ある『特殊能力者』

徒開

全編


この世界には、ただ一人、『人を〇〇のような気分にさせる特殊能力者がいる』という伝説がある。その伝説は古代から現代に至るまで、世界中の至るところで文書や壁画が発見されており、今や世界中の人々がそれを信じている。

否、それは伝説ではない。

なぜなら僕が『その人』だからだ。


僕は、周りにいる人は勿論、世界中の人々を〇〇のような気分にさせることができる。〇〇に入る言葉はなんでもいい。「酔った」とか、「宝くじが当たった」とか。

この能力に気づいたのは、僕が十三歳のときだ。というか、それまではこんな能力が僕にあるなんて夢にも思わなかったし、実際使えなかった。何故使えなかったのかは今でも謎なのだが…(多分、倫理を少し分かった上で使ってほしいと神様が思ったかなにかだろう。)そして、最初にこの能力を使った相手は、当時中学一年生だった僕の初恋の人、花村詩織だ。彼女を惚れさせたくて、僕は必死だった。わざと彼女にぶつかったし、彼女の前で消しゴムを落とすフリもした。だけどある日、ふと自分の部屋で

「詩織ちゃんを、僕がカレシのような気分にしたーい!」

って叫んだら翌日、彼女が僕のカノジョになっていたってわけさ。

それからというものの、僕は色んな人たちを色んな気分にした。最初は「僕は世界でただ一人の特殊能力者なんだ!」という気持ちで嬉しかった。でも次第に、気分をコントロールされる側の立場だったら嫌だな、という思いが強くなっていった。

この能力は危険だ。だから、僕はあることを試そうと思う。

…そのあることとは、僕自身に対してこの能力を使うということだ。僕は、自分自身に「永遠に特殊能力を使ってはいけない」ような気分にさせる。そうすれば、僕はこれ以上特殊能力を使わなくなる。まぁ正直、僕を「自分は特殊能力者ではない」ような気分にさせてもよかったのだが、それでは今後、誤って使ってしまう可能性も十分あり得るから前者の方が良いだろう。

今まで僕は、自分自身に対してこの能力を使ったことがない。だから、どうなるかはわからない。が、今までたくさんの人を苦しめた可能性がある以上、これをやる価値はあると思う。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




薄暗い部屋の奥に、一人の男がいる。男は短髪で、年齢は二十代後半といったところだ。彼は机に向かって椅子に座っている。日記でも書いているのだろうか。その手にはペンが持たれ、ひたすらにそのペンを走らせ続けている。彼は少し神妙な面持ちで、その日記か何かを書き続けていた。すると突然、

"コンコンコン"

という部屋のドアをノックする音が聞こえた。

彼が返答する間もなく、そのドアは開けられ、一人の女が姿を現した。女はサラサラのロングヘアーが特徴的で、年齢は、男と同じように二十代後半だろう。彼女は、ドアを開けるや否や心配そうに彼を見つめ、彼の方へ歩み寄っていった。

「圭介さん。最近、大丈夫ですか?」

彼ーーー圭介はこの言葉を聞くと驚くように目を白黒させ、彼女の方を振り返る。

「詩織か。なんだ、そこに居たのか。びっくりしたよ。…あぁ、僕は大丈夫さ。」

「そんな作り笑いしたって駄目ですよ。最近圭介さんが自室に閉じこもるようになったり、ご飯を食べなくなったりして…私とっても心配なんです。それにもうすぐ私たちの結婚記念日なんですよ?そんな大事な時に圭介さんがそんな状態だと私悲しいんです。もしよければ、相談に乗りますよ?」

「……」

「……」

2人はお互いを見つめ合い、少しの沈黙の後、男が先に口を開いた。

「詩織、ごめん。僕、ずっと君のことを騙してた。」

「な、何のことですか?」

突然の謝罪の言葉に女ーーー詩織が目を丸くする。

「この世界には、たった一人、『人を〇〇のような気分にさせる特殊能力者がいる』という伝説があるよね?…それが僕なんだ。僕は色んな人の気分をコントロールして操った。勿論君にもね。だから、謝罪をしなくちゃいけないんだ。君を含めた世界中の人に。」

圭介は気まずいと言わんばかりに彼女の視線から目を逸らした。そしてまた、少しの沈黙が続いた。

「……。あっ。そういうこと!?」

今回先に口を開いたのは詩織の方だ。彼女の甲高い、素っ頓狂な声は、部屋中に響いた。そして何故か彼女の顔には大きな笑みがこぼれている。そんな彼女の場違いな言動に、彼は質問せざるを得なかった。

「なんで詩織は、そんなに嬉しそうなの?」

彼の困惑顔を尻目に、彼女は淡々と答える。

「ん?ちゃんと効果が続いてて嬉しいな〜って思っただけだよ?でも、…うふふ。気の毒ではあるけど滑稽だね、ずっと騙されているのは。」

「…なんで笑ってるの?効果が続いてる?騙されている?何言ってんの?………だって、僕が『特殊能力者』なんだよ。」

彼のこの発言に、彼女はニヤリと笑う。そして彼女は言った。

「違うよ、





私 が 『 特 殊 能 力 者 』 だ よ 。 」








「へ?」

全く予想外にしていなかった彼女の発言に、彼の体が硬直する。

「え、まさかまだ気づかないの?私がずっと『圭介君を特殊能力者のような気分にさせてた』んだよ。」

「どうしてそんなことを…」

「そりゃあ決まってるでしょ!圭介君が好きだったからだよ。正直当時は、『圭介君を、私の恋人のような気分にさせ』ても良かったんだけど、昔の私はかなり奥手でさ。いつも遠回りでしか圭介君に近づけなかったんだよ。『圭介君を、私が消しゴムを落とした気分にさせ』たり、あとはーーー」

「う、うるさい!」

彼は声を大きく張り上げ、その声は部屋中に木霊した。彼は激しく動揺し、すでに呼吸も乱れている。喜色満面で話していた彼女は、少し哀れむように彼を見た。

「ごめん。話しすぎたね。」

そう言うと彼女は、彼に近づき、耳元でこう囁いた。

「『圭介君は特殊能力者なんかじゃないよ。

 あと、圭介君は今すごく眠たい気分だよね。』」

そう囁いた直後、圭介は激しい眠気に誘われて、その気分に身を任せた。彼女は、彼が寝ている姿を流し見て、彼の机の上にあった日記か何かを破り捨てた。そうして、そのまま部屋を出ていく。






(ありがとう、圭介君を含めた、世界中の人々。皆を、〇〇のような気分にさせてしまって…私のわがままに巻き込んでしまって、ごめんなさい。あ、それと、貴方にも謝罪しなきゃね。)





詩織は、今この画面を見ている貴方へと顔を向けた。







『貴方を、"この小説を最後まで読みたい"ような気分にさせ』てごめんね?









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