一人傷

角部屋わたみ

第1話

ある日の深夜、なぜか僕は山道を山梨ナンバーの小さな軽トラで走っていた。自分が今何をしているのかわからない。つけた記憶もないラジオが小さな音で流れている。

気分転換にドライブをしに来たんだっけ、いや違うな。火曜の深夜にドライブなどアホなことをこの僕がするはずがない。あー、明日も仕事か、面倒くさいな。せっかくだし僕の人生でも振り返りながらドライブしようかな。勝ち組の僕の人生をね。

あぁ、たのしみだ。


自分でいうのもなんか自慢をしているようで嫌気が差すが、僕はエリートだ。勉学の面では僕に前に出るものはほとんどいなかった。高校時代、学年順位はほぼほぼ1位だった。赤点回避して喜びの声を上げるクラスメイト。それを面白がって見る他の生徒たち。静かにしてほしい。学校のテストのようなものは出題形式も出題範囲も決まっている。9割を下回るなんて考えられない。何がしたくて生きているのだろう。一度訪ねてみておくべきだった。

こんなひねくれものの僕だが、実は顔も悪くない。しっかりモテ期も二回来た。やはり人間は「顔」なのだろう。高校でも彼女という存在がいた期間もあったが、馬鹿が移る気がして長くは続かせなかった。恋なんてそんなもんだろ。互いの承認欲求を満たすために嘘をつきあいながら生きるなんて。僕にはとてもじゃないが耐え難い。僕の人生の邪魔だ。そう考えていた。この時期は。

エリートといっても運動はあまり得意ではなかった。自分の頭では完璧な動作をイメージできているのに上手く体がついてこない。おかしい、勉学ではこのようなことはないのに。自分が下に立つものは苦手だ。というか嫌いだ。体育祭ほど僕の人生の中で僕を苦しめたものがあるだろうか。僕にバトンが渡れば小声で文句を言う陽キャたち。完全にいつもと立場が逆で僕は笑いものにされた。立場なんて僕になかった気もするが。でもそんなこと気にはならなかった。いつも笑わせてもらってる分今日ぐらい笑わせてあげるよ。そう思っていた。この強メンタルぶりには時分でも感心だ。

あーはらへったな。まだおなか空くんだな。ぼく。

金と勉強だけは噓をつかない。その一心で生きてきた。今でもその通りだと僕は思っている。収入こそが人間の簡易的な評価材料であることは間違いないだろうしな。

あーなんて僕は恵まれているんだ。勉学の才能があるだなんて。学校のテストで僕より点を取るやつが現れるのはうれしい。だって、頑張って僕を抜くために努力してきたのだろう。僕の快感のために頑張ってくれてありがとうと伝えてやりたい。そのため、高校時代までは順位というシステムが大好きだった。明らかに僕より勉学に励んでいるような人間も僕より順位が低い。簡単に言えば僕よりバカなんだ。あー気持ちいい、人の上に立つことって。

世間では世界的なスポーツ選手や面白い芸能人のことを「天才」という。いやいや間違っているだろ。天才とは1%のひらめきと99%の努力だったっけか? それも違うだろ。僕のような才能で出来上がった人間を本物の「天才」と呼ぶのではないか。僕はこれまで過小評価されてきているに違いない。よくわからない世界だ。馬鹿どもも自分が世界の中心だと思って生きていやがるのだから。皆自分が一番かわいいのだろう。僕だってそうだ。僕が僕の世界では一番偉い。

そんなこんなで東北の国公立大学に当たり前に進学した僕。高校の教員の先生らはみな僕を褒め讃えた。「我が校の誇りだ。」なんて校長の野郎に言われた気もするな。バカバカしい。僕が優秀なだけなのに僕が通っていたという事実だけでその学校が優秀と世間の承認欲求に満たされたい親たちは評価するらしい。よくわからない。才能がないものが僕と同じことをしたって「天才」にはなれないのに。かわいそうで笑えてくる。

その後の大学生活でも僕はエリートであり続けた。今までの僕を否定しないためだけに。当時のことも振り返ってみようかな。せっかくの機会だしね。大学まではそれなりに楽しかったはずだし。

大学1年の頃は何がしたいのかよくわからなくなっていた。自分が想像していた勉強をすることができず、単位をとれる程度しか大学に通わず、将来について考えることが多かった。高校と違い同じ個人戦感が強い大学は人より自分が優位か分からずあまり楽しくなかったのだ。学部の奴らは同じぐらい頭がいいはずなのに未成年飲酒に喫煙。合コンで女を食いまくっている奴もいた。想像より遥か多くの犯罪者で溢れ返っていた。犯罪は嫌いだ。経歴に傷がつく。そのせいか今まで通り僕は馴染めなかった。いいさ、大学など将来の財布探しに過ぎないからな。別に一人だっていいさ。こいつらと同じになるくらいなら別に一人だって。そう思っていた過去が懐かしい。

あーなんかどうでもいいけどラジオの女の人の声いいな。こんな女性の家に呼ばれてみたかった。

そんなこんなで20歳。大学三年生になった。人生の一大イベントである成人式はいかなかった。行って会いたい人も、僕に会いたい人もいなかったから言っても無駄だと思った。それ以上に自分が大学で今のところ何も成していないと感じていたため自分よりこの数年間で何かを成している人がいるかもと思うと絶対に行きたくなかった。知らない方がいいこともあるって言うしね。

 自分の大学は三年生から研究室に入ることができる。運よく自分の好きな教授の研究室に入ることができた僕はそこからの大学生活では研究に大半の時間を割いた。自分のやりたい勉強ができるこの場所は自分にとってまるで天国だった。その後も研究を続け、4年生での僕の卒業研究では最高の作品を作り出し、多くの教授の目を引いた。あぁ、気持ちがいい。自分の周りとは違う大学生活が認められた気がした。僕はエリートだ。この成果は就活にも大きく響き、僕は東京の大手会社に就職が決まった。遊びに遊びまくってた大学のカスどもに言いたい。俺が正解だったなと。思い出に浸りながら左ポケットに入っていた缶チューハイを開け、一気に飲み干す。

あーなんだか眠くなってきた。


そこから人生初の夢の東京に出て23区内の小さなアパートで一人暮らしを始めて…あれ、そこからの記憶があまりない。なぜだろう。今年で僕は27歳になったのだからもう5年ほど東京で社会人をしているはずなのに…。

一つだけ覚えていることがある。それは僕の今の趣味のことだ。親しい中の友人などいなかった僕の唯一といってもいい趣味が自分へのご褒美、一人焼肉だった。収入には困っていなかったのでいわゆる「いい店」で一人焼肉をすることもできたのだが、僕は家の近くの食べ放題焼き肉店が好きで週1、少なくとも2週に1回は通っていた。その理由は店員のバイトらしき人らに親近感を持っていたからだ。上から目線で偉そうに指示を受け、笑いもせず料理を運ぶ姿。何か言われる度に『はい』と返事をし、無表情で働いている。何も言い返せないんだろうな。言ったら消されるかもしれない。自分にも上司にも余計に腹が立つ。その気持ち、すごくわかるよ。そう伝えてあげたいと思いながら彼らを見守るのが好きだったんだ。凡人の彼らを見て、自分にも仲間がいると言われている気がして。待て、凡人の彼らが仲間…? そんなはずない。僕はエリート…だったはずだ。そもそも、僕とは違い、こんな環境でも「仲間」と協力し合って乗り切っていた彼らは僕の仲間なのか…? 環境に適応して働けている彼らのほうがよっぽどエリートに見える。

そうだよ。就職した後僕は会社で干されたんだ。会社で僕の研究なんかが活きるわけがなく、陽キャのコミュ力の高い奴らが成績を残していった。学生時代のワンシーンを思い出す。でも今の僕にはバトンをパスすらしてもらえない。またここでも独りだ。その上、大学での成績もあり、上司は僕によく『期待しているから君には言うんだ』とよく言われた。「期待」これほど嫌いな言葉はないだろう。あーイライラする。楽しくない。辛かった。どんなにつらくても僕はひとりぼっちだ。僕だってごく普通の人間なんだ。普通に三大欲求だってあるし、喜怒哀楽だった感じる。なのに、こんな時に僕を信じてくれて、認めてくれて、励ましてくれるような彼女もいなければ親友どころか友達もいない。なんでだろう。1人になりたいはずなのに独りになりたくない。こんな風に感じてしまう僕は「普通」ではないのかもしれない。てか普通ってなんだ? わからない。でも唯一わかることは、僕を支えてくれる人がいれば僕も変われていたかもしれない。

大学を出てからの記憶があまりないのは、そう。人間だから当たり前。都合の悪い記憶だから思い出したくなかったんだ。こう思うことは普通だろう。多分。あーあ、思い出す前に振り返りなんてやめればよかった。自分が凡才だと、改めてわからされてしまう前に。すべてを忘れてしまいたいと、もう1度、願う前に。


どこで間違えてきてしまったのだろうか。いや、僕にとってはこの道が正解だったのかもしれない。個々の人生の正解なんて誰にも分らない。自分ですら。目の前に道がなくなった。でも、僕は足を止めない。この道が僕にとっての正解だと証明するために。もう来た方向もわからない。あー、やっと全部思い出した。身体中の力が抜けた。自分自身と初めて出会えた気がした。本当はずっと初めからわかっていたはずだ。わからないふりをしてみて自分が一番の大バカ者であることに気づくチャンスを僕自身に与えていたのだ。が、やはり無理だった。だって、この大きな傷を治してくれるどころか舐めてくれる人すらいないのだから。この瞬間鉄の帯が外れた気がした。そう感じてしまうことが嫌だった。でも不思議と迷いはもうなかった。最期にもう一度だけ、人目を浴びたかった。天才だった頃とは違う形になることぐらいエリートの僕は理解していた。僕は初心者マークの付いた小さな軽トラを降り、歩き始めた。胸ポケットから煙草を1本取り出し、火をつける。肺に空気を入れた瞬間にむせた。何がいいんだよこれの。死にそうだ。肺から吐き出た白い煙の先には、もう道などなかった。これでいいのかな。心と体の考えがなかなか一致しない。いや、でも、これしかない。僕は自分の震える足を、一歩踏み出した。あぁ、それなりにいい人生だった。ただ一つ思い残すことがあるとすれば、一度でいいから、僕以外の他人に愛されてみたかった。いや違うな。ほんとうは、僕ではない、他人を愛してみたかった。

数日後、僕は過去最大級の人目を浴びることになったが、その快感を感じることは、もうできなかった。

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