第2話:大義名分ってやつこそが必要だ

 爆炎術式の呪印による手投げ榴弾りゅうだんをぶち込んだ中央陣地に飛び込んだ俺たちは、すぐさま左右の陣地に向けて射撃位置につく。


「制圧射撃! エルマードは左、ノーガンは右の陣地を黙らせろ!」

「はあい!」

「自分は、射撃は苦手なんですがね!」

「ノーガンがあてにならないのは百も承知だ、なんでもいいからバラまけ! ロストリンクス、ブローニングは使えそうか!」

「あちっ……! なぁに、ウチのお上品なブツと違って、合衆国の糞野郎ブッチャーどものしゃらくさいほど頑丈なブローニングですぜ! すぐに使えるようにしてみせまさぁ!」


 言っている間に、態勢を整えた連中が撃ち返してくる。門に入りかけた状態でぶち壊した馬車は門扉もんぴに挟まれ、左右の陣地の射線をさえぎる形で動けなくなっている。

 おかげで左右の陣地が連携することはできていないのは上出来だ。だが、中央陣地にいた連中が逃げ込んだ右陣地からの射撃がやや厚みを増し、少々厄介になった。


「十騎長! ブローニングはまだですか!」


 ノーガンが悲鳴を上げる。こちらは敵から奪った単発のリエンフィールズなのに、向こうは旧式とはいえ腐っても連発式のヴィッカース・ベルチェー。一発撃つたびに五発は返ってくるようなありさまだが、泣き言を言っていても始まらない!


「ちょいと弾が噛んでジャムっていてな……もう少しだ!」


 そのときだった。左手側の連中の弾だろうか、俺の左腕をかすめる。


「ぐっ……!」

「隊長⁉」

「アインさまっ!」


 ノーガンとエルマードが振り返るが、「気にするな、やるべきことをやれ!」と叫んで、痛みをこらえつつ左側陣地に向かって弾をぶち込む。


 するとエルマードが歩槍ゲヴェアを投げ捨てたかと思ったら、腰の拳槍ピストールを抜いて駆け出した。


「ボク、あっちに行ってくる!」

「な……待てっ! エル、勝手なことをするなっ!」


 だが、ジグザグに走るエルマードは止まらない!

 彼女のすぐ足元で土が舞い上がるのを見て、俺は歯を食いしばって射撃を続ける。


「くそっ……! ノーガンっ!」

「へいっ! あのクソチビの援護ですね!」

「そうだ! あの命知らずの馬鹿、何としても連れ帰って説教しなきゃならん!」

了解ヤヴォール! 王国のクソ野郎ども、顔を出すな! 引っ込んでろっ!」


 あの子を死なせてたまるものか! こうなったらエルマードがたどり着くまで、左陣地を制圧しておくしかない!

 ノーガンも制圧射撃に加わったすぐ後に、左側土嚢陣地から一人分の悲鳴が聞こえてきた。同時に、ヴィッカースの音が鳴り止む。

 よし! ヴィッカースの射手が負傷したってことか! これぞ天の助け!


 その瞬間、「えいっ!」と、じつにのどかな声が聞こえてきたと思ったら、エルマードの姿が左陣地の中に飛び込んで消えた。

 ……あの馬鹿! 獣人の姿のときならともかく、少女の姿のお前が、格闘戦に持ち込んで勝てる相手じゃないだろうに!


「……隊長⁉」

「ノーガンは引き続き援護! 俺はあの馬鹿を拾ってくる!」

「拾ってくるって……無茶だ、隊長!」


 右側の陣地から、俺の方に弾が飛んでくる。一瞬、耳元をかすめて空気を切り裂く音が通り過ぎて行ったが、馬車の陰に飛び込んでしまうまでの辛抱だ、くそったれめ!


 そのとき、背後から「ダガガガガガッ!」というすさまじい射撃音と、発法炎はっぽうえんのまぶしいくらいに青白い輝き! 同時に、右からの射撃が止まったのが分かる。ロストリンクスのやつが、ブローニングを復活させたに違いない!


「お待たせいたしやした! ノーガン! 隊長を援護しろ!」


 心強い言葉を背に受けて、俺はまっすぐ陣地に走る!


「エル! 無事か!」


 下手をしたら組み伏せられて、そのまま──最悪の場面すら頭に描きながらたどり着いた俺は、開いた口が塞がらなかった。


「アインさま、もう大丈夫だよ!」


 そこには、だらしなく口を開けて虚ろな目をした王国野郎がふたり、仰向けに倒れていて、そのうちの一人の腹の上にまたがるようにして微笑む、エルマードがいたのだ。


「……なんだ、こいつらはいったい?」

「飛びついたらこうなったの」


 ……まあ、前線ではないとはいえ、戦場にこんな少女が突っ込んでくるとは、さすがに思うまいよ。

 だが、この骨抜き具合はなんだ? 中央陣地のほうからはロストリンクスがぶっ放す、ブローニングのとんでもない制圧射撃の音が響いてくるのに、この土嚢どのう陣地の内側だけ、別世界のようだ。


「隊長! ご無事で──って……」


 追いついたノーガンも言葉を失ったようだ。


「……なんだか知らんが制圧完了だ! とにかく、こいつらを縛り上げろ! 俺は右翼側制圧に向かう!」

「……了解ヤヴォール!」

「はぁい!」


 俺はほぼ無傷で転がっていた機械化歩槍ヴィッカース・ベルチェーを拾い上げると、二人の兵の処置はノーガンとエルマードに任せて、中央陣地に駆け戻ろうとした。

 そのとき、ロストリンクスが喚いた。


「隊長! クソッタレな王国野郎どもが投降を宣言しやした! 認めやすか⁉」


 認めるか、と尋ねておきながら、制圧射撃の手を緩めないロストリンクス。そのまま皆殺しにしてしまいそうな勢いだ。


「投降を認める! だが油断するな、全員縛り上げて転がしておく!」

「隊長! お言葉ですが、連中は今、ここで始末しておきやせんと、いずれ……!」

「十騎長! 俺たちの目的は連中の殲滅せんめつじゃない! 抵抗しない限りにおいて殺戮は無用だ!」


 婚約者を失い、未来を見出せなかった俺。

 だが、金色の猛獣へと身を変ずる少女と出会い、この世界の不条理を知り、そいつをぶっ潰すための戦いに身を投じることになった。


 人は俺の考えを、誇大妄想と嗤うかもしれない。

 だが、俺は知ってしまったんだ。

 「ゲベアー計画」──魔素マナを生産する「装置」として加工され、箱詰めにされてしまった女性たちの姿を。

 俺の婚約者だった女性──ミルティが、その「ひとつ」にされてしまったであろう、その末路を。


 騎士槍ランスを構え、軍装騎鳥クリクシェンにまたがって突撃チャージする、「古き良き騎士」の活躍した時代に、時を巻き戻そうとは思わない。

 思わないが、今の戦争が、郷里や人の命を消耗品として、未来永劫衰退させる恐るべきものだと判明した以上、この「歩槍ゲヴェア」の技術と「ゲベアー計画」は、封印されるべきものなのだ。


 だから、俺たちが無用な殺戮をするわけにはいかない。

 襲ってくる者、抵抗する者に容赦する必要はない。だが、戦意を無くした者を無為に殺すのは、俺たちが進むべき道のことわりに反する。

 甘いかもしれない。だが、そんな大義名分ってやつこそが必要だ、今の俺たちには──そう考えたのだ。


「隊長! だったらディップの奴がくらった仕置きのぶんは、どこで返しゃいいんでありやすかね!」

「十騎長! お前は叩き上げの軍人で、俺の片腕だ! その自認があるなら射撃をやめろ! ──ロストリンクス!」


 俺の怒鳴り声で、ロストリンクスが射撃を止める。

 舌打ちと共に。


 射撃が止められたのを察したのか、土嚢の向こうで、四人の男が両手を上げ、手のひらをこちらに向けて立ち上がった。


『貴様ら! そのまま動くな! 動いたら継戦の意志ありと見なして射殺する! ロストリンクス! こいつらを無力化しろ!』


 王国語で怒鳴ると、連中はますます背筋を伸ばし、手を高く掲げた。鹵獲ろかくしたばかりの機械化マシーネン歩槍ゲヴェアを王国の奴らに突きつけながらロストリンクスに命じる。


「無力化……両腕両脚の骨をまとめて折っておきやすかい?」

「わ、我々は、戦時国際法に則った待遇を要求するっ!」

「おうおう、いっちょ前にネーベルラント語か? てめえら、ヒト様の国を土足でまたいでおいて、いまさら人道的に扱ってもらおうってか?」


 ロストリンクスが、槍刃バヨネットを突きつけながら冷徹に言う。


「やめろ十騎長。……貴様ら、今すぐズボンを脱げ。妙な真似をしたら、その場で射殺する。ロストリンクス、半分に割いてそれで縛り上げろ。なにせ、こちらは縛り上げようにもロープが無いからな」

「我らが寛大な隊長殿は、お優しいことで。……オラ、聞いたか! 早くしねえと腕の骨を折るぞ!」


 震えあがって急いでズボンを脱ぎ始める男たち。

 そこに、東陣地の男たちの処置を終えたらしいエルマードたちが戻ってきた。


「アインさまーっ! 終わったよ! ボク……って、きゃああああっ! このパンツおじさんたち、なに⁉ なんなのっ⁉」


 なんなのって、そりゃ……捕虜だよ。




 ズボンを股から二つに裂き、それで王国兵どもの腕と足を縛り上げた俺たちは、すぐさま次の作業に取り掛かる。

 馬車の荷台には、食糧以外にめぼしいものは特になかった。せめて弾丸があればと思ったが、それすらもなかった。


「もしも『甲標的ゲベアー』があったら、と思ったが……それは無くてよかったな」


 荷台から飛び降りてきたエルマードを受け止めながら、俺はロストリンクスとノーガンの作業が完了するのを見届ける。


「いつでも行けやすぜ」

「こっちも準備完了です」

「よし、ぶちかませ!」


 馬車の陰に設置したブローニングM919が、閉ざされた扉めがけて凄まじい勢いで弾をばらまき始める! 弾帯に残っていた弾すべてを撃ち尽くして扉がボロボロになったところで、さらに即席の手投げ榴弾りゅうだんをノーガンがぶん投げる! 使用する魔煌レディアント銀の量は贅沢に250発弾帯を丸ごと使用、ハンドベルクお手製の発破爆裂術式の呪印を刻んだ、特別製だ!

 

「退避っ!」


 榴弾りゅうだんがうまく建物の扉の前に落ちたのを見届けて、俺たちが塀の裏に退避した瞬間に、地面を揺るがすほどの凄まじい衝撃! さすが250発もの弾を使った発破爆裂術式、爆発力の規模が桁違いだった。レンガの壁の一部をも吹き飛ばす勢いで、扉が消し飛んでいる!


「とりあえず扉が吹き飛んだので、よし!」

「……隊長、自分はあんたと組んで久しいが、こんなにはっちゃけている姿を見るのは、初めてかもしれやせんな」


 拾ってきたヴィッカース・ベルチェーを担いだロストリンクスが、あきれたように言う。なあに、俺たちには暴れまわるだけの理由がちゃんとある。郷里クニのためってやつだ。


郷里クニのため……そりゃま、そうですがね?」

「だろう? 今日は大義名分を盾に、はっちゃけた俺を楽しんでくれ。──行くぞ!」

「はぁい!」

了解ヤヴォール!」


 エルマードもノーガンも、嬉々として返事をする。ロストリンクスも苦笑いを浮かべて、追従してきた。

 よし、突入だ!

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