第15話:総員突撃! かかれぇ――っ!

 いまや露天掘り現場は、混乱の極みにあると言えた。ハンドベルクの悪趣味全開な、出来損ないのハチの巣のような兵器──迫撃戦槌ヴェルファーの発射筒を六本、円形に束ねて次々に発射できるようにした多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーを二門、つまり発射数十二発の榴弾を雨あられと降らせたのだから。


「どうじゃ、素晴らしいじゃろう! 名付けて噴進ラケート榴弾グラナーテ! 迫撃戦槌ヴェルファーとは呼んでおるが、みずからの噴進炎の力で飛翔する、従来とは一線を画す画期的な兵器じゃ!」

「……確かに一線を画す兵器だな。なんだ、あのでたらめな弾道。おまけに、威力もすさまじいが、発法音も法術光もすさまじい」


 いかにも自慢げなハンドベルクに、突っ込まざるを得ない俺。


「子供の工作というか、冗談みたいな兵器だが、恐ろしい威力だな。どうして誰も今まで発想しなかったんだろう?」


 ノーガンが首をひねる。


「一発ごとにこんなにクソうるさくて、おまけに噴進炎で煙幕みたいに弾道を残していく兵器だぞ? 俺たちはここです、どうぞ反撃してくださいって言っているようなものだ。まともな戦場なら、奇襲後すぐに移動しなきゃ反撃喰らって終わりだ!」


 ボッビュゥゥウウウウウッ!

 ボッビュゥゥウウウウウッ!


 とんでもなくうるさい音と共に飛んでいく噴進弾が、さらに露天鉱のあちこちに火柱を作る!

 本来の迫撃戦槌ヴェルファーの弾道は放物線だが、こいつは手弁当で飛んで行くぶん、ぶっ飛ばしたあとの弾道が不安定らしい。だから着弾点もそれなりにバラけてしまっているが、今回はそれがいい意味で作用しているようだ。


 露天鉱の岩場では、情報通り、ただの作業員とは思えぬ武装した連中が、炎の明かりに浮かび上がって見える。

 噴進ラケート榴弾グラナーテの噴進炎を頼りにしているのだろうか、こちらに向かって歩槍ゲヴェアで射撃をしてくる者も若干いるが、大半は混乱状態にあるようだ。右往左往しているのが見て取れる。


「総員騎乗! 次の点火をもって全騎突入! ハンドベルク、点火用意!」

「ほいさあ!」


 レギセリン卿から借りた軍装騎鳥クリクシェンは、よく訓練されているようだ。さっきから多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーのとんでもない発射音にも、一瞬ビクリとするだけで暴れたりしない。できればそのまま、ずっと使わせてもらいたいくらいだ。


「来い、エル!」

「はい、ご主人さまっ!」


 いつものように、俺の後ろに飛び乗ってくるエルマードの感触。彼女のために二人乗り用の鞍をあつらえてくれたトニィには、感謝しきりだ。

 彼女の背には、無骨なザック。中に入った手榴弾グラナートは、先日の戦いでハンドベルクがこしらえた急造品からヒントを得て、新たに作られたもの。爆炎術式による、爆風よりも焼夷効果を狙った「攻勢用」と、爆裂術式を使用し、強力な爆発力によって破片を撒き散らす「防御・撤退用」の二種類。小さな体の彼女だが、その支援は心強い。


「いきますぞぉっ! 点火ぁっ!」


 再び多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーがすさまじいうなりを上げ始める!


「総員突撃! かかれぇ────っ!」


 夜の闇にはまぶしすぎる青い噴進炎を上げて飛んで行く噴進ラケート榴弾グラナーテを追うように、俺たちは突撃を開始した。




 俺の指揮が作り出したとはいえ、露天掘りの現場はとんでもないことになっていた。小屋も何もかも倒壊し、逃げ惑う奴らと、歩槍ゲヴェアを手に反撃して来る奴らで混沌と化している。

 加えて、軍装騎鳥クリクシェンにまたがった十名そこそこの騎兵突撃に、現場はさらに混乱した様子だった。


『死にたい奴はかかってこい! 身を起こしている奴は撃つ! 死にたくない奴は手を後頭部に回して、その場に伏せていろ!』


 王国語で叫びながら駆け回る俺。

 後ろに乗っているエルマードが放り投げる攻勢用の手榴弾グラナートが炸裂し、派手に炎を撒き散らす!


『た、助けてくれぇっ!』

『死にたくなければ伏せていろ!』

『ひいぃっ! 伏せます、伏せてますっ!』


 多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーの爆撃を受けた連中は、戦意どころではない奴らが多く、ぼろぼろの体を引きずるようにして、むしろこちらに助けを求める者がほとんどだった。


「隊長! 人足にんそくはともかく、兵士どもも雑魚ばかりでさ! 指揮官級とは言いやせんが、モノを知る奴がいやせん!」


 鳥から降りたロストリンクスが、階級章付きの兵をつかみ上げながら叫ぶ。


「そういう輩は、丈夫な場所に隠れてるってのがお約束さ!」

「そうであることを祈りやすがね!」

「隊長! 自分はあの天幕を調べてきます!」

「ノーガン、油断するな! 物陰からの狙撃に注意しろ!」

了解ヤヴォール!」

「ロストリンクス、ノーガンと行け! くれぐれも慎重に!」

「はっ!」


 レギセリン卿──トニィから借りた兵たちも、実によく動いてくれていた。広い露天掘り現場を軍装騎鳥クリクシェンで駆け回り、うまく制圧してくれている。


 裸の上半身の男たちは、集められた人足のようだった。凶悪犯罪者を示す入れ墨を入れている男が大半だが、破壊兵器が雨あられと降り注ぐような状況では、個々の凶悪性を発揮するどころではなかったらしい。負傷者も多く、大人しく一カ所に集められていく。


 思ったよりも兵士が多かったが、これはおそらく、集めた人足の性質に寄るのだろう。凶悪犯罪者が半数を超えるような現場、兵士が歩槍ゲヴェアでにらみを利かせていなければ、危なくて使えなかったのかもしれない。

 その連中も、今では歩槍ゲヴェアを投げ捨てて投降済みだ。恐ろしいうなりを上げて飛んでくる榴弾、なんてものの爆撃を受けて、戦意を喪失したようだった。


『おい。あの、ひしゃげた天幕には何がある』


 降伏した兵士の一人に、王国語で尋ねる。兵士が答えようとしたときだった。

 発法音が響く!

 二発、三発──!


「ご主人さま、あっち!」


 エルマードが指差したのは、ノーガンとロストリンクスが向かった、小さな小屋だった。再び発法音と、青い法術光!


「ロストリンクス! ノーガン!」


 思わず叫ぶと、機械化マシーネン歩槍ゲヴェア金切り声・・・・が聞こえてくる! あれは、ロストリンクスが装備しているヴィッカース・ベルチェーの音!


「くそっ、あの天幕にでも隠れていたのか!」


 取って返して援護をしようとしたときだった。

 発法音と共に、軍装騎鳥クリクシェンの額の装甲が火花を散らす!

 多連装メーフェル迫撃戦槌ヴェルファーの発射音にもほとんど動じなかったこいつだが、さすがに驚いたようで、急に走り出す!

 

「うわっ⁉」

「きゃっ!」


 もし、さっき向きを変えていなければ、当たっていたのは俺かもしれない。が、直線的に走られるといい的だ! 手綱を握りしめると、ひしゃげた天幕に向けて走らせる!


 チュンッ!

 再び軍装騎鳥クリクシェンの装甲をかすめる音!

 チッ、腕はいいらしいな!

 ジグザグに鳥を走らせながら、俺は射撃位置──法術光が見えた場所めがけて撃つ! 騎乗射撃は得意じゃないが、これでも修練を積んだ騎士の端くれ! やられっぱなしでいられるものか!


 豚のような悲鳴が聞こえてきたのを頼りに、もう一発!


『くそぉっ! どこの馬鹿だ、こんなデタラメをやりやがるのはっ!』


 王国語の悪態に、俺も王国語で応える。


『俺だ、この盗人野郎!』

『なんだと貴様! いったいどこの──』


 返事をせずにもう一発ぶち込むと、再び情けない悲鳴。


「エル!」

「はいご主人さまっ!」


 奴が隠れていると思われる、ひしゃげた天幕の手前にあった岩の手前を走り抜けるようにすると、阿吽の呼吸でエルマードが攻勢手榴弾グラナートを投げつける!


 炸裂する爆炎! 『ひぎゃあっ! あち、あちっ!』と、燃える髪をかきむしりながら、岩の奥から転がり出てくる、ひどく太った豚野郎。


 その姿は軍人としてひどく情けないものだった。ヨレヨレの軍服をかろうじて羽織っただけ、ズボンにいたってはベルトも締めぬまま半分ほどしか穿いておらず、歩槍ゲヴェアを片手に握ってはいるものの、そのまま転倒する。


 時間が時間だけに指揮官特権で寝ていたのかと思ったが、それにしてはひどく乱れた格好に、俺はもう一発、奴の転がっているすぐそばの地面を撃つと、奴はひっくり返って歩槍ゲヴェアを放り出し、逃げ出そうとした。が、半分ほどしか穿いていないズボンが奴をからめ、結局再び転倒する。


『動くな! それ以上動くなら撃つ!』

『き、き、貴様! どこの部隊だ! 王よりたまわりし、その歩槍ゲヴェアに誓って正直に名乗れば、反乱は不問に──ぎゃあっ!』


 俺が王国製の歩槍ゲヴェア──リエンフィールズを使っているからといって不快な王国豚に間違われるのは気に入らない。こいつは弾丸を十発装填できる便利さから使っているだけだ。その股の間めがけて撃つと、着弾で飛び散った土か何かが当たったようだ。悲鳴を上げて顔を押さえている。


『俺はネーベル──いや、もう、関係ない。俺はアイン。貴様に聞きたいことがある』

『お、王国語を使っていても、よく聞けばネーベル豚のなまり・・・がぷんぷん臭うぞ! この腐れ──ぶぇあっ⁉』

『豚そのものの貴様に豚呼ばわりされるのは心外だ。少し身を削ってやろうか?』

『ヒッ──! や、やめろ! 捕虜虐待は……!』

『貴様はまだ・・、捕虜ではない』


 軍装騎鳥クリクシェンの上から槍刃バヨネットを突きつけると、豚野郎は這いずって後ずさり逃げようとして、後ろの天幕を巻き込むように倒れやがった。するとその衝撃が影響したのか、かろうじて立っていた支柱らしきものが倒れてきて、豚の頭をさらに直撃──そのまま沈黙する。

 笑劇でも見ているようなひとり芝居ぶりに、俺はあきれながら、奴を拘束することにした。


「エル、警戒」

「うん」


 彼女も腰の拳槍ピストールを抜き、警戒しながら一緒に来る。天幕の紐を使って豚野郎を縛り上げると、潰れた天幕の奥に、人の気配を感じた。

 布の奥にはたくさんの箱状のものが積み上がっているらしい。おそらく食糧か、あるいは発破用の魔煌レディアント銀か。その箱の陰にでもいるのだろうか。


 ぞわりと、背筋に冷たいものが走る。

 誰かがいるようだが、どんな奴かは分からない。


「誰かいるね。手榴弾グラナート、投げちゃう?」

「だめだ、エル。俺たちが死ぬぞ」


 箱の中身が食糧か何かだったらそれが一番手っ取り早いかもしれないが、万が一、箱の中身が魔煌レディアント銀だった場合、手榴弾グラナートの爆炎術式に反応して、全て誘爆しかねない。


 正式な法術ならその辺りを制御したうえで発動できるだろうが、法術師でもないハンドベルクの呪印に、そこまでのことを求めるのは無理だ。


『そこにいる奴! いるのは分かっている! 出てこい!』


 かさり、と動く音が聞こえた。


『投降するなら危害は加えないこと、人道的扱いをすることを、陸戦協定に基づき保証する! だが出てこない場合は、敵とみなして射殺する!』


 俺が一歩踏み出すと、『こないで!』という声。

 その甲高い声に違和感を覚えた瞬間、俺たちの前──空間に、青く輝く円陣が浮かび上がった。みるみるうちに、複雑な紋様が描かれてゆく!

 ──法術ザウバー紋章陣カーム! 法術師だとっ⁉


「エルっ!」


 俺はエルマードを抱きしめ横っ飛びに伏せた!

 そのとき、青く輝いていた法術ザウバー紋章陣カームが赤い光を放ち、火球が生まれて一気に燃え広がる!


「爆炎術式──⁉」


 本物の法術・・・・・だった!

 くそったれ、こんなところに法術師がいるだなんて、誰が想像する!


「くそっ! 法術師だ! 散開! 王国の法術師がいる! すぐに散開しろっ!」


 エルを抱き上げながら走り出そうとしたときだった。


「ラント語⁉ ……ネーベルラントの、ひと⁉」


 小さな、けれど、悲痛な叫び声だった。

 燃え上がる天幕の奥から、体に布を巻きつけるようにして出てきたのは、一人の、少女だった。

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