第10話 ギャルはマッグでイチャイチャしたい(前編)

 トレーを両手で持った俺はファストフード店の階段を上りながら、前を行く美人ギャルの楽しげに揺れるミニスカートを眺める。


「男なら見ちゃうよな……」


 絶妙な丈に調節された見えそうで見えないスカートはもちろん、彼女の華のある容姿は街行く男たちの視線を自然と集めてしまう。


 駅前にいるときも……店へ来るまでの道中も……レジへ並んでいる間も……その場に居合わせた男たちの注目の的だった。


 ミサキさん自身が見られていることを気にする素振りはない。が、慣れない俺にとって他人の視線はけっこう気になる。


 しかも明らかに俺と彼女を見比べる視線。思ったことを口にする男も少なくなかった。


 けど、今の俺にとっては彼らの勝手な意見など単なる妬みにしか聞こえない。


 それもこれも、ミサキさんが俺にかけてくれたのおかげである。

 

「気にしなくていいよ、オッサン。アイツらただの『じゃがいも』だから」


 ツンと澄ました表情で、周りの男たちをただのと言い切ってしまう彼女がとてもカッコよく見えた――


「フッ……芋どもめ」


 店の2階へ到着すると、先に席へ着こうとしていた彼女がに絡まれていた。


 俺は彼女へ声をかける。


、3階に行こう」



「ねえ、オッサン……マジで彼女いないの?」


 2人席へ座ろうとした俺の腕を引いて、一番奥の4人席まで連れてきた美人ギャルはなぜか「釈然としない」と言わんばかりの表情である。


「いないですって。もちろん結婚もしてませんし。でないと、3日も続けてミサキさんとこうして会えませんよ」


「そおーだーけーどおー」


 ギャルはプンスカしながら壁側のソファ席へ座る。少し顔が赤い気もする。


「初めて名前呼ばれて、超ビックリしたし……しかも呼び捨てだったし……タイミング完璧だったし……オッサン超カッコよかったし……あれで彼女いないとか絶対おかしいじゃん……」


 ごにょごにょと話すのでギャルの独り言は聞き取れない。


「帰ったら、そっこーリサたちに報告だし!!」


 え? 俺、何かしたっけ?


 心当たりのないまま、とりあえず通路側の椅子へ座る。


「ねえ、なんでソコに座ってんの?」

 

「え? 一緒に食べちゃダメですか?」


「なに言ってんの? こっちだって」


 ご機嫌斜めのギャルがソファをバシバシ叩く。


「あ……はい……」


 俺は言われたとおり彼女の隣へ座り直す。


「オッサンの席は、あーしの隣! 向かいに座ったらくっつけないじゃん!」


 彼女はそう言って俺の肩に頭をポンッと乗せてくる。怒ってはないみたいだけど、喋ってくれない。


 とりあえず、ポテトをひとつ摘んで彼女の目の前まで持っていく。


「食べますか?」


「ん」


 ギャルは無言で口を開く。俺は彼女の顔へポテトを近づけていき――


 ぴと


 鼻先へひっつけた。


「そこ、鼻じゃんッ!?」


「プフっ……すいません。間違えました」


 俺は必死に笑いを堪えながら、彼女にポテトを咥えさせる。彼女は不機嫌そうにしながらもポテトを黙々と食べ進める。


「俺にも1本、食べさせてください」

 

 俺は目を閉じて口を開き、ギャルのポテトを今か今かと待ちわびる。


 グサッ


 鼻の穴の中に角張った物体を突っ込まれた。


「……」


 無言で目を開くと鼻の穴から伸びるポテトが見えた。ひでぇ……。


「さっきのお返しだしー!!」

 

 どうだと言わんばかりのギャルがポテトを引っこ抜いてヒョイっと口へ放り込む。

 

「あっ……」


「ん? なに?」


「いや、その……嫌じゃないのかなと思って……鼻の穴に入ったポテト……」


 ミサキさんは大きく溜め息をついてから、トレーに乗ったポテトを口へ運んでいく。


「いい? あーしら女子はね、股の間に入れられるんだよ? 鼻クソくらい、どうってことないしー!!」


「そっか……」


 この子は逞しいな。俺の手は自然と彼女の頭へ伸びていた。


「ふふっ、確かにそうですね。女の子は大変だ」


 彼女の頭を優しく撫でてあげる。


「女の子は超大変だし!」


 文句を口にしながらもモグモグとポテトを頬張る彼女が愛おしくて仕方ない。


「あのね、オッサン……」


「はい、なんですか?」


「あーしね……オッサンのチンチンなら大歓迎だから……」


 照れを隠すようにうつむいたミサキさんは黙々とポテトを食べ進めていくのだった。


「そっか、ありがとうございます。ただ……」


 たまたま通りがかったマッグの店員と目が合う。


 先ほど下で注文を受けてくれたレジのお姉さんだった。俺と目が合ったお姉さんの笑顔が引きつる。本日2度目だ。


 俺はゆっくりと顔を戻す。


「そういうことは、もっと人の少ない場所で言ってもらえると助かります」


「あーし、思ったことはすぐに伝えたいタイプだし」


「そ、そうですか……はははは……」


 俺の笑顔も引きつるのだった。



「バイトがしたい?」


「そ! でないとストラップ代、返せないし!」


 ポテトとバーガーを食べ終えたギャルは、シェイクをすすりながら求人のフリーペーパーを見せてくる。


「前にも言ったじゃないですか、あのお金は返さなくてもいいって」


「だって今のままだと、あーしがプレゼントしたことにならないじゃん! あーしのプレゼントとして、オッサンにはストラップをつけててほしいの!」


「な……なるほど」


 女子の気持ちって複雑だな。


 俺はフリーペーパーをパラパラとめくっていく。すでにいくつか赤丸がしてある。


 スーパーのバイトって感じはしないな。本屋もなんか違う気がするし。ラーメン屋とか西洋レストランでこの子を働かせるのは何か嫌だ。絶対狙われる。


 となると、残ったのはファストフードにカフェにファミレスあたりかな。

 

「ファミレスか……」


 俺の頭にの顔が浮かぶのだった。


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