのだから、自らを憐れんで泣かずに令嬢らしくするようにと。


「実質、無名選手のことを受け入れた発言だ。怪物ではなく令嬢だと認めている」


 無名選手もその意図に気づいたのでしょうか、少し無理はありますが笑顔を浮かべています。というか、これ、点数状況としてはどうなっているんでしょうか?


「事態に審判団がついていけてないな」


 審判員が介入しようとする様子を見せましたが、すぐに引き返しましたね。


「すでにお茶会は始まっている、問題も解決した、これで割って入って止めるのはあまりに野暮だ。そんな審判に令嬢を審査する資格はない」


 また、先ほど確認いたしましたが、参加資格に「人間のみを認める」といった文章はありませんでした。


「本来はエルフなどの参加を考えていたんだろうが、裏目に出たな。ルールとして排除ができない。そもそも無名選手、こちらの記憶が確かなら、大いなる海神の末娘だ、立場としても本当に令嬢だな」


 さあ、いろいろとびっくりな事態ですが、落ち着いたようです。残るは五人、ふたたび優雅を続けます、カップを置く姿ですらも絵になる! まるで普通のお茶会だあ!


「一万人以上が見守るお茶会だがな」


 お? いきなりガル選手が立ち上がった!?


「ここぞとばかりにマイナス評価がついているな、しかし、今、なにか叫んだか……?」


 ガル選手、倒れた! 地面に倒れ伏し、口から血を吐き出しております! 救急班がいちはやく向かいますが、これは……


「毒か? 倒れる前に飲むな、と周囲に呼びかけたようだ」


 先程、誰もが無名選手に注目していました、その隙をついての行動でしょうか?


「ああ、だが、貴族令嬢であれば毒殺などよくあることだ、この程度では終わらない」


 ガル選手、ここで無念の敗退か!


「エマニュエル選手が肩を貸しているな、歩けはするようだが、悔しげに犯人を睨んでいる」


 当然のように注目はその視線の先、毒薬令嬢ことロクスタ・スピアーズ選手に集まっております!


「当人はどこ吹く風だ」


 面の皮の厚さはさすがです!


「毒殺は、現場を抑えなければ水掛け論で終わる、ロクスタ選手がやったとは言い切れない、それがどれほど疑わしくともだ」


 証拠となるものがない以上、徒な追求は令嬢ポイントを下げます、ここは黙って耐えるしか――おお!?


「意外だな、魔術令嬢ことヴィヴィアン選手が立ち上がった」


 友情のためか、義侠心ゆえか、すべてのマナーを無視して立ち上がる姿は背後にオーラを背負います!


「あれとは私でも真正面から相対したくないな」


 復讐に燃えた魔術令嬢を、しかし! 無名選手が止めた! 同じく立ち上がり行く手を遮ります!


「ああ、なるほど」


 小声の押し問答はここから聞き取ることはできません、そう、我々には聞こえないのですリリさん!


「普通に無名選手がここは任せてくれと言っただけだ」


 普通ってなんだ! 扇子で口元を隠すのはもちろん、魔術的な結界を張った様子もあったのに突破しているリリさんが今めっちゃ怖いですが、湧き上がるオーラを引き継ぐように、無名選手が立ち向かいます!


「もはや審判が機能していないな。あと可能なのは、私が最強令嬢決定戦初代優勝者だからだ」


 聞いてないんですけど!? というかそれって理由になるんですか!?


「最強の令嬢であると認められた、ならば、最強の令嬢であり続けなければならない、年々上がる大会レベルに合わせて、私もまた令嬢力の研鑽を続けた」


 リリさんいま何歳とか聞いてはいけないんでしょうね、心はいつまでも令嬢! というかつまり、それって未婚……


「シュミト・ブライさんは永い眠りに興味があるのですね?」


 なんでもありません! 冷や汗が止まりません! 報道班、経費はこちら持ちでいいので酒のお代わりを! 絶対にもう成人してるからマジで問題ないから! さあ、無名選手とロクスタ選手がにらみ合います。


「いや、これはにらみ合いではないな」


 お、おお? これは一体どういうことだ!?


「無名選手が膝を付き、視線を合わせている。格好は違うが、先程のガル選手のようだな」


 声はあまり聞こえませんが、こ、これは、涙ぐんでいる?! 毒殺の主犯と目された毒薬令嬢ことロクスタ選手、目に涙を浮かべてその手を握り返します! 一体全体どういうことだ!?


「ああ、なるほど、彼女もまた出生に苦しんでいたようだ。幼い頃から毒殺への対処として少量の毒を服用する内に、彼女自身が毒を発するようになった。通常であれば抑えられるが、先程のような出来事があれば――海洋知的生物がお茶会にまぎれていたなどの驚きがあれば漏れる」


 普通にお茶会がしたかった! 令嬢として認められたかった……! 切ない叫びはここまで聞こえます。奇しくも二人とも同じ望みを胸にこの大会に望んでいたようです!


「陸と海という場所の違いはあった。だが、苦悩は同じだった、だからこそ真意に気づけたか」


 おお!? 二人は敗退を宣言しました、このまま会場の端っこでお茶会を続けるようだ! 仲良く手を繋いで行く様子は、敗者であるようには見えません!


「毒薬とは生物によって効能が異なる、ロクスタ選手の身体から出る毒の大半は、無名選手には通じない。対等かつ気楽にお茶会ができる数少ない相手だ」


 拍手されて退場していきます。まるでこれからの友情を祝福するかのようだ! しかし、それならガル選手はどうして一人倒れたのでしょうか?


「おそらくだが、空気中の毒に気づき、いち早くそれを吸い込むことで、自分だけに被害を集中させたんだろう」


 なるほど、粗雑乱暴の筋肉に見えて、彼女もまた令嬢であったということですね。


「お酒おいしい」


 いや、何飲んでるんですか、というか、その銘柄めっちゃ高いやつじゃ……え、うそ、そんなカパカパ飲むものじゃ……今回の報酬吹っ飛ぶレベルの……くっそぅ、実況を続けましょう! 涙なんて流れていない! 畜生、報道班おぼえてろ…‥ッ!


「シュミト、令嬢ポイントマイナス」


 うるさいですよこの酔っぱらい! ええと、残ったのは二名! 魔術令嬢ことヴィヴィアン選手と、正統派令嬢ことエマニュエル選手だ! 


「先程の違反が尾を引いているな、ここは魔術令嬢から攻める必要がある」


 膠着状態はエマニュエル選手の有利となります! 果たしてこの苦境を覆せるのか!


「隅の方では仲良く応援しているな、あちらのほうが優雅に見えるのは仕方がない」


 お茶会とは、ライバル同士でしのぎを削るか、仲良い友達同士かで、まったく違います! 前者はたやすく死に至ります!


「エマニュエル選手を突き崩すのは難しい。提供する話題は妥当なもので、トラブルにも的確に対処した。実のところ正統派というよりも防御型だな。ここは実に見ものだ」


 お、事態が動いたか! ヴィヴィアン選手、学校における生活の話題を振ったようです!


「考えたな。エマニュエル選手をスクールで見かけた憶えはない、貴族の基本的な教養であるエイト・リベラルアーツに欠けがあると睨んだか」


 だがしかし、どの話題にも軽々とついていくぅ! 専門的な話題はもちろん、学校における友達同士の事柄ですらも当然のように! 更にそこから話を膨らませようとしているぞ! ヴィヴィアン選手、これは戦略ミスか!


「彼女の足元に転がる氷球は、凍らせた汗だな。吹き出る端から凍結させて平静を装っている――というかヴィヴィアン選手、どうみても友達少ないタイプだろうに、どうして「学校での友達について」なんて話題を振ったのか」


 すみっこではケーキをあーんと食べさせ合っているというのに、中央では魔術令嬢が滝のような氷球を量産しています! 


「敗北は目に見えているが、それでもあきらめない姿はすばらしい、優勝すれば好きな男子を入手できるからだろう、だが――」


 だが、なんでしょうか? 高級酒を遠慮なく飲み干したリリさん!


「果たして最強令嬢とは、恋に現を抜かす乙女を指し示す言葉なのか? 否、最強令嬢の称号はそんなに安くはない。男も女も恋心も条理も、あるいは人間であることすらも踏破して、先へと進めるからこその令嬢だ」


 令嬢ってなんだ! 根本的なことが疑問に思えてきました!


「そうした意味であれば――」


 お、おお!? これは……ッ!


「今戻ってきたガル選手こそが、最強の称号にもっとも近い」


 毒を吸い込み一時は退席していたガル選手、雄々しく席につきます! だが、ポイントとしては圧倒的な差がついている! ここから逆転は夢物語です!


「令嬢が、その程度で諦めるとでも?」


 令嬢が戦闘民族の別名なのではと思えて仕方ありません。


「令嬢に限らず貴族であれば、戦う準備をして当然だ」


 そういえばリリさん、ガル選手とわりとタイプが似ていますね!


「あ゛?」


 いや、怒らないでくださいよ、酩酊令嬢ことリリさん。


「かつてのその名で私を呼ぶな、もう二度と、決して」


 解説中に飲まないのであれば受け入れますよ?


「いくらでも好きなだけその名で呼べ」


 なんですかその「やったー、飲み放題の許可もらったぜー」みたいな笑顔! 曲解し過ぎじゃないですか! というか、どこからその酒瓶を取り出しました!?


「ガル選手は満身創痍ながらも戦意旺盛、だが気持ちが前に出過ぎている。ヴィヴィアン選手は苦境を脱して安堵している、エマニュエル選手が攻めるのであれば、絶好の機会だヒック」


 決勝とこちら、一体どちらを実況すればいいんだ状態です!


「当然、お茶会だろう」


 あ、今、エマニュエル選手が意識の間隙をつくように発言しました、え? ええ?


「……二人共、そんなに僕が欲しいの? と言ったな」


 どういう、意味でしょうか?


「そのままの意味だろう、二人が取り合っていた男子は、女装したエマニュエル選手だった。そういえば、男がこの令嬢大会に参加してはいけないというルールもなかったな」




 + + +




 い、意識が一瞬飛びかけましたが実況を続けましょう! 一体どういうことなんですリリさん!?


「エマニュエル選手の家は、代々王家に仕える家系であり、王に連なるものたちを支えていた」


 そ、それがどうして女装に繋がるんでしょうか!?


「その中には、次期王候補へのハニートラップ対策もあった」


 ちょっと意味がわからないんですが?


「ん? だから男が女装してその王子の婚約者となることで、外部からではなく内部から牽制をしたわけだ。完璧な令嬢っぷりを見せつけ、邪魔者の排除をした。実際は男なのだから王妃となることもない」


 では、どうして現在、彼女? いえ、彼について広く知られていないのでしょうか?


「上手くやりすぎた」


 と言うと?


「うん、その王子がエマニュエル君さんに夢中になりすぎて「真実の恋」とか言い出して色々ヤバくなったから遠ざけられた」


 ……最初は偽装の関係だったのが、やがて本気になるって割と王道のロマンスなんですけどねー……


「問題はエマニュエル君さんの方に、そういうつもりが無かったことだ」


 王国民としては色々な意味で困りものです。。


「そして、ガル選手とヴィヴィアン選手とは、昔からたまに会っていたようだ。そこで彼らは楽しい時間を過ごしていた」


 そして「男としてのエマニュエル選手」の魅力にやられたと。なんか罪づくり過ぎませんか。そもそも、どうして大会に参加したんでしょうか?


「いま二人に説明しているな、一つは磨いた令嬢スキルがどれだけ通用するか挑戦のため、またもう一つは婚姻相手を決定できる権限を欲してのことだ」


 それって、まさか……?


「うん、例の王子、まだ諦めていない。このまま王様になったら強引に娶られそうだから、防衛対策を欲しての参加だ」


 どうなっているんでしょうかこの国っ!


「最強令嬢ともなれば、部分的に王権を上回る。暴走した国内部の権力を抑え、外敵を打ち倒す第四権力だからな。己の望みを叶えるため令嬢となるのは納得できる」


 なんかもうよくわからなくなってきましたが、どうやら二人共にショックから抜け出したようだ。だが、ダメージは大きいぞ! なにせ最強令嬢となって手に入れようとしていた男子が、最強のライバルとなって立ちはだかっているのですから!


「特にヴィヴィアン選手だな、持っているカップがカチャカチャと揺れているな」


 しかしマイナス評価はされません! 審判による明らかな依怙贔屓だぁ!


「王子が手を回したな、明らかにエマニュエル選手の加点が低く抑えられている」


 なんて卑怯な、審判の風上にも置けませんと言いたいところですが! 正直ちょっと気持ちはわかります!


「いままで様々なタイプの最強令嬢が誕生したが、男子が選ばれたことはなかったな」


 性別の壁すら踏破する、これもまた令嬢と言えるのでしょうか! あ、ガル選手!? ぷ、プロポーズだ! なんと勢いよく立ち上がって公開プロポーズを行った! 即断即決の筋肉だけではない、男前令嬢としての面目躍如だ!


「これを受けても拒否しても不利になる。受ければ令嬢の否定、拒否すれば相手に恥をかかせる。狙った訳では無いだろうがエマニュエル選手としては一転して苦境に立たされたな」


 ヴィヴィアン選手が形容しがたい顔になっている中、エマニュエル選手、小首をかしげた! 映像班、集音マイクを最大に!



 ガル、僕をお嫁さんにしてくれるの……?



「お、吐血した」


 ガル選手! なんか色々なことに耐えきれずに倒れ伏した! 真正面直撃回避不可だあ!


「吸い込んだ毒の影響もあるだろうが、なんだあのあざとい令嬢」


 リリさんがドン引きするって相当です! おおっと!? ヴィヴィアン選手も立ち上がり何かを言おうとしたがすぐに座り直した、これは一体!?


「ああ、先程ヴィヴィアン選手が述べた友達の話、大半というか全てエマニュエル選手との思い出話だったようだな、それを指摘されてテーブルに顔を突っ伏している」


 追撃のように話の修正もされていくぅ! 貧血で倒れたところを格好良く助けた話も、本当は逆だったようです! 


「小まめに文通でのやり取りを行い、ささいな記念日も忘れず、困ったときにはそっと手助けをしてくれる――なんだあの物語内にしかいないような王子様」


 本来は支える側のハズでした! というかリアル王子に対しても似たようなことをしていたと思われます! そりゃ執着もされます!


「おお、トドメというように、子供の頃にヴィヴィアン選手がした結婚の約束を持ち出したが――」


 ガル選手が復活した! 聞いてないぞ、不戦協定約束はどうしたと咆哮する! 


「恋は早いもの勝ちだと言い返しているな、また、ガル選手もまた約束を破っただろうと指摘している」


 お互いもはや臨戦態勢! これは血を見るまで終わらない! もはや審判とかなにそれまだいるの状態だ!


「絶対に優勝させてはならないという王命が下っているようだな、仕方ない」


 え、リリさん!? と、飛んだ、飛んで行きました! 初代最強令嬢にして酩酊令嬢! 解説席に散らばった酒瓶は数知れず、けれど、あっという間に到着して二人をKO! いったい何をしたのかここからではわかりません! それほどの早業でした! 


 そ、そして、エマニュエル選手の手を取り、掲げ、優勝宣言を行いました!


 王家、元老院、法院に続く第四の権力と呼ばれるものの宣言です、これを覆すことは不可能だ!


 閲覧席では王子の絶叫が響き渡り、悲喜こもごものざわつきが木霊します、平和なのは隅っこでパチパチ手を叩いて祝福している無名選手とロクスタ選手だけです! お、どうやら優勝者インタビューが行われるようです!


「優勝、おめでとう」


「ありがとうございます、いままでの努力が報われたようで嬉しいです」


「うん、よかった」


「ありがとうございます」


「ところで、優勝者はしばらくの間、初代最強令嬢である私のもとで研修を受けることになっている」


「え」


「正直、このような事態が起きるとは想定していなかったが、まあ、仕方がないな。君は正しく努力し、認められた結果だ」


「あの、それはどのような研修ですか?」


「ん? マンツーマンレッスンだ、寝ても覚めても令嬢尽くしだ、二十四時間付きっきりになる。うん、皆、もし私が令嬢じゃなくなったとしてもそれは事故なのだから、暖かく祝福して受け入れて欲しい」



 なに言ってるんでしょうかあの酔っぱらいは……


 あ、ヴィヴィアン選手とガル選手が目を血走らせて立ち上がりました! 


 エマニュエル選手も逃げ込んだ先が虎穴と気づいて全力で逃走しているぞ!


 暴れる酩酊令嬢を抑えるために軍が出動しています!


 うわ、ひどいというか強!? なんだあの人! 果たして優勝はエマニュエル選手でいいのか、そして逃げ切れるのか! まったく不明のままですが一旦ここで実況を閉じようと思います! 


 というか戦闘の余波がこっちま――


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【短編】最強令嬢決定戦決勝大会実況解説 そろまうれ @soromaure

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